なぜ“深夜の書店”に若者が集まったのか 紀伊國屋書店「夜通しフェス」完売の舞台裏

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2026年02月15日 08:20  ITmedia ビジネスオンライン

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深夜の紀伊國屋書店 新宿本店で起きていたこと

 書店の魅力を、今までにない斬新な切り口で届けたい――。


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 そんな思いから、紀伊國屋書店ではオールナイトフェス「KINOFES(キノフェス) 2026」(以下、キノフェス)を新宿本店で初開催した。


 1月31日の閉店後(午後8時30分)から2月1日の早朝(午前6時00分)まで約9時間半にわたって行われ、著名人のライブトークやパフォーマンス、作家やタレントと店内をめぐる本発見ツアー、ミステリーイベントなどが繰り広げられた。チケットは、ミステリーイベントなしの「ノーマル」(3850円)と「ミステリーイベント付き」(6600円)の2種類を用意した。


 同企画の発案者である、紀伊國屋書店 首都圏地区店売第一部長 兼新宿本店 店長の星真一氏は、「反響は想定以上だった」と語る。同社が公式Xでイベントを告知すると、4時間足らずで全634枚のチケットが完売した。Xのインプレッション数は約5000万回に上り(2026年1月時点)、賛否両論のさまざまな反応が寄せられた。


 なぜキノフェスは、ここまで注目されたのか。フェス当日に現地を訪れたほか、星氏とミステリーイベントを企画・運営したUNROUTE(アンルート、東京都港区)代表の安藤美冬氏に話を聞いた。


●盛りだくさんの「深夜フェス」


 JR新宿駅東口から徒歩3分ほどの場所にあり、1階から8階まで売り場を構える国内最大級の書店、紀伊國屋書店 新宿本店。広大な空間を生かしてサイン会やトークイベントなど年間300件以上のイベントを開催し、売り上げは国内の書店でトップレベルだ。そんな同店で深夜フェスを初開催した狙いを、星氏は次のように話した。


 「書店ならではの空間の価値をフィジカルに体験してほしいと考えました。紀伊國屋書店としては書店数を増やしており、業績は好調ですが、業界全体では『書店数の減少』や『業界の衰退』が指摘されています。そんな中で書店の盛り上がりをアピールしつつ、新たな体験でリアル書店の価値を広く届けたいと思いました」(星氏)


 普段、書店に足を運ばない人にも訪れてほしいという狙いから、インパクトのある「オールナイトフェス」として開催することに。ライブトークやパフォーマンス、本発見ツアー、ミステリーイベントなど「書店はこうあるべき」という常識を取っ払った特別企画を多く盛り込んだという。


 「営業時間内はお客さまへの配慮からできないことも、閉店後であれば空間を自由に使えます。若年層の方にも来店いただきたい思いがあり、夜通しのフェスとして開催することにしました」(星氏)


 プログラムのメインは、作家や著名人のライブトークだ。運営には博報堂が参画し、同社と紀伊國屋書店でそれぞれゲストをブッキングした。自社だけでは招へいが難しいゲストを呼ぶことで、新たな顧客層にアプローチしたいと考えたという。


 ゲストには、俳優・作家の松井玲奈氏、ジェンダー研究の第一人者である社会学者の上野千鶴子氏、YouTuberでマルチタレントの佐伯ポインティ氏、実業家の古川健介(けんすう)氏、占い師の天満灯香氏など、多彩な顔ぶれがそろった。


 さらに、初の試みとして書店空間を使った「ミステリーイベント」も用意。手掛けたのは、イベントの企画・運営などを担うアンルートで、安藤氏が制作総指揮とシナリオを務めた。詳しくは後述するが、実際に店内を歩き回りながら謎解きをするもので、普段の書店では体験できない非日常的な演出も取り入れた。


 深夜フェスということもあり休憩フロアも設けられ、床に敷けるピラティスマットやサウナマットを貸し出すなど、参加者が疲れにくいよう配慮していた。


●驚くほど「本」が売れた


 キノフェスは、通常より1時間早く閉店し、午後8時30分に開幕した。筆者は報道陣として一般参加者より先に会場入りし、午後10時30分まで滞在したのだが、“フェス”と言っても会場内は落ち着いた雰囲気だった。


 開場後、参加者が続々と入店したが混乱はなく、皆それぞれ気になる売り場へと静かに向かっていった。最も人が集まったという松井玲奈氏のトークイベントをのぞくと、フロアにあふれた参加者も行儀よく鑑賞していた。


 参加者は20〜30代が中心で、男性よりも女性の姿が目立った。数人のグループで訪れている人もいれば、1人で参加の人もいた。


 「若年層が多いのは狙いどおりでしたが、女性比率が6割を超えたのは少し意外でしたね。通常の書店利用者は女性のほうが多いのですが、深夜フェスなので男女比率は半々になるかなと思っていました。参加者の約3分の1が終電までに帰宅し、約半数が朝まで滞在していました」(星氏)


 イベントに参加していない時間帯は、皆それぞれ好きな売り場をじっくり見ており、気になる本を何冊もカゴに入れている人をチラホラ見かけた。「実は、驚くほど本が売れました」と星氏は明かした。


