
親から投げかけられた心無い言葉は、子どもの心をいつまでも深く傷つける。北海道に住む40代女性は、実の母親から受けた壮絶な仕打ちの心の傷が今も癒えないままだ。
わずか小学4年生の時、母親から投げかけられたのは、あまりにも残酷な拒絶の言葉だった。
「お前を見てるとあの男みたいで…産むんじゃ無かった」
会ったこともない実父に、仕草や雰囲気が似ている。そんな理不尽な理由で、女性へのネグレクトは加速していったという。(文:篠原みつき)
夜学の給食で食い繋ぎ、44歳まで「搾取」は続いた
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母親は、娘が「友達と遊ぶ事を妨害する様に」家事を全て押し付けてきたという。しかも
「当時超がつく病弱で、寝込む度に『母方の実家』に預けられ。同情を買う為に実母の遊び仲間との“交流”に気まぐれで参加させられ」
母親にとって、女性は「憎い男の身代わり」であると同時に、周囲の同情を引くための「道具」でしかなかったのだろうか。
地獄のような日々は、成長しても終わらなかった。高校に進学しても、母親による支配と搾取はより深刻になっていく。
「アルバイトの7割は(中略)吸い上げられ、自分の稼ぎだけで食べ物を調達。また夜学に通っていたので主に夜ご飯は給食。二万ほどしか手元に残らず一万はバス代。残りで自分の食費を賄ってた」
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成長期に満足な食事も与えられず、夜学の給食で食い繋ぐ日々。幼いころから始まった残酷な仕打ちは、数年前まで続いていたという。
「10〜15歳までネグレクト、15〜44歳までお金の搾取は続いた。ガキがガキを育て“あんな親に成りたくない”一心で生き、死にかけても終わらない『搾取』に呆れて2年前に縁を切る事を選択」
「良かった反面…あの女が生きている限り生きた心地がしない」
女性は現在、ようやくその呪縛から逃れ、絶縁という道を選んだ。しかし、30年以上にわたって心身を削られ続けた傷跡はあまりに深い。
今はただ、これまでの苦労が報われるような、穏やかな時間が彼女に訪れることを願わずにはいられない。
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