▲作家の島田明宏さん【島田明宏(作家)=コラム『熱視点』】
先日、このコラムにも何度か登場した小学館の編集者「ワサやん」の退職を祝う会に出席した。表参道の洒落た店に150人だか200人だか(忘れてしまった)が集まり、賑やかで、楽しい会だった。
ワサやんは私と同い年で、『週刊ポスト』の副編集長時代に伊集院静さんの担当をしていた。私と初めて一緒に仕事をしたのは2000年代の初め。東大出の切れ者だと聞いていたので、あまり長くしゃべってボロが出ないよう、私はいつも彼とは最低限のやり取りしかしていなかった。
そんなある日、彼が早稲田大学に入って仮面浪人をしていたとき私のクラスメートだった、と知った。言われてみると、確かにそういう名の男がいて、一緒にコンサートに行ったことなどを懐かしく思い出した。
彼は長らく写真家の篠山紀信さんの担当をしており、水沢アキさん、石田えりさん、森下悠里さんの写真集など、編集者として多くのヒット作を世に送り出してきた。叶姉妹の叶恭子さんの『3p』や、飯島愛さんの『プラトニック・セックス』など話題になった書籍も山のように担当し、伊集院静さんの『旅だから出逢えた言葉』が文庫化されたときの解説の執筆が、私が彼と組んだ最後の仕事となった。
こうした会に出ると、下戸の私はひたすらウーロン茶を飲むことになる。何人かの知り合いと少し話してはボーッとし、ほかにすることがないので、またウーロン茶をおかわりして時間を潰す。
最近、「酒で3年、茶で10年」という言葉を知った。相手の本質を知るのに、お茶を飲みながら話すと10年かかるところを、酒を飲みながらだと3年で済む、という意味らしい。いわゆる「飲みニケーション」の効用である。
その伝で言うと、私は10年かけて話を聞くしかないわけだが、例えば、最年少ダービージョッキー・前田長吉の兄の孫で、前田家の嫡男の前田貞直さんとは、初めて会ってから今年で20年になる。貞直さんとは、酒を飲みながら話した場合の6年分の付き合いにしかならない、ということになるのか。
それは別にいいのだが、酒を飲んで聞いた話や、酒を飲んだときの相手の様子を、素面のときに読むものにそのまま書くわけにはいかないだろうし、飲んだときの相手が普段と違うからといって、それが必ずしも「素顔」とは限らないのではないか。仮にそれが素顔だとしても、素顔のその人と仕事をするわけではない。飲んだときだけ威勢のいい人を私はたくさん知っているが、そういう人が、酔っているときと同じ勢いで普段の仕事をしているところを見たことがない。
『優駿』に連載中の「一代の女傑」の主な取材対象である沖崎誠一郎さんも、私と同じく、酒が飲めない。誠一郎さんと私の場合、酒に酔うことができないので、飲む人同士の3年分わかり合うには10年かけなければならないのかもしれないが、生きている限りは素面なので変わりようがないのだから、同じ3年という計算でいいような気がする。
誠一郎さんの祖母で、日本初の女性オーナーブリーダーの沖崎エイは、小岩井農場生産の第弐オーイエーを鍋掛牧場の基礎牝馬として導入した。そして、その娘キヨハが産んだメジロムサシが1971年の天皇賞(春)を勝ち、生産馬による八大競走初制覇を遂げた。
それに関して、『優駿』の担当編集者から「余談ですが」と、余談にしておくにはもったいないネタを教えてもらった。
1990年代の初めに、ラジオたんぱ賞、七夕賞、オールカマーなどを逃げ切ったツインターボの5代母がキヨハである、ということだ。つまり、6代母が第弐オーイエーということになる。不覚にも、言われるまで気づかなかった。
ツインターボは派手な大逃げで人気を博した個性派で、最近も、パンサラッサが「令和のツインターボ」と言われるなど、ちょくちょくメディアにその名が登場している。
鍋掛牧場は2004年に競走馬の生産を中止したので、キヨハの子孫も残っていないだろうと思い込んでいたのだが、「ツインターボの近親」という付加価値があるとなると話は別だ。調べてみると、キヨハを7代母に持つエスプリワールド(牡4歳、父トゥザワールド、大井・澤佳宏厩舎)が今年の1月15日に大井で走り、5着になっている。
母のスーは用途変更されているので、これで牝系は途絶えてしまうのかもしれないが、鍋掛牝系の血を受け継いだ馬が今も走っていることがわかっただけでも嬉しかった。
発売中の『優駿』に掲載されている「一代の女傑」に登場する「高橋力」に関して、「あの力(ちから)さんですか」とよく訊かれる。
答えはイエス。JRAの獣医師を経て、ダーレー・ジャパンの社長などを歴任した高橋力さんである。
「ホースマンとしての『いろは』は全部おばあちゃん(=沖崎エイ)から教わりました」
そう話す高橋さんは、学生時代に鍋掛牧場で沖崎エイに教わった、馬の口に手の指を入れて友達になるやり方を、60年経った今もつづけているという。
高橋さんも酒を飲まないし、お父さまで、かつてJRAの理事だった高橋孝一さんもそうだったという。
直木賞作家の浅田次郎さんも飲まないし、河崎秋子さんも飲まない。
といったように、私のような下戸は自然と飲まない人を探して覚えてしまう。
衆議院選の期日前投票を済ませてきた。今回は受験シーズンと重なったので、選挙カーで名前の連呼は以前より控えているという。受験生に気を使うなら、仕事中の人にも、夜勤のあと寝ている人にも、習い事をしている人にも同じように配慮すべきだろう。
今は室内に入らないよう拡声器の音量を抑えているが、これまでは室内にも聞こえるよう大きくしていたという新聞記事を読み、あまりの身勝手さに呆れてしまった。
ろくな候補者がいないと思っても、まだ一票を投じていない人は、期日前でも、当日でもいいから投票所に足を運び、こんな世の中を少しでもまともにする力になってはどうか。