
多様性が謳われる現代で、親世代が当たり前と思っていた人生設計とは異なる道を、わが子が選ぶ可能性はなきにしもあらずですよね。しかし、親としては複雑な気持ちになるのかもしれません。
『みなさんは、将来、わが子にも子どもをもってほしいですか?』子どもをもつ幸せは子どもをもつ人にしかわからないのかもしれません。ですが、子どもがいなくてもパートナーがいなくても、幸せは手に入るのではないでしょうか。しかし親は子をもつ幸せを知っているわけです。その幸せを、わが子にも味わってもらいたいと思うのかどうか、投稿者さんは知りたいようです。
子どもをもつ幸せ、味わってほしい?
『もし自分の子どもが、子どもをもたない選択をするとなったら、心の底では「私の子は子どもをもつ幸せを体感することがないのか」と、寂しく思いますか?』わが子にも子どもをもってほしいのか、子をもつ幸せ・喜びを知ってもらいたいのか。そのことだけを問うのではなく、子どもをもたない選択をした場合、親は寂しく思うのかどうかにもついて聞いてみたい投稿者さん。ママたちに問うために、4つの選択肢を用意してくれました。まずはその結果から見てみましょう。
・寂しいし、ぜひとも子どもをもってほしい
・寂しいけど、子どもをもたない選択もアリだと思う
・子どもをもたなくても幸せになってくれればいい
・子どもをもたなくても全然いい
ママたちの選択は「子どもをもたなくても幸せになってくれればいい」に集中し、あとは均等に分散された結果となりました。
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子どもをもたなくても幸せになってくれればいい
『本人が幸せなら私も満足だよ。孫はできたらかわいがるけど、別にほしいとは思わないかな』
『本人が望んだようになればいい。子どもを望まないならそれでいいし、子どもがほしいなら子どもがいる人生であってほしい。どちらにせよ本人が納得できる人生であってほしいと願う』子どもが選ぶ人生の選択について、どのような形でも最終的に幸せになってくれればいいと願う親心。もしその結果がわが子にとって不本意な結果となったとしても、本人たちが幸せならばと願わずにはいられないのかもしれませんね。孫がいればうれしいだろうし、楽しいのかもしれません。しかしそれは、あくまでも親の希望。だから、孫がいれば全力でかわいがるけれど、いなくてもそれはそれでいいと思うようです。自然とそのように思えるからこそ、ニュートラルな状態でわが子を見守れるのかもしれません。
3つの選択肢、その思い
残り3つの選択肢を選んだママたちの声も見てみましょう。
寂しいし、ぜひとも子どもをもってほしい
『子どもを通していろいろな経験をしてほしい』
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『子育ては寂しさや幸せなんて生やさしいものではないけど、もちろん子どもをもってほしいと思ってしまう』子育てを通じて広がる世界。その大切さや素晴らしさをわが子にも味わってほしい。そう願うことも決して悪いことではありませんよね。子どもがいるからこそ味わえる経験は、誰かに教えてもらったり、お金を払ったりしても得られない貴重なもの。だからこそ、わが子が子をもつ選択をしなかったら、寂しいし子どもをもってほしいと思うのかもしれませんね。
寂しいけど、子どもをもたない選択もアリだと思う
『子どもの人生だからね。でも、孫の顔が見たいのが本音』
『孫をかわいがってみたいとは思うけど、無理強いはできないかな』人にはさまざまな事情がある。そのことを理解しているからこそ、わが子が子どものいない人生を選択する結果もアリかもしれない。しかし、頭ではわかっていても本音は別。人間なんてそんなものかもしれませんよね。本音と建前なんて言葉があるくらいですから、別に思うぐらいはいいのではないでしょうか。本音をぶつけ合うだけがすべてではありませんし、生きていくなかで、優しい嘘を重ねる瞬間も必要ですよね。
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子どもをもたなくても全然いい
『私自身、子どもを育てることに非常にストレスを感じながら生きている。まったく自分の人生を生きられていない。子どもがいるだけでもツライのに、成績だの容姿だの将来の心配だので常にモヤモヤしている。このうえ、孫ができて孫のできが悪かったらさらにストレスを感じるから、もうそういうことからは解放されたい』子どもがいなくてもいいという本音。これもひとつの正解かもしれません。とかく生きにくい現代だからこそ、子育てに否定的になってしまう。もしこれで孫ができれば、このしんどい状況がまだ続くのかと、たらればで苦しくなってしまっているようです。この言葉に、自分が味わった苦労をわが子に味わわせたくないという思いも込められているのかもしれませんね。もっと子育てがしやすい世の中であれば、違う選択ができたのかもしれません。
不正解はない。どれも親の“正解”の本音
投稿者さんの投げかけた問いかけによって垣間見えたママたちの本音。どれをとっても、ひとつの“選択”なだけであり、どれひとつ間違ってはいませんよね。さまざまな事情や思いを抱えているからこそ、正解がたくさんあってもおかしくはないのではないでしょうか。思うことは自由。わが子自身や、わが子の人生に干渉しすぎなければ、押し付けなければ、思うぐらいは自由ですよね。ですから、人と意見が違ってもどうか自分を責めたり落ち込んだりしないでくださいね。さあ、みなさんはこの問いかけについて、どう思いますか?
文・櫻宮ヨウ 編集・荻野実紀子 イラスト・Ponko
