「テクノロジーが前面に出すぎていた」――アイロボットジャパン新社長が語る、ルンバ復権への“原点回帰”

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2025年12月25日 14:41  ITmedia PC USER

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お話を伺ったアイロボットジャパン合同会社 代表執行役員社長 山田毅さん(本社入り口にて)

 米国連邦倒産法11条(チャプター11)の手続き開始と共に、中国のShenzhen PICEA Robotics(杉川机器人)およびSantrum Hong Kong(PICEA Roboticsの子会社)による買収が発表されたiRobot。


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 だが、この新体制が始動することで、日本法人であるアイロボットジャパンの山田毅社長は、「日本でのアイロボットのビジネス成長を、さらに加速することができる」と意気込む。


 今回の山田社長へのインタビュー後編では、大きな転機を迎えるアイロボットジャパンの新たな成長戦略や、2025年11月1日に就任した山田社長の経営手法などについて聞いた。


・【インタビュー前編】→「秘伝のたれ」を捨て、ルンバは生まれ変わる――iRobotチャプター11申請も「ワクワクしかない」とアイロボットジャパン新社長が語る理由


●チャプター11は「アクセルを踏む好機」


―― 2025年11月1日に、アイロボットジャパンの社長に就任しました。社長就任の打診はいつだったのですか。


山田 正式に打診をもらったのは、2025年の夏です。ここ数年を振り返ると、コロナ禍による巣ごもり需要ではルンバの販売が大きく伸びましたが、2023年になると特需の反動もあり、取り巻く環境は非常に厳しくなりました。


 この荒波を乗り切るまでは、前社長の挽野(挽野元さん=2026年1月31日まではシニアエグゼクティブアドバイザー)が社長として経営をリードし、しかるべきタイミングでのバトンタッチをするのが最適だと考えながら、2025年年末までには実行する予定としていました。


 私自身、2023年に副社長に就いて挽野の経営をサポートする立場になり、米本社とも今回の社長人事については事前に話をしていました。この時期の社長交代は、アイロボットジャパンにとっては想定通りのタイミングだったといえます。


 米本社ではチャプター11の適用や、PICEAによる買収という大きな転機を迎えていますが、私は、これによって日本におけるアイロボットのビジネス成長を、さらに加速することができると考えています。アクセルを踏めるタイミングでの社長交代だと認識しています。


―― 挽野前社長からバトンを引き継ぐにあたって、何か言われたことはありますか。


山田 「がんばれよ」とは言われましたが(笑)、私の社会人生活では、最も長い期間、直接の上司という存在でしたので、日々メッセージをもらい続けていたと思っています。挽野は、パートナーや社員に対してはとても丁寧な接し方をするため、その点は引き継ぎたいですね。


 私は、挽野から社長のバトンを受け取るのが「使命」であるとも感じていました。というのも、まだ当社の日本法人がない2015年にiRobotに入社し、当時は日本でアイロボットの販売を行っていたセールス・オンデマンドに、アイロボットの社員として初めて参加し、2017年には日本法人の設立と共に役員に就任しました。


 日本法人の設立に合わせて社長に就任した挽野と共に長年一緒にやってきた中で、大きな転換を迎えている今、私がアイロボットジャパンの社長を引き継ぐことが、社員が一番安心するのではないかと思っています。


―― 山田社長が捉える「アイロボットらしさ」とはどこにありますか。


山田 アイロボットがこれまで追求してきたのは、お客さまの生活を良くするためのモノ作りです。新しいテクノロジーを追いかけ続けるとか、競合を意識した製品作りをするといった企業ではなく、お客さまのことを考えたモノ作りが最優先され、そこに新たなテクノロジーを活用したり、新たなチャレンジがあったり、場合によってはそこに遊び心を加えて製品を作り続けてきました。


 私が感じる「アイロボットらしさ」とは、「人」を思うことを中心とした企業だということです。ミッションに「Empower people to do more.」を掲げているように、アイロボットはお客さまや社員、パートナーといった「人」を大切にする企業であり、それを基軸にビジネスを行っています。


