3年間で1000万円以上も……高校生留学は「投資」か AI時代に問われる意義

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2025年12月24日 08:20  ITmedia ビジネスオンライン

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ITmedia ビジネスオンライン

海外の高校での体育授業の様子(アットワールド提供)

 若年層のグローバル人材育成に向けて、日本政府も力を入れているのが、高校生の海外留学だ。【前編】に引き続き、留学エージェントであるアットワールドの上田顕社長に話を聞いた。


【画像】海外の学校の様子


●高校生留学のメリットと課題


 留学によって得られるものとして挙げられるのが「語学力」だが、上田社長によれば、メリットはそれだけにとどまらない。帰国した生徒たちに共通するのは「プレゼンテーション能力」「コミュニケーション力」、そして「明確なキャリアビジョン」だという。


 「海外の授業は、日本の高校のように全員が同じ制服を着て、同じ時間割で受けるスタイルとは全く違います。大学のように自分で科目を選び、時間割を組む。ドラム専門の音楽の授業があったり、トレーニングに特化した体育の授業があったりと、自律的な学びが求められる環境です。セミナーで留学経験者に登壇してもらうと、全員が明確なビジョンを持っています。海外ではキャリア設計や特定の問題について深く考える授業があり、ディスカッション中心の学びが日常的に行われていることが影響しているのでしょう」(上田社長)


 進学面でのメリットも大きい。総合型選抜(AO入試)や帰国子女枠での大学進学において、留学経験は大きな強みとなる。また、グローバル人材の重要性が叫ばれる昨今、企業側が大学生にも高いスキルを求める風潮が強まっている。


 例えば、東北大学は2050年までに一般入試を廃止し、全面的にAO入試に移行する方針を発表。主な目的は、国際競争力のある人材育成だとしている。


●メガバンクの「海外勤務」内定も


 「留学時に身に付けたスキルを発揮し、大学卒業後にメガバンクの海外コースに内定した子もいます。将来のリターンを考えれば、留学は『消費』ではなく『投資』なんです」と上田社長は強調する。


 一方で、高校生留学の普及を阻む壁は依然として高い。最大の障壁は費用だ。正規留学の場合、ホームステイなどの滞在費を含めると、3年間で1000万円以上かかることも珍しくない。1年間の留学でも300〜400万円程度が必要となる。「どうしても親の財力に依存してしまいます。そのため、横浜市の150万円補助は画期的な施策で、日本の私立高校に行くより安くなる可能性すらあります」と上田社長は評価する。


 もう一つの課題が、日本の高校における単位互換の問題だ。


 「海外で取得した単位を日本の高校で認めるかどうかは、学校長の裁量に委ねられています。先進的な校長であれば問題ありませんが、認めない学校もまだ多い。それが原因で、夏休みを利用した1カ月程度の短期留学しかできない生徒も少なくありません」


 さらに根深いのは「そもそも正規留学という選択肢が知られていない」という問題だ。「私自身、この業界に入るまで、留学にこれほど種類があることを知りませんでした。中学卒業後の進路として、公立校、私立校、海外校という選択肢が、もっと当たり前に認識されるようになってほしいです」と上田社長は訴える。


●AI時代に問われる「留学の意味」


 AIの急速な進化により、リアルタイム翻訳がある程度可能になるなど、「語学力」の価値が相対的に低下しつつある現在、留学の意義はどこにあるのか。この問いに対し、上田社長は「むしろ留学の本質的価値が際立つ時代になる」と答える。


 「AIが翻訳をしてくれる時代に、語学だけを目的に留学する意味は薄れていくでしょう。しかし、多様な文化を肌で感じ、異なる価値観の人々と協働する経験は、AIには代替できません。留学で得られる『柔軟性』や『成長志向』は、むしろこれからの時代に最も求められるスキルです」


 スポーツの世界では、野球の大谷翔平選手やサッカーの久保建英選手のように、若いうちから海外でもまれた選手が世界で活躍している。「ビジネスの世界でも同じことが起きるはずです。10年後、日本企業の主流は、高校か大学で海外経験を持つ人材になっているかもしれません」と上田社長は意気込む。


●地方こそチャンス


 高校生留学の変化の兆しは、意外な場所にも現れている。最近上田社長は、関東のとある県の全高校長が集まる会議で講演を行った。きっかけは、ある県立高校の校長との出会いだった。


 「その校長は『短期研修では意味がない。正規留学をわが校に導入したい』とおっしゃっており、私の問題意識と完全に一致しました。県内でもトップクラスの進学校であるその高校が動くとなれば、他の学校に波及するチャンスも広がります」


 地域の公立高校が留学に力を入れることは、地方創生の観点からも意義がある。


 「東京の私立高校が留学に力を入れるという話は珍しくない。むしろ地方の公立高校が正規留学を導入すれば、それ自体が学校のブランディングになります。子どもを留学させたい親が、あえて地方に移住する可能性すらあるでしょう」


●長期留学率の向上で、日本の競争力も変わる


 日本の国際競争力の低下が叫ばれて久しい。2026年には名目GDPでインドに抜かれ、世界5位に転落する見通しだ。一人当たり名目GDPでは韓国や台湾にも追い越された。しかし、「失われた30年」のグラフを見せて嘆くだけでは、何も変わらない。


 「今の悪循環を止めるには、若い人材を一人でも多く海外に送り出すしかありません。長期留学率が0.1%のままでは、10年後にはさらに差が開くでしょう。せめて5%くらいに引き上げないと、グローバル人材は育ちません」と上田社長は言う。


 2033年までに高校生留学12万人という政府目標は、その第一歩にすぎない。真の目的を達成すべく、自治体の財政支援、学校現場の意識改革、そして何より「留学は特別なことではない」という社会全体の認識の変化が求められている。


 高校生という早い時期にグローバルな環境に身を置くことの価値を、もっと多くの人が知るべき時が来ている(【前編】を読む)。



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