成長が自己責任になった令和を、きみたちはどう生きるか

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2026年01月20日 08:10  @IT

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本連載恒例となったきのこ写真。今回もアイティメディア従業員提供のきのこたちをお送りします。1枚目は、企画制作部 西田めぐみさんが撮影した風変わりなきのこ。「野生キノコです」とのこと

 はじめまして、もしくはお久しぶりです。菌類にしてエンジニア採用担当「きのこる先生」です。


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 このごぶさたの期間に菌類、独立しておりました。ひとり法人を設立し、会社員ではなくフリーランスとして活動しています。いままでは企業に所属してエンジニア個人のキャリアや生産性向上のお手伝いをしてきたのですが、もうちょっとメタな立場でエンジニアのキャリアとエンジニアリング組織の生産性向上を支援すべく、「技術広報」「採用」「組織開発」という3つの軸で、複数の企業をお手伝いしています。


●菌類が聞いた人類が成長していない話


 さて、そんな仕事のうち、1社ではEM(エンジニアリングマネジャー)のコーチング、というスタイルで支援をしています。


 そのコーチングの場で最近、「メンバーの成長意欲が低い」という悩みを聞くことが複数回ありました。チームメンバーである若手のエンジニアたちは何となく現状に満足しており、技術的な向上心もチャレンジも、仕事的な野心や出世欲も感じられないというのです。


 ハードワークとむちゃぶりでキャリアを積み重ねてきた生存バイアスの権化である菌類としては、にわかには信じ難い話でした。テクノロジーの領域は進歩が速いので、現状維持は後退しているのと同じです。また、責任ある仕事や立場をつかみ取っていかないと、職場での評価、つまり給料が上がることもありません。若手の皆さん大丈夫? 生活できてる? 何か欲しいものはない?


 そんな時、SNSに「ゲーム業界ホワイト化の光と影」というスライドが流れてきました。「EGG '24」というカンファレンスでの発表のようです。菌類のエンジニアキャリアは20世紀のゲーム業界からスタートしたので、スライドの内容は思い当たることだらけ。涙なしには読めませんでした。ああ、発表を現地で聞きたかったなあ……。


 そして、前述のEMのお悩みの原因にも思い当たりました。日本社会はホワイト化が進んだ結果、ハードワークを強制することが許容されなくなり、結果としてエンジニアがキャリアを積んでいくための「成長」は自己責任の時代になったのです。


 ということで、このスライドに強く影響された菌類、Web系若手エンジニアに向けた切り口でスライドを作り、若手メンバーが所属するチームに向けて講演させてもらいました。この記事はその内容を、インターネットで読みやすいように菌類の軽口で再構成したものです。


●日本社会のホワイト化


 いまではとても信じられませんが、かつての日本は「24時間戦えますか」の国でした。これはバブル景気真っ最中の1989年、ドリンク剤(いまでいうエナドリ)のCMソングとして、「流行語大賞」にもなったフレーズです。興味がある方は「YouTube」で検索してみてください。びっくりしますよ。


 戦後の高度経済成長期、バブル景気、その後に続く「失われた30年」、どの時代も日本人はハードワークで社会を支えてきました。深夜も休日もおかまいなしの長時間労働は人的コストを押し下げるので、企業が生存するためには欠かせないものだったのです。


 しかし、ハードワークは確実に人をむしばみます。タフな働き方を経験したおじさんたちは「いまの若いものは苦労を知らん」なんて言いますが、それは生存バイアスそのものです。その陰にはたくさんの心身の健康を損なった人、そして命まで失った人がいました。


 ニュースでセンセーショナルに取り上げられた痛ましい過労死事件がきっかけとなり、2018年に「働き方改革関連法」が施行されました。ここには時間外労働の上限設定、有給休暇の取得義務、割増賃金の引き上げなど、ハードワークを強く規制する内容が盛り込まれています。


 これにより、ハードワークを強制する「ブラック企業」は、少なくとも表面的な長時間労働という面においては駆逐されつつあります。つまり、日本社会は「ホワイト化」が進んでいるのです。


●ブラック企業とは何だったのか


 さて、「ブラック企業」とカジュアルに書いてきましたが、それはいったい何なのでしょうか。菌類の経験から、よくある3パターンに分類してみました。


ハラスメント型


 怒号や暴力が飛び交う環境が、菌類が抱くブラック企業の典型的なイメージです。ホテルに深夜カンヅメにされ、顧客と上司に挟まれ、罵倒されながら無理難題に延々取り組んだことは、いま思い出してもウッとなります。


 もちろん、こんな環境は論外です。怒号や暴力で生産性高く仕事できる人間はいませんし、それにさらされることは心身の健康被害に直結します。しかもハラスメントは、直接自分に向けられるものだけでなく、誰かに向けられたものを傍観者として見るだけでも、思考能力や認知能力が下がったり、攻撃的になったり、という弊害があることが知られています。


 ハラスメントがはびこっている空間でいい仕事ができるわけがありません。そんな企業は滅んでほしいし、もしそんな環境に捕まってしまったら、速やかに逃げる算段をした方がいいでしょう。