 「来場者の約8割が何らかの本を購入し、1人当たり平均で約3冊を購入していました。平均客単価は通常営業時の倍近くに達しました。ゲストが紹介した本だけでなく、多様な本が売れていて、これは全くの予想外でした。イベントを通じて普段書店に来ない方が来店し、新たな本との出会いにつなげられたことが最もうれしかったですね」(星氏)


●初の試み「ミステリーイベント」も好評


 本イベントで特に注目度が高かったのは、紀伊國屋書店として初の試みとなる「ミステリーイベント」だ。全634枚のチケットのうち、ミステリーツアー付きは234枚のみで、ノーマル券と比較して早々に売り切れたという。


 同イベントは、音声ガイドの指示に従って書店内を移動し、約90〜120分かけて物語の結末を導き出す体験型企画だ。売り場に置かれている検索機を操作したり、一面が暗闇に包まれたフロアを歩いたり、書店ならではのギミックも多く取り入れた。


 「閉館後の書店を巨大な劇場と捉え、参加者が探偵として館内を動き回る『新しい読書体験』を創出したいという思いから企画がスタートしました。閉店後だからこそできる体験を多く取り入れ、20〜60代ぐらいまでの幅広い層に参加いただき、大変好評でした」(安藤氏)


 筆者も実際にイベントを体験した。スマートフォンで専用サイトにアクセスし、イヤフォンで音声を聞きながら館内を巡っていく。ストーリーには選択肢が多くあり、何を選ぶかによってストーリー展開が変化していくのも醍醐味だ。


 筆者は見どころだけを凝縮して体験したため深い考察はできなかったが、所々で登場する演出では非日常感を味わえた。特に、真っ暗なフロアを息をひそめて歩く経験は印象的だった。


 参加者の約7割が1人で、残りが2人以上のグループだったという。「読書は本来、1人で没頭する贅沢(ぜいたく)な時間だと思います。そのため、本ツアーでもイヤフォンで音声ガイドに導かれながら1人で物語に没入する『読書時間』を提供できたことは、良かったと感じています」と安藤氏は話した。


 ミステリーイベントのチケットを購入できなかった人も多くいたことから、第2弾のリクエストが多く寄せられているという。なぜ、これほどの反響を得られているのか。


 「書店の空間そのものに強い魅力があるから、ではないでしょうか。本棚に整然と並ぶ本の圧倒的な存在感、紙の手触りや匂い、知的で心を落ち着かせてくれる雰囲気。そうした書店特有の空気は、AIやネットが当たり前になった現代だからこそ、より大きな価値を持つと感じます。そこに『ミステリー』の要素を掛け合わせた新しさやおもしろさが、多くの方の興味・関心を引きつけているのではないかと思います」(安藤氏)


●第2弾の開催も見込む


 星氏は、キノフェスをこう振り返る。


 「イベント自体は成功だと評価しています。リアル書店の価値をお客さまに再認識してもらえたことが最大の収穫でした。新しいお客さまがたくさん訪れ、イベントをおもしろがってくれて、多くの本を購入してくれた。これは、当社にとって自信になりました」(星氏)


 現場の書店員も手応えを感じたという。例えば、ライブトークに登壇したある書店員は、参加者を売り場に案内し、直接おすすめの本を紹介したところ、多くの購入につながった。普段は顧客に直接本を勧めることはないため、新たなやりがいを得られたそうだ。


 告知後のSNSでは、「ゲストを見て購入をやめた」「プログラムはいらないから、書店に寝袋を持ち込んで泊まりたい」などさまざまな反応があったが、「他の書店ではやっていないことをやりたい」という思いがあったそうだ。結果的にチケットは即完売し、参加者の反応も上々だった。


 この成功を踏まえ、すでに第2弾に向けたアイデアも生まれている。


 「今回は幅広いゲストにより新規層を呼び込めたのは良かったのですが、次は紀伊國屋書店らしいゲストを増やせたらと考えています。また、作品の作り手が直接販売する『文学フリマ』もやってみたいですし、たくさんの『サイン本』を用意するのもいいかなと。第2弾は来年開催を検討していますが、それよりも前に若いお客さん向けに短縮版を企画するのもアリかもしれません」(星氏)


 最後に、書店を取り巻く昨今の厳しい環境に対する紀伊國屋書店の見解を尋ねた。


 「書店事業を存続させるうえで、雑貨など書籍以外の売り場を増やす、あるいは本を売ることにこだわるという2つの方向性で各社の見解が分かれるのかなと思います。当社は、本がたくさんある空間に価値があるという考えのもと、本の売り場を減らさずに、本を売ることで収益を上げていく方針です。


 そのためには、書店に来店する人を増やす必要があります。だからこそ、新宿本店では年間300件以上のイベントや今回のようなフェスも継続していきます。ネットでも買える中で、“あえて書店に行く理由”を作っていくのが私たちの仕事だと考えています」(星氏)


 さらに、星氏は「欧米では若年層が紙の本に回帰している傾向があり、いずれこの流れが日本にも到来するだろう」と前向きな予測にも触れた。第1弾で得られた教訓を生かし、キノフェスはまだまだ進化しそうだ。


(小林香織、フリーランスライター)



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