
ドミニカ共和国では「プログラマ」といわれる野球の育成機関が存在し、プロを目指す10代前半から18歳までの少年が在籍している
フェルナンド・タティスJr.、ブラディミール・ゲレーロJr.、マニー・マチャドら、メジャーのスター軍団を生み出すドミニカ共和国の源流は、日本とはまったく異なる育成環境にあった。
成功確率2〜3%という狭き門をくぐり抜ける精鋭は、いかにして誕生するのか。現地取材で見えてきたカリブ海の"野球大国"のリアルに迫る!
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第6回ワールドベースボールクラシック(WBC)で連覇を狙う侍ジャパン。最大の山は、中南米のドミニカ共和国かベネズエラとの対戦が予想される準々決勝だろう。
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中でも手ごわいのは、ドミニカだ。昨季開幕時点のMLBで、外国籍では最多の100人が在籍。WBCは2013年の第3回大会を8連勝で制した。
今回も打線は大会随一の破壊力を誇り、投手陣にも剛腕自慢がそろう。人口約1100万人の島国はなぜ優秀な選手を次々と輩出できるのか。
【10代前半の選手を育成する野球ビジネス】
「オレは550万ドルでマーリンズに内定している」
「オレはレッドソックスと550万ドルで約束済みだ」
昨年夏、ドミニカ最高峰の野球選手育成機関「VKベースボールアカデミー」を訪れた際、にわかには信じがたい話を耳にした。
話し手は14歳と15歳のショートの少年たちだ。MLB球団と正式に契約できるのは16歳からだが、ふたりはそれぞれ8億円を超える契約金で、すでに入団の口約束を交わしているという。
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VKベースボールアカデミーは現地で「プログラマ」といわれるカテゴリーで、プロを目指す10代前半から18歳頃までが在籍。指導に加え、寮で暮らす選手には三食も含め全部無料で提供される。その代わりプロになれば契約金の約30〜40%が運営者に渡る仕組みになっている。
ドミニカでは国民の3割が貧困状態にあるといわれ、首都サントドミンゴから車を約30分走らせればバラック小屋に住む人々を目にする。
稼げる産業が極端に少ない中、一獲千金を狙えるのが野球だ。ペットボトルのキャップを木や細い棒で打つ「ビティージャ」を原点に、有望な少年たちがプロを目指す。
現在は約4000のプログラマが存在するといわれるほど、選手育成は巨大産業に膨れ上がっており、それと同時に進むのが若年化だ。
現在、ドミニカ共和国では約4000のプログラマがあり、指導だけでなく、寮で暮らす選手には三食も含めすべて無料で提供される
「今は12歳で契約先が決まっていく。14歳になるとMLB球団はろくに見てくれなくなるから、急いで育てないといけない」
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そう話すのはフランミル・レイエス(日本ハム)らが所属したフアンバロン村のプログラマで教えるカルロス・ホセ・ロドリゲス。同村ではプロ野球選手になれなかった場合、日給500〜800ペソ(約1300〜2100円)で農業や漁業に従事するしか選択肢がないという。
【契約金目当てで注射を打ち肉体強化】
一方、夢は大きい。ドミニカではMLB全30球団が「アカデミー」という7、8軍相当の育成機関を運営し、契約できた時点で両親に家を買えるほどの契約金を得られる。家族の命運を背負い、幼少の頃から野球に励むのだ。
「タフな人生ですよね」
昨年2月からパイレーツのアカデミーで指導し、今年監督に昇格した松坂賢はそう話す。日本でも野球に人生をかける少年はいるが、ドミニカの事情は大きく異なるという。
「ドミニカの子は昼間、学校へ行かず野球をしています。『野球で契約できなければ食べていけないから』と......」