デスマーチ型


 経営の三大資源として「ヒト」「モノ」「カネ」がよく知られています。最近はそこに「情報」を足して四大資源と呼ぶことも多くなりました。これらが不足していると、円滑に仕事が回らなくなります。


 すると、もう一つの貴重なリソースである、納期や締め切りまでの「時間」も不足します。その不足を埋めるための長時間労働、いわゆる「デスマーチ」が発生するのも、ブラック企業の特徴です。残業300時間/月とか、28連勤とか、菌類も全然うれしくない記録を持っています。


 もちろん、こんな環境も論外です。長時間労働は生産性を下げるだけでなく、心身の健康も損ないます。デスマーチは労働力の搾取なのです。人を増やすより残業代を払った方が安上がりで手っ取り早いけれど、適正なリソースで持続可能できないなら、事業として成立していないとも言えます。


 さらに恐ろしいことに、デスマーチに巻き込まれると正常な判断力が鈍ってきて、自分がデスマーチの中にいることすら分からなくなったり、むしろ気持ちよくなったりすることさえあります。心身の健康や人間関係を失う前に、デスマーチからは速やかに逃げましょう。


丸投げ型


 ブラック企業のもう一つのパターンは「丸投げ」です。責任が大き過ぎたり、権限やリソースが不足したりする仕事をまるっと投げつけ、成功への支援なしにひたすら成果だけを求め続ける。その過程でハラスメントやデスマーチを併発することもある、厄介なパターンです。菌類も涙目になりながらベクトルと複素数の勉強をしたことを思い出しました。


 でも、ここだけはちょっと立ち止まって考えたいポイントです。もちろんハラスメントやデスマーチの強制は論外ですし、無責任な「丸投げ」もハラスメントの一つです。ですが、適切な支援が得られれば、それは背伸びした仕事に取り組むこと、つまり「チャレンジ」にもなるのです。


 メンバーのチャレンジをサポートし、仕事がうまくいくように導くこと。そしてその仕事を通じてメンバーが成長し、より責任が重い仕事ができるようになること。これは、マネジメントの仕事そのものです。


 つまり、ブラック企業の「丸投げ」は、期せずして「強制力のあるチャレンジ」としての機能を備えてしまっていたのです。そのチャレンジを(心身を壊さず生きのこった上で)やり遂げたなら、その人はグッと成長していることでしょう。


 「ブラック企業で成長した」という人の話は、こういう経験がベースになっています。もちろん、その陰には「生きのこれなかった人」がいることを忘れてはなりません。


ブラック企業と生存バイアス


 菌類が見聞きしたブラック企業を、3つのタイプに分類してみました。ホワイト化以前のやばい職場環境は、だいたいこれで説明できるように思います。もちろん、丸投げ型+デスマーチ型など、複数の特徴を備えた、よりやばい職場もたくさんあります。


 「ブラック企業で成長した」という人の話は、ハラスメントやデスマーチに心身を壊されることなく生きのこることで、丸投げされた仕事が(サポートがあったかどうかはともかく)背伸びしたチャレンジとして機能し、結果として成長の糧になった、という場合がほとんどです。


 過酷な環境を生き抜いた人「だけ」がその環境とそこで得た成長について語ることができるのですから、その発言は「生存バイアス」によるものでしょう。


●成長に不可欠な負荷


 人間の心身を壊し、命さえ奪うことがあるブラック企業が淘汰(とうた)されつつあるのは、社会全体にとって間違いなく良いことです。


 ですが、人間が成長するためには適切な負荷が必要です。スポーツ選手が練習を欠かさないのと同じように、仕事においても自分の能力の「ちょっと上」、背伸びした課題に取り組む過程が、成長のために欠かせない「負荷」として機能します。


 いまの能力や知識でできる仕事だけをこなしていると、それ以上のスキルは身に付きません。分からないことや未経験な分野に取り組む過程で行う調査や試行錯誤を経て、新しい能力や知識が身に付くのです。


 「丸投げ型」のブラック企業においては、(適切かどうかはともかく)「負荷」がかかる仕事が降ってきます。つまり、強制的にチャレンジさせられる毎日を送ることになるのです。なるほどそれは鍛えられそうだ……生きのこりさえすれば。


 ところが、ホワイト化した社会ではそうはいきません。雑な丸投げは「ハラスメント」と感じられてしまうことがありますし、適切なサポートがなければ実際にハラスメントです。リーダーやマネジャーもそれを分かっていますから、どこまで任せていいのか、どこまでチャレンジさせていいのかを常に悩んでいますし、悩むぐらいなら自分でやってしまえ、と考える人も増えてきたように感じます。


 つまり、ホワイト化した現代の組織では、黙っていると成長に必要な負荷である「チャレンジ」の機会が得られないリスクがあります。負荷をかけずに成長することはできませんから、自分からチャレンジに飛び込み、自分で自分に仕事的な負荷をかける必要がある。これが「成長自己責任時代」です。


●成長しないとやばい時代


 ここまで、成長が自己責任になった背景を考えてきました。でも、何で成長しないといけないの? お金はそこそこもらってるし、ゆったり自分のペースで仕事できればいいんだけどな――冒頭でお話ししたEMの悩みは、そう考える若いエンジニアがチームにいることでした。


