画像提供:マイナビニュース●根源を考えなければ、なんの意味もない 日本のビジネスを牽引する著名なCxO(Chief x Officer)の皆さんが今、何を考え日々ビジネスに励んでいるのかを深掘りするべくスタートした本連載。聞き手は私、「Japan CxO Award」の主催を務め、CxO人材採用事業に日々携わるBNGパートナーズの代表取締役・蔵元二郎が務めます。
今回は、タイミーの執行役員CTO(Chief Technology Officer)を務める、山口徹さんにお越しいただきました。
2018年のローンチ以来、働くシーンに革新的な変化を与え、成長を続ける「タイミー」。開発組織のトップとして、戦略策定や組織マネジメントを率いる山口さんに、課題との向き合い方や、学びの技術、CTOの必須スキルなど、多岐にわたるテーマをうかがいました。
○根源を考えなければ、なんの意味もない
――まず、どういう経緯でタイミーを選ばれたのでしょうか。
8カ月ほど転職活動をする中で、経営者との相性や、事業のポテンシャルを総合的に考えて決めました。2023年5月からタイミーに転職したのですが、ちょうどそのあたりは「SaaSバブルが弾けた」と言われていた時期。僕自身はずっとBtoB SaaSをやっていたので、そのノウハウを使わないのはもったいないと探していたのですが、なかなかしっくりこない。自分自身必死に勉強して戦ってきた分野で、話を聞いているとうっすら経営状況も見えてくる……すると、SaaSでは行きたいところがなかった。そこから、40社ほどを候補に入れ、BtoB事業、SaaSが主力ではない、顧客の多様性がある、事業展開の考えやすさや複数事業を展開していることなど一定の条件を設定して検討すると、2社しか残らず、そのうちの1社がタイミーでした。
――タイミーのどういったところに、事業ポテンシャルを感じたのでしょうか?
まず、タイミーはツー・サイド・マーケットプレイス。ワーカーと事業者という、2種類のユーザーグループを結びつけ、さらにその両者に対してお互いが隠蔽されていないところが面白いなと。通常、いわゆるデマンドとサプライで言うと、サプライ側が隠蔽されていることが多いのですが、成功するツー・サイド・マーケットプレイスは、両方とも表に出ていることが多いのです。また、パーソナライズされていて、各自に合った取引ができる。そういった基盤が盤石で、僕が入った段階ですでに「これはいける」という段階にありました。
さらに、HRテックは正社員向けのものが多いですが、タイミーは非正規雇用や副業など、それ以外の部分を担っていて、ワーカーのCRMとしての価値も貴重です。僕がジョインした当時で約500万人、今では1190万人ほどの登録がありますが、その会員基盤自体が素晴らしく、ビジネスとして延長していくイメージが湧きやすかった。すべてがブルーオーシャンになりうるところが、非常に魅力的なマーケットプレイスでした。
――実際にジョインされて、何かしら想定外があったと思いますが、特に印象的なところを挙げるならどのようなことでしょうか。
同じ事象がポジティブにもネガティブにも捉えられることですが、想像以上に少ない人数でサービスが作られていました。それは洗練されているとも言えるし、新しいチャレンジができていないとも言える。拡大してまでやりたいことがないのか、拡大できない理由があるのか……。タイミーの場合は、組織化がうまくできていないなどの理由で、後者でした。
――そこから山口さんが開発組織や意思決定プロセスを整えたとのこと。「再現性の高い仕事」をする上で何より必要なことはどのようなことだと思われますか。
たとえば以前「失敗したな」と思う経験があるとします。それを経て、自分がある程度その課題について知っていて、体系的に解ける問題であれば、次の場所でも同じアプローチで再現性を持って解決できるだろう、ということを志向しています。戦略の立て方、その戦術化、戦術を成功に導くための最適な組織設計と運用。その3つに集約されると思いますが、これらは再現性をもってやりましょう、という考え方ですね。
――再現性の高い仕組みを作る上で、ポリシーとしていることはありますか?
まず、根源的なところに当たった上で、具体のことを考えることが一番大事だなと思っています。たとえば、プロダクト戦略の話で言うと、プライオリティのつけかた、ロードマップに何を書いて、誰に公開するか…もちろん各論としては意味がありますが、それだけではなんの意味もない。もっと根源の、「なんのために作り、何と接続して、目標をどこに置くとバランスのいい投資になるのか」。こういったことを考えた上で、各論にいかなければいけません。
――山口さんが戦略を作るとき、ベースにしているフレームワークはどのようなものでしょうか。
僕がプロダクト戦略を作るときにベースにしているのは、ドラッカーです。あとは、リチャード・P・ルメルトの名著『良い戦略、悪い戦略』の「戦略のカーネル(核)」。他にもファイブフォース分析やSWOT分析など、典型的なビジネスフレームワークを適用し、そこに、プロダクト戦略上必要な知識やエッセンスを混ぜ込んでいます。これを再現性を持って型化し、前年の情報をもとにバージョンアップしながら転用しています。
○仕事を支える「学び」の技術
――CTOの仕事を、もし定義づけるなら?