VKベースボールアカデミーの練習は午前中で終わり、午後は自由に過ごせるが、冒頭で紹介したふたりは週1回しか通学しない。昼食後は身長を伸ばすために昼寝をする。少しでも大きくなれば、スカウトの評価が高まるからだ。
少年たちが野球にすべてをかける一方、プログラマでは大人たちの思惑が複雑に絡む。VKベースボールアカデミーは第3回WBC優勝メンバーのエディンソン・ボルケスと元楽天の右腕ケルビン・ヒメネスが共同運営し、天然芝の球場を持つが、これほど恵まれた組織は多くない。公園の一角や空き地で練習するプログラマもある。
そうしてMLB球団との契約を目指す中、悪巧みを働く大人もいる。あるプログラマの関係者が匿名を条件に語る。
「子供たちにステロイド注射を打ち、内定を取れたら薬物を抜いて市場に出すんだ。大事なのはスカウトにどう映るか。それさえクリアすればいいと考えるヤツもいる」
ステロイドはPEDともいわれるパフォーマンス向上薬で、MLBでは違法。だが、契約金目当てで注射を打たせて肉体強化し、メディカルチェックまでに"薬抜き"をしておけばいいと考えるトレーナーもいるというのだ。
今回のWBCに出場するフェルナンド・タティスJr.(パドレス)は22年にPEDの使用で80試合の出場停止処分を受けたが、ドミニカではこうしたケースが後を絶たない。ドジャースのアカデミーでディレクターを務めるヘスス・ネグレテが語る。
「文化的な背景もあるんだ。この国ではステロイドが簡単に手に入る。獣医クリニックに行けば、処方箋なしでステロイドを買えるからね」
【メジャーリーガーになれるのは2〜3%】
ドミニカでは19歳以上の選手は"年寄り"扱いされ、契約を得るのが難しくなる。そのため年齢を詐称する者もいる。MLB球団は外部機関に依頼し、入団時の検査を厳格に行なっているという。
熾烈(しれつ)な競争を勝ち抜いて契約を結び、7、8軍相当のアカデミーに所属できるのは各球団30〜70人。ドミニカや中南米に加え、アジアや欧州、アフリカのウガンダなど世界中から金の卵が集められる。
毎年6〜8月には72試合のドミニカン・サマーリーグ(DSL)が行なわれ、昨年は22球団が2チームを構成した。
「アカデミーから毎年ひとりがメジャーリーグに昇格できればいい」と語る、今年からピッツバーグ・パイレーツのアカデミーで指揮を執る松坂賢氏
アメリカの1Aに到達できるのは、ドジャースの場合は20〜30%。メジャーリーガーになれるのは2〜3%程度だ。厳しい競争だが、それで成り立つのがMLBのすごさだと前出の松坂氏が語る。
「アカデミーから毎年ひとりがメジャーリーグに昇格できればいいというビジネス感ですが、選手を切るという位置づけではありません」
アカデミーでまず行なわれるのが、体づくりだ。パイレーツの一日を例に取ると、全体練習開始の朝8時から11時の終了までは以下のとおりだ。
・ジムでトレーニング(30〜40分)
・フィールドでキャッチボールと簡単な守備(15分)
・室内で打撃(30分)
移動も含めると、これで3時間が終了。自主練は基本的に禁止で、昼食後は「寝ろ」と指示される。
「練習している場合ではないですからね」
松坂の説明は単純明快だ。
「アカデミーの選手たちがスカウトされるのは、"メジャーリーグボディ"になると思われているからです。体が成長しやすい育成年代に大きくできないと、『なんのために獲(と)ったの?』となるわけです」
プログラマで将来性があると認められた選手は、MLBの各球団が運営するアカデミーと契約する。ここではまず球団の徹底管理の下、メジャーリーガーになるための体づくりが行なわれる
ドミニカでは安価でおなかにたまるイモ類が食事の中心で、栄養不足で痩身(そうしん)の子が多い。そこから体を大きくするにはトレーニング、栄養、睡眠をうまく回すことが必要だ。アカデミーでは鶏肉や豚肉などタンパク質が豊富な食事が提供され、合間に取るプロテインの量も個別に指示される。昼寝も大事な仕事なのだ。
球団の徹底管理で"メジャーリーグボディ"を完成させつつ、DSLで実戦経験を積んでいく。入団前にスカウトが見るのは運動能力=将来性で、プログラマでは投打