年商54億円企業を「突然」継いだ兄弟 役員・社員が辞めていく中でも改革を続けたワケ

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2026年01月07日 07:10  ITmedia ビジネスオンライン

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ハタス代表取締役 塚本龍生氏(左)、取締役 塚本宗万氏

 2023年12月、老舗の不動産会社ハタス(愛知県刈谷市)で衝撃的な事業承継がなされた。会社の経営方針をめぐり、3代目社長である父親と息子たちが激しく議論。その結果、父親は退職を決意。年商54億円に上っていたハタスだが、経営の地ならしもないままに、当時23歳の塚本龍生氏と22歳の塚本宗万氏の兄弟へと引き継がれた。


【衝撃の事業承継】年商54億円企業を「突然」継いだ兄弟 役員・社員が辞めていく中でも続けた「改革」とは?


 もっとも、2人が社会人経験の乏しい状態で、突然経営に放り込まれたわけではない。


 兄の龍生氏は大学卒業後、1年半にわたり2つの不動産会社で勤務。実務を通じて不動産業の基礎を学ぶとともに、コンプライアンス順守の重要性や、雇われる側として働く人の感覚を身をもって経験した。その後、2023年9月にハタスへ本格的に入社。代表就任前から社内に「改革室」を設け、社員へのヒアリングを重ねながら、業務や制度の課題を洗い出していった。


 一方、弟の宗万氏は2023年9月時点では大学生で、ハタスではアルバイトとして働いていた。将来的に自分で事業を起こしたいという思いを持っていたこともあり、兄が入社したタイミングで「大学に行っている暇はない」と判断。本格的に会社に身を置き、経営に関わり始めていた。


 冒頭の衝撃的な事業承継は、2人が入社した4カ月後に起こった。若き経営者は奮闘するも、引き継いだ半年後には2人の進め方に納得できず、役員5人中3人、社員の3分の1が会社を去るという事態に。こうした痛みを経験しながらも、2人は就任直後から手探りで改革を進め、およそ1年半で組織は大きく変わった。


 残業時間は半分以下に、離職率は一桁台に改善。AI活用で年間1350時間の業務削減も実現している。また、事業の収益性も向上しており、来期の売上高は130〜150%の成長を見込む。賃貸不動産の買取再販と売買仲介も新たに始めるなど精力的だ。


 嵐のような事業承継劇、その舞台で2人はどのようにして企業風土を変え、今後成長していく基盤を構築したのか。代表取締役の塚本龍生氏と、取締役の塚本宗万氏に話を聞いた。


●「会社の課題を言ったもん負け」だった組織


 1930年創業のハタスは不動産業、建設業、LPガス事業を展開しており、塚本兄弟は4代目となる。「外から見ると複数の事業をやっているように見えますが、突き詰めると『賃貸経営を支える事業』をしています」と龍生氏は説明する。


 アパートの建築や売買、賃貸管理、賃貸仲介に加え、顧客である賃貸オーナーにLPガスを供給する。祖業のガス事業を起点に、オーナーのニーズに応える形で事業を広げてきた。


 龍生氏と宗万氏が継いだ当時のハタスには、改善提案が生まれにくい空気があった。「昔は『会社の課題を言ったもん負け』だったんです」と宗万氏は語る。課題を指摘すれば「じゃあお前がやれ」と言われる。しかし、やっても評価されない。そうした経験が積み重なり、社内には諦めムードが漂っていた。


 2人は代表就任前から社内の「改革室」で社員の声を拾い、課題をリスト化していた。年間休日の見直し、服装規定の見直し、行動指針の作成、採用面接の目的の明確化、事業責任者による月次決算報告――。「今見ると、書いてあることが当たり前のこと過ぎて」と龍生氏は当時を振り返る。だが、そうした基本を整えることこそ、当時のハタスに必要なことだった。


●言葉だけで終わらせない理念浸透


 中でも重要だったのが、企業理念の刷新だ。先代が掲げていた「不をなくすことが私たちの仕事です」という理念は言葉としては浸透していたが、社員の具体的な行動には結びついていなかった。「顧客利益の最大化」という大きな思想は変えずに、新たな理念と行動指針を策定し、それを判断基準として機能させることを目指した。


 浸透のために取り組んだのは、日常の中で理念を口にし続けることだ。朝礼での読み上げに加え、1on1や会議でも「この提案は顧客利益の最大化につながっているか」と確認する習慣を作った。


 だが、言葉だけで浸透するほど理念は軽いものではない。宗万氏が「一番効いた」と語るのは、龍生氏自身の行動だったという。


 「あるとき、億単位になりうる建築案件が持ち上がりました。営業としては絶対に取りたい規模です。しかし建設予定地の立地は、オーナーにとって良い投資にならない可能性がありました。結果、兄はその案件をストップさせたんです。自社の売り上げを捨ててでも顧客に尽くす。代表自らが企業理念を行動で示したことで、社員たちも本気なんだと感じたと思います」(宗万氏)


●30年続いた「宿直制度」 約1カ月で廃止


 理念の刷新と並行して、龍生氏は労働条件の改善にも着手した。「労働条件が整っていない会社には愚痴が増える。環境への不満が先に立つと、前向きな提案は出てこない」という考えからだ。有給休暇を理由なく取得できるようルールを変え、年間休日も増やした。