―― 山田社長が率いるアイロボットジャパンの特徴も「人」になるのですか。


山田 お客さまを中心に物事を考えていきたいですね。実は、最近のアイロボットの製品の進化はテクノロジーが前面に出すぎてしまって、お客さまが中心でなくなってしまっているのではないかという反省があります。


 競合を意識するあまり、競合の製品にはこの機能が付いているから、アイロボットでも同様の機能を備えなくてはならない、あるいは新たなテクノロジーができたから、それを新たな機能として追加するといった発想でモノ作りをしてきた傾向がありました。


 その結果、お客さまを置きざりにした製品の進化になっていたのではないでしょうか。かつてのアイロボットは、そういう発想でのモノ作りは一切してこなかった企業です。お客さまの掃除体験を豊かにしたいという点を重視し、お客さまが欲しいと感じている製品はどんなものなのかということを考えてきました。


 特に日本市場においては、お客さまの要望や使い方を捉えた訴求をしていくことが大切だと思っています。アイロボットジャパンを、よりマーケティングドリブンの会社にしていくことが私の役割だと思っています。


●「誰に何を届けるか」を見失えばブランドは衰退する


―― 山田社長のこれまでの経験は、どう生きますか。


山田 私は2001年に松下電器産業(現パナソニック)に入社し、デジタルカメラ「LUMIX」シリーズの営業およびマーケティング業務などを経て、2015年にiRobotに入社しました。パナソニックで米国に駐在していたときの米国人の上司がiRobotに移籍し、アジア地域の統括担当となった際に私に声がかかり、アイロボット入りをしたのです。


 2017年の日本法人の設立時に役員に就任し、アジア太平洋地域のマーケティングの指揮を執りました。こうした長年の経験で、私はマーケティングの重要性をとても強く理解しています。どんなに良い機能を持った製品でも、お客さまを中心にしたモノ作りやマーケティング活動を行い、それを継続していかないと、どこかでお客さまが付いてこなくなります。今のアイロボットには、その点での危機感があります。


 私が松下電器産業でLUMIXのマーケティングに携わったときは、デジカメ市場に参入したばかりの時期でした。当時のデジカメは、ブラックやシルバーのボディーカラーばかりで、男性のためのモノ作りだったのですが、この常識を覆し、薄型で軽量のボディーにホワイトやピンクのカラーを採用したり、浜崎あゆみさんを起用したりといったマーケティング施策で、女性向けに、誰でも、簡単に持ち運んで、撮影できるという製品コンセプトを訴求しました。


 こういった新たな利用層に対して、お客さまのニーズを意識しながら、しっかりと提案を行って市場を創造していったところに「LUMIXらしさ」があったといえます。しかし、その後、デジカメの高機能化が図られる中で、テクノロジーの進化には追随していったものの、マーケティング活動が疎かになり、LUMIXらしさが失われていったと感じます。


 どんなお客さまに対して、どんな提供価値を届けることができるのか、それによって自分たちのビジネスをどう成長させていくのかということをしっかりと描く必要があります。


―― LUMIXの場合は、デジカメ市場において最後発の立場でした。しかし、アイロボットはロボット掃除機で市場をけん引していく立場にあります。マーケティングのやり方に違いはありますか。


山田 それは全く違うものになります。最後発の場合には、空いている市場はどこかということから入っていくことになります。LUMIXでいえば、40〜50代の男性という、当時のカメラ市場では最も大きなターゲット領域から入るのではなく、20〜30代の女性という新たな市場開拓するところから入っていきました。その結果、コンパクトデジカメでトップシェアを獲得するという結果につながりました。


 一方で、アイロボットの場合には、全ての世帯を対象に製品をそろえ、広くアプローチしていく必要があります。そのためのラインアップも用意しています。しかし、今のアイロボットの製品はハイエンドモデルからエントリーモデルまで、提供価値が同じであることに課題があると思っています。


 自律的に動き、同じ大きさで水拭きもできてゴミもためられる。しかし、それらの特徴の強弱だけで、ラインアップが構成されているにすぎません。こういうお客さまにはこうした製品がいい、しかし、別のお客さまの生活スタイルやニーズを考えたら、こっちの製品が最適であるということが明確にできるメリハリが必要です。