 マネジャーはチーム力を高めていくことが仕事の一つですから、成長してもらわないと困るのは当然です。でも、エンジニア個人としての生き方だから、そういうのもアリでは? そう考えるのも不思議はありません。


 でも、エンジニアとしてこの先生きのこっていたいなら、自己責任で成長していかないとやばい。菌類、そう断言します。


産業革命の歴史


 技術の進歩が仕事を奪うという出来事は、歴史上何度も繰り返されてきました。「19世紀初頭、産業革命が進む英国で、仕事を失うことを恐れた織物職人が紡績機を打ち壊す『ラッダイト運動』が起きた」という史実を、世界史の授業で習った記憶があるかもしれません。


 その後も技術の進歩による大きなイノベーションが次々と起き、われわれは現在「第四次産業革命」の真っただ中にいるのです。え、もう4回目?


 そして産業革命が起こる間隔は、どんどん短くなっているのです。ちょっと表にまとめてみましょう。


・第一次産業革命 | 18世紀中ごろ | 蒸気機関、軽工業(紡績)の機械化


・第二次産業革命 | 19世紀後半 | 内燃機関、重工業の機械化


・第三次産業革命 | 20世紀半ば | 原子力、コンピュータ、インターネット


・第四次産業革命 | 2010年代〜 | AI、IoT(Internet of Things)、ロボット


 紡績(繊維を撚より合わせて糸を作ること)は、旧石器時代から行われていたと言われています。それを機械化するのに2万年かかっていますが、そこから200年あまりで3回産業革命が起きているの、変化が早過ぎません? 第三次の「20世紀半ば」と第四次の「2010年代」、菌類両方経験しているのですが……?


AIが奪う仕事と2029年問題


 さて、エンジニアにとって、いままさに「自分事」であるAI(人工知能)。皆さんは職場で使っていますか? 活用の度合いやアウトプットの品質は現場によってまちまちでしょうが、もうAIを使わない時代のプログラミングに戻ることはないでしょう。AIを使いこなして生産性を高めること、AIのアウトプットに責任を持ち品質を保証すること。これが、これからのエンジニアに求められる仕事です。


 AIの他にもエンジニアの仕事を脅かすものとして、通称「2029年問題」があります。


 「2000年問題」(西暦下2桁が00になるため考慮が漏れたソフトウェアが不具合を起こす)や「2038年問題」(UNIX標準時が32bitシステムでオーバーフローし、負の値になる)はよく知られていますが、2029年って何が起きるんだっけ?


 2022年、教育指導要領が改訂され、高校の教育内容が大きく変更されました。その中でわれわれに大きく関係するのが「情報」の科目です。それまで選択科目だった「社会と情報」「情報の科学」を整理して「情報I」「情報II」に再編成し、「情報I」を必修科目にしました。


 菌類、気になったので「情報I」の教科書を買って読んでみたところ、内容に結構びっくりしました。「ITリテラシーのきほん〜」みたいなユルい内容かと思ったら、あにはからんや。


 知財権やサイバー犯罪など情報化社会の課題、コミュニケーションと情報デザイン(量子化についても学ぶ)、プログラミング、データベース、ネットワーク、データ分析の基礎など、普段のエンジニアの業務に直結する内容が盛りだくさん。ちゃんとやれば「ITパスポート」や「基本情報処理技術者」の資格は余裕で取得できそうなカリキュラムです。


 この教育を受けた学生たちが社会に参入してくるのが2029年なのです。


 高校で必修ということは、エンジニア職以外の新卒たちもみんな(ちゃんとやっていれば)ITパスポート以上のスキルを標準装備として入社してきます。オールドタイプな先輩従業員は仕事を奪われるリスクがある、という意味で「2029年問題」なんて呼びたくなるのかもしれません。


 さらに、この年代の新卒エンジニアたちは、AIによるソフトウェア開発のネイティブ世代でもあります。文部科学省は「MDASH」という、数理、データサイエンス、AI領域において、大学など教育機関のプログラムを認定する制度を実施しています。当然その中にはデータ構造とプログラミング、アルゴリズム、統計などが含まれていますから、エンジニアの固有スキルがどんどん一般化しているのは間違いありません。


やばいって実感できました?


 ということで世の中を見渡すと、われわれエンジニアの前には


・進行中の第四次産業革命に代表される変化の早い時代


・日に日にプログラミングスキルを上げてくる生成AI


・ITパスポート以上のスキルを標準装備した新卒


 ……が待ち構えているというわけです。そんな状況でのんびり現状維持のぬるま湯に漬かっているなんて、さすがにやばそうじゃないですか。


●まとめと次回予告


 そんなわけで、2025年現在のエンジニアという仕事は「ボーッとしてるとやばい」という状態にあるのを理解していただけたでしょうか。


 しかし、めげていても事態がよくなるわけではありません。次回は、そんな成長自己責任時代にエンジニアが生きのこるための生存戦略を考えます。大丈夫です、希望はありますから。



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