全体を俯瞰して見て、何が戦略・戦術とのギャップなのかを冷静に把握し、ギャップを埋める指針と施策を示すことでしょうか。もちろん、これを組織に浸透させて実行させ、モニタリングして計測し改善するなど、いろいろとありますが、突き詰めるとそこに尽きます。ただ、求められる役割は、フェーズによってまったく異なります。極端な話、アーリーステージであれば、社内で一番できるフルスタックエンジニアでも構わないと思っていますが、すでにIPO後のCTOであれば、そういった能力が問われますね。
もちろんCxOとして、コーポレートガバナンスや企業買収、アライアンスなど、経営についてもハイレベルに知らないといけないこともあるので、そのあたりの知識や知見も必要です。僕自身は2009年から2020年までDeNAに長いこといたので、メガベンチャーの経営がどうあるべきかをなんとなく知り、そこから前職とタイミーの直近3社で学んでいきました。
――山口さんの周囲にも、ジュニアCTOの方がたくさんいらっしゃるんじゃないかと思いますが、「もっとこのあたりを勉強するといいんじゃないか」と思うことはありますか?
3つあります。1点目は、エンジニアリング組織を俯瞰的に見る方法。2点目は、プロダクトと組織はニコイチなので、一定「プロダクトマネジメントとは何か」を理解すること。3点目は先ほどのCxOとしての必須スキルですね。
――逆に、私も自社のCTOのコミュニケーションで一部ついていけないときもあり、申し訳ない気持ちになることがあるのですが、私どものような、「技術畑ではないCxO」が知っておくべきことを挙げるなら、何をどう学んでいくのが良いと思いますか?
簡単に言うと「全員、AIを使いこなすべき」ですね。ハードスキルとソフトスキル、2つの観点があると思いますが、まずソフトスキル的な観点でいうと、まず学習のやり方そのものをブラッシュアップすることが重要です。生成AIの普及により、学習がより効率的になり、僕自身も学習スピードがグッと上がりました。これまでなら「情報量が多すぎて、見ることが億劫になっていたような知識」をベースにした戦略立案ができるようになってきています。
――たとえば、どのようなものでしょうか?
最近参照しているフレームのもとが、300ページくらいあるPDFです。これも自力では100ページにも満たない程度しか読めていないのですが、AIの補助を受けると、具体と抽象を行き来しながら対話的にリーディングができるので、圧倒的に早く勉強ができるようになりました。トッププレイヤーを見ていても、アクティブリコールや分散学習など、科学的根拠に基づいた勉強法を意図的に取り入れています。その学習方法のソフトスキルさえ身についていれば、未知のハードスキルを初めて学習するときも、適切な質問さえできれば、AIがそれなりに正確な回答を返してくれます。
たとえば「インターネットビジネスをする上で、CEOが知っておくべきハードスキルを教えてください」といったことを上手に聞けば、妥当な答えが返ってくるはずです。もちろんそれが本当に正しい答えなのかを見極めるスキルも必要になりますね。だからこそ、なんでもかんでも幅広くインプットするより、ある程度自分が持っているハードスキルと密接に関連づけて、どんどん領域を広げていく学習スタイルが今後大事になるかと思っています。
――書籍をたくさん読んでいらっしゃいますよね。
でも、実は本を読むのは嫌いなんです(笑)。ただ、ビジネス本の鉄板とも言える名著は、自己投資だと思って片っ端から買っています。気が向いたときにかいつまんで読んで満足して、「この知識だけじゃまずい」と必要に駆られたらそのとき初めて深掘りし、実践と掛け合わせる読み方ですが……。あとは、YouTubeの書籍解説動画でまず俯瞰でざっくり内容を捉えてから読むのも自分に向いていると思って取り入れています。
――横のネットワークでの学習は取り入れていらっしゃいますか?