 デジカメでいえば、写真にこだわる人にはミラーレスの一眼、野鳥を撮る人にはズームレンズ、手軽に持ち運びたい人にはコンパクトデジカメといったように、用途に応じた提案をしています。ロボット掃除機もお客さまの生活やニーズに合わせて提案していく必要があります。


―― ただ、それを実現するにはマーケティング部門だけでは限界があります。モノ作り部門との連動が必要になりますが、日本にはモノ作り部門はありません。


山田 私たちアイロボットジャパンが、日本のお客さまの声をもっと聞くこと、そこから上がってきた声をベースにお客さまも気が付いていないようなニーズを捉え、それをモノ作り部門にしっかりと伝えて提案することに、より力を入れていかなくてはなりません。


 そして、新たな体制に移行したことで、製造を行うPICEAとの距離が近くなりますし、米国本社との関係もより緊密になっていきます。日本からの要望が、モノ作りに反映されやすい環境になっています。アイロボットがプロダクトアウト型から、マーケットイン型へと移行するための鍵は、アイロボットジャパンが握りたいと考えています。


―― ちなみに、山田社長がお手本としている経営者はいますか。


山田 その質問に対して、真っ先に思い浮かんだ人物が、当時の松下電器産業で副社長を務めた牛丸俊三さんです。私がLUMIXのマーケティングをやっていたときのマーケティング本部長であり、マーケティングのイロハを学びました。


―― 牛丸さんは、デジカメの「LUMIX」の他に薄型TVの「VIERA」やHDDレコーダーの「DIGA」の名付け親としても知られていますね。牛丸さんの言葉で、特に印象に残っているものはありますか?


山田 牛丸さんの言葉にはメッセージ性があり、「逆算のマーケティング」「垂直立ち上げ」「ヒット商品は、親の仇だと思え!」など、さまざまな言葉が印象に残っていますが、中でも「メーカーの社員である限り、モノが好きであってほしい。そして、モノに対して熱く語れる社員であってほしい」という言葉が、今でも強く残っています。


 牛丸さんは副社長の立場になっても製品に対する強いこだわりを持っており、品番やスペック、顧客ニーズは全て頭に入っていましたし、自らが量販店を直接回り、新たな情報を収集することに取り組んでいました。


 私も12月上旬にビックカメラ有楽町店の店頭に立って、身分を隠しながら(笑)お客さまへの接客を行い、直接、お客さまの声を聞きました。また、コールセンターにどんな声が届いているのかということを、現場で聞くといったこともしています。


 社内にいるだけでは分からないルンバに対する不満や、期待していることをお客さまからの声から知ることができます。これは、牛丸さんのやり方から学んだものです。社長の立場になっても、私自身がお客さま起点でアイロボットの製品を語れなくては、アイロボットジャパンは成長しないと考えています。


 一方で牛丸さんは、チーム作りにもたけた方で、そのやり方は今の時代でも通用するものだと確信しています。その点での学びも生かしたいですね。現在はアイロボットジャパンが最も結束力を上げなくてはいけない時期ですから、チーム力を高め、社員が一丸となって挑戦できる文化を再構築していきたいと考えています。アイロボットジャパンは、しばらくの期間、前を向くことを失っていましたから、その意識改革もしていきます。


 パナソニックグループの創業者である松下幸之助さんの本を読むと、社員のときには分からなかったことが理解でき、染みることが多いんですよ(笑)。今でも、新入社員研修のときの資料を引っ張り出して見たりしています。自分のビジネスの基礎を形作ったのは、パナソニックなんだなということは感じますね。


●データが示すロボット掃除機“キャズム超え”の必然


―― 社員とのコミュニケーションではどんな点にこだわっていますか。


山田 社長就任直後から「GM日記」を開始し、社内に配信しています。自分の言葉で日々の仕事で感じたことを率直に記したり、私が何を考えているのかということを伝えたりしています。高尚なことをいうよりも(笑)、社員と心を通わせたいという狙いが強いですね。