 中でも象徴的だったのが、およそ30年続いた「宿直制度」の廃止だ。入居者からの夜間の電話対応を社員が交代で担う制度で、他社の多くが外部のコールセンターに委託する中、ハタスは社員が直接対応していた。


 宿直制度には先代のこだわりがあった。「コールセンターでは入居者の悩みを解決できない。最終的にオーナーに迷惑がかかる」という考えだ。そのため、宿直の廃止を口にすること自体が社内ではタブー化していた。


 しかし、その先代の退職を機に状況は一変。廃止の話が出ると、社員たちが次々と協力を申し出た。「みんなずっとやめたかった。全員が同じ方向を向いていたので、動きは早かったですね」と宗万氏は振り返る。


 ただし課題もあった。コールセンターに移行することによる「コスト増」と「クレーム対応の質の維持」だ。宿直制度を廃止したかったとはいえ、それは決して顧客対応をないがしろにしているわけではない。そこで解決策として生まれたのが、24時間のコールセンター対応と火災保険などをセットにした会員制パッケージ「入居者補償制度 ハタスCLUB」だ。


 加入する場合、入居者は追加料金を支払う。この収入で外部委託コストを吸収した。コールセンターが受けた問い合わせ内容は社内システムに記録され、再発防止に活用できる仕組みも整えた。


 構想から実現まで、約1カ月。30年続いた制度があっという間に変わった。入居者は質の高いサービスを継続して受けられ、会社はコスト増を防げる。そして、社員の負担も減った。「このときの成功体験が、全社で改善に取り組む文化の礎になった」と、2人は振り返る。


●AI活用で年間1350時間の業務効率化


 宿直廃止のような労働環境の改善と同時に、生産性向上も進めた。改革の過程で役員5人中3人、社員の3分の1が会社を去ったため、少ない人数で業務を回す仕組みが急務だったからだ。


 まず取り組んだのはシステムのスリム化だ。複数の情報管理システムを導入していたことで、情報入力のためにシステムを行き来する手間が生じていた。情報システム部門が全社横断でシステムの整理を進め、業務の流れを簡素化した。


 次に着手したのがAI活用だ。大きな成果につながったのが、不動産オーナー向け報告書の自動作成である。賃貸管理会社には年1回、管理状況をオーナーに報告する義務がある。クレーム対応や修繕の履歴を書類にまとめる作業で、法改正により項目も増え、100時間以上かかることもあった。「文章の生成から画像の添付まで自動化したら、年間1350時間の削減につながりました」と龍生氏は話す。


 こうした仕組みを機能させるには、組織の体制も変える必要があった。部署ごとに業務が縦割りになっていては、せっかくの効率化も生きない。そこで、部署を越えて複数の業務を担える体制づくりを進めた。「DXと仕事の配分を組み合わせると、効率は大きく上がります」(龍生氏)


 その結果、繁忙期には月40時間近くあった残業時間が10時間程度に減少。離職率も一桁台に改善された。直近の社員満足度調査でも、社内の雰囲気や働きやすさの項目で良好な結果が出ているという。


●「もっと頼ってください」 社員の一言が変えたもの


 残業時間の削減、離職率の改善――数字だけを見れば、改革は順調に進んだように見える。だが、その裏で多くの社員が会社を去ったことに、痛みがなかったわけではない。


 「新しい方針についてこられず会社を去った社員もいましたが、会社を良くしたいという意図を理解して、支持してくれた社員が多くいたことは救いでした」と宗万氏は振り返る。龍生氏も「文化が変われば、その文化が好きだった人は離れる。組織はそれくらい不安定なものだと学びました」と語る。


 20代前半で100人規模の会社を率いる重圧は大きかった。宗万氏は当初、自分が何とかしなければという思いから、夜遅くまでオフィスに残る日が続いていた。100人以上いる組織の中で、自分一人が動いたところで何も変わらない。頭ではわかっていても、何かせずにはいられなかった。


 そんなある夜、残業していた社員から声をかけられた。「もっと頼ってくださいよ。自分にしかできないこと以外は全部投げてほしい」。この一言が、宗万氏の考え方を変えた。人事、経理、システム、営業――それぞれの分野には、自分より経験のある管理職がいる。彼らに任せ、経営者は方針を決めて最終判断を下すことに徹すればいいと。


 龍生氏の学びは「世の中、うまくいかないことだらけ」だという。誰かに任せてもうまくいかない、自分でやってもうまくいかない。社員を育てたいと思っても、制度、教育、営業スタイルなどさまざまな要素を整えなければ機能しない。「そこまでやらないと人は動けない。だからこそ仕組みを整え、社員が動ける環境を作る。それが経営者の仕事だと思います」(龍生氏)


 有無を言わせない突然の事業承継。だが龍生氏は、先代である父への感謝を口にする。「経営方針で対立したこともありましたが、父には本当に感謝しています。3代続く会社を守り、僕らに託す決断をしてくれた。だから今がある」


 父から受け継いだハタスイズムを胸に、若き2人の経営者はこれからも前に進んでいく。



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