そこは完全にX(旧Twitter)ですね。Xはレコメンデーションが賢いので、興味のある人をフォローしたり、いいねを押したり、ブックマークに入れたりなんらかの行動をすると、それ自体が学習されます。すると、フォローしている人以外の投稿がおすすめにあがってきて、「この人いいこと書いてるな」と思ったらフォローする。興味のネットワークとして機能しています。以前は情報収集といえば、ブログのRSSを登録してRSSリーダーで見ていましたが、今はXがあれば事足りますね。
ただ、周囲の興味関心をマージできると、もっと自分の興味関心のリングを広げられそうなので、それこそ社内でそういったパイプラインを作ろうかとは思っているところです。
――何社かの技術顧問もされていて、どこにそんな時間が……。
技術顧問とまとめていますが、プロダクトとエンジニアリングをメインに、プロダクト顧問をすることもあれば、かっこつけすぎかもしれませんが社長を相手に経営顧問をすることもあります。でも、それぞれに1か月につき2〜4時間で5社ほどなので、仮に平均3時間ずつだとしても、月15時間ほどですよ。
――ちなみにその際「何をして、何をしないか」は、どう線引きされていますか?
僕はあくまでアドバイザーなので、本来自分たちでやるべき作業的なところは巻き取らない。たまに巻き取ってしまうこともありますが、どちらかといえばハブとなる人にきちんとノウハウを伝え、その人が組織に展開していく流れこそ、僕がやるべきことです。僕が巻き取ってしまうことで、ハブ役の人の成長につながらないことは、本意ではないので、線を引くようにはしています。●「解けない問題」にマインドシェアを使わない ○「解けない問題」にマインドシェアを使わない
――他の取材記事で「DeNA時代、経営視点なしでは課題解決ができない」ということをおっしゃっていたのが気になったのですが、お話できる範囲で経緯を聞いても良いでしょうか?
たとえば買収であれば、デューデリをきちんとして受け入れるにふさわしいのかチェックできる体制だったのか、意思決定に至るプロセスはどうだったのかなど……問題に感じることがそれなりにありました。ただ、自分の2つ上のレイヤーで起きている出来事なので、自分には手の出しようがないし、見えている解像度も違う。他にも持続的な成長のための人材育成など、自分の目線では「もっとこうしないとまずい」ということがわかっているのに、できない。自分がレイヤーを上げていかないと手の出しようがない。けれど、レイヤーが上の人たちの意思決定に振り回されるのは自分たち。「振り回されるなら、自分でやったほうがいいんじゃないか」というシンプルな考えです。
ただ、それは順当に出世しないと難しいし、出世はしても、当時の僕はどちらかというと個人貢献型で出世したこともあり、マネジメント軸の人間と思われていなかった。「引き続き専門職として活躍してほしい」というのが期待なので、無理にこの環境でマネジメントに行くのも違うようなと思い、外に出ました。パブリックでは、この話は初めてしたかもしれませんね。
――今の話のように、「2つ上くらいの階層でなされている意思決定が、部分最適としてはクエスチョンだ」という、同じような課題感やフラストレーションを持っている読者の方もいらっしゃると思います。その解決のために、「2つ上のレイヤーに行く」ももちろん正解だと思うのですが「まずはこういうことをやってみたらどう?」というアドバイスはありますか?
とてもいい問いですね。うちの会社で「プロダクトマネージャーのしごと」という本の輪読会をちょうどしたのですが、ここにかなりいいことが書いてありまして。何かしら課題があるじゃないですか。その課題を「解けるか、解けないか」に考えるんです。2つ上のレイヤーの課題は、たいてい「解けない課題」です。そして「解けない課題」にマインドシェアを取られるのは、何にもならないので忘れる。すると、解ける問題が残る。その中で、それぞれ解くべきか、解かざるべきかを考えて、解くべきだと思ったことにフォーカスしていく。すると、それが成果として認められる上、結果的に出世しやすくなる。
要するに「今解決できない問題に心や時間を奪われるな」「優先順位をつけるべき」という話ですが、非常に優れている考えなので、極力取り入れています。ちなみにこの本はすべてのビジネスパーソンに読んでほしいくらいの本当にいい本なので、ぜひ読んでみてください。
――頭では「解けない可能性が高い」とわかっていても「どうにかしたら、解けるのでは」ということに執着してしまうケースが各所で発生している思うのですが、そういったときは、どう切り分けますか?