 また社長室を撤廃し、社員と同じ場所で仕事をしています。これも社員とのコミュニケーション強化につながると思っています。今は出社日は決めていないのですが、2026年からは全員が出社する日を決めて、同じ志を持った社員同士が直接会って、お互いにパワーを共有し合える環境を作りたいですね。


 アイロボットには、行動指針として「Builder's Code(ビルダーズ・コード)」があり、その中に「Have each other's backs」という言葉があります。お互いに背中を支え合いながら、相手のために何ができるかということを考えて行動する文化が、アイロボットの中に根づいています。この文化をもっと浸透させていきたいと思っています。


―― 「GM日記」ということは日記ですから、毎日配信しているのですか。


山田 いや、不定期です(笑)。犬の散歩をしながらスマホに録音して、テキストに起こして配信をしています。なるべく私の素をみせたいと思っていますから、リラックスした環境で出てきた言葉を配信するようにしています。


―― 経営トップとして、時間を割きたいと思っている点はどこですか。


山田 今は戦略立案の部分ですね。海外では、オンライン販売が大半を占めるという状況にありますが、日本の市場の特徴はオンラインとオフラインの販売比率がほぼ半々です。


 また日本では量販店の数が多く、オンラインでも複数のサイトがあり、世界的にも珍しい市場構造となっています。競合他社は特定のオンラインサイトや量販店と連携したビジネスを行っていますが、アイロボットジャパンでは全てのチャネルを通じて販売を行い、さらにサブスクリプションモデルでの販売提案も行っており、購入できるチャネルの選択肢を広げています。


 ここまでカバーし、全てのチャネルでフルアクセルを踏める体制を敷いている企業は他にはありません。この強みをどう生かすかというところに時間を割きたいですね。


 また、全てをお客さま中心の発想に戻すことにも徹底して取り組みます。これはビジネスの根幹です。原点回帰をしっかりとやっていきます。


 さらに、2年後〜3年後のアイロボットジャパンを、どんな企業にするのかといったこともしっかりと描いていきたいですね。ロボット掃除機だけの一本足経営では不安定ですから、ポートフォリオをどう広げ、日本における存在感をいかに高めてくのかということを考えていきます。


―― 将来に向けた布石では、どんなことを考えていますか。


山田 例えば、ロボット掃除機の事業はB2Cが中心ですが、これをB2Bに展開することで、より多くの方々にアプローチすることができるようになります。


 日本において、2030年にロボット掃除機の普及率を20%にまで引き上げるという目標は、決して高い指標ではないと思っています。


 というのも、今の10%という普及率にとどまっているのは日本だけなんです。既に20%を超え、中には3割〜4割というケースもあります。日本では、普及率が圧倒的に低いといえる状況ですし、見方を変えれば海外と同じ水準の普及率に到達する可能性が十分あるわけです。


 では、日本でそこまでの普及率に至っていない理由は何かというと、その1つが日本の家庭に響く提案ができていないという点です。実は、都内に在住している年収600万円以上の40代/共働き世帯といった切り口では、ロボット掃除機の普及率は30%を超えているという結果が出ています。


 特定の条件のユーザーにはロボット掃除機がマッチしているのですが、その一方でマッチしていない家庭に対しては、どんな製品やサービスを提供していくべきなのかを考える必要があります。


 今のラインアップでは、日本のあらゆるユーザーのニーズにはマッチしないことは分かっているわけです。では、どんな製品が必要なのか。この答えを2026年からお見せします。新規のお客さまを獲得することと同時に、既存のお客さまにもリピーターになっていただくことが、普及率を高めるためには必要です。ルンバがなくては生活ができない、といってもらえるファンを増やしていきたいですね。


―― 2026年はアイロボットジャパンにとって、どんな1年になりますか。


山田 2025年は、荒波の中を社員全員で泳ぎ切った1年でした。そして、2026年は、松下幸之助さんの言葉を借りると、「日に新た」になります。新たなことに取り組み、新たな価値を提供していくことになります。


 2026年は挑戦の1年になります。今以上に、お客さまの役に立つことができる製品を取りそろえたいと思っていますから、ぜひアイロボットジャパンの挑戦を楽しみにしていてください。お客さまを中心にした取り組みを加速していきます。



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