AIが計画、実行、テスト、修正まで全部行ってくれるエージェンティックコーディングの生産性が上がらない理由のひとつでもありますよね。やめどきを間違って「もっといけるんじゃないか」と突っ込んで投資して、結局AIを使わないほうが早いんじゃないか、という結論に達する……。これは「解けない問題かどうか」を見極めるスキルを上げるしかない。ただ、やめどきを明確につけるのは本当に難しいので、最初から時間的なマイルストーンを設定し、「この期間までに、この一定レベルまでに達しない場合はやめる。目標を達成した場合は次に行く」と、合意をつけておいたほうがいいと思います。ただ、我々のあずかり知らぬ状況によって変動する場合もあるので、相対的な目標にしておくアプローチが良いかと思います。
――山口さん自身が、今後こう成長していきたいという方向はありますか。
わがままを言うと、本来自分でやる必要性がないことも含め、関連する業務を全部自分でできるようになりたいですね。たとえば、データ分析をアナリストと同じ水準でできるようになるとか、データサイエンスにおけるモデルの構築を自らやれるとか…深掘りすると面白いし、その知識と体系化は、他のジャンルの学習とも似たような構図になっていて、より学習が捗る。語れるくらい得意な分野が増えると自分の底上げにもなるし、複数の分野を知っているからこそできることをして――自分をプロダクトとしてみなすのであれば、それを差別化要因にしたい。
ただ、リーダーシップは選択と集中が必要。みんなが共感できる内容で、何にフォーカスするかを言葉にしないといけない。「あれもこれも」になると、メッセージも、進捗もぼんやりしてしまう。言葉で言うのは簡単ですが、難しいですね。
――乱暴なラベリングで恐縮なのですが、山口さんとお話ししていると、とても体系立っている技術者の「左脳的な」側面と、ヒューマンな「右脳的」側面の両者がバランス良くどちらもあってすごいな…と勝手ながら感じていたのですが、これはもともとなのか、後天的に得たものなのか、どちらなのでしょう?
ここまではっきりしたのは近年ですが、もともとその要素はあった気がします。最後の決めは、モチベーションや「ノリ」といったものに多分に影響されるじゃないですか。けれど、「不確実性」に対して、合理的にアプローチできることがあるなら、徹底的にやりたい、というイメージですね。
――話を聞いていて思ったのですが…ご自身の「弱点」って、何だと思いますか?
社会不適合なところじゃないでしょうか(笑)。年に2回くらい、やっちゃいけない寝坊をするとか、多くの人ができることがまったくできないとか…先週も寝坊してしまったのですが、深夜まで仕事をしていて倒れるように寝込んでしまったから、という言い訳をしています(笑)。ただ、もう年も年で、自分が変わらないことをわかっているので、まさにその弱点は「解決できない課題」。そこにマインドシェアをとられないようにしています。
チープに聞こえてしまうかもしれませんが、山口さんはバランスが抜群。とても知識が豊富でありながら、それを難しく言わない。「三流は、簡単なことを難しく言う。二流は、難しいことを難しく言う。一流は、難しいことを簡単に言う」といった話を思い出しました。大量のインプットと実際のハードシングスに向き合って、得られたことを整理し、磨いてきた経験を、たった60分のお話の中でさえ実感。「難しいことを、難しくしない」一流のCxOの仕事を目の当たりにさせていただきました。ありがとうございました。
■今回お話をうかがったのは…
タイミー 執行役員CTO 山口徹 氏
2003年にWeb制作会社でエンジニアキャリアを開始。2005年にガイアックスに入社し、リードエンジニア、マネージャーを務める。2007年にサイボウズ・ラボでR&Dエンジニアとして研究に従事。2009年にディー・エヌ・エーに入社し、Mobageやスマートフォンアプリの開発を推進。2015年に事業副本部長、2016年に専門役員に就任。2018年にスポーツ事業本部システム部部長に。2020年にベルフェイス入社、CTO兼CPOを兼務し、2021年に取締役執行役員就任。個人として、マギステル代表取締役で複数の技術顧問を兼任。2023年タイミー入社、同年執行役員CPO、2024年より執行役員CTOに就任。
蔵元二郎 株式会社BNGパートナーズ 代表取締役。1975年生、鹿児島県出身。九州大学経済学部経済工学科を卒業後、一部上場金融機関にて、人事・経営企画・金融庁対応に従事。その後、スタートアップ企業で新規事業の立ち上げ、大手ベンチャー企業で人事部長・海外事業部長・新規事業部長・社長室長などを歴任し、27歳で株式会社ジェイブレインを共同創業、取締役最高執行責任者に就任。上場直前期にリーマンショックを経験した後、2009年にBNGパートナーズを設立。代表取締役に就任(現任)。鹿児島イノベーションベース理事、情報経営イノベーション専門職大学客員教授なども務める。2025年、次世代リーダーのロールモデルとなるCxOを選出・表彰し、重要性を社会に広く認知させるJapan CxO Awardを立ち上げる。 この著者の記事一覧はこちら(蔵元二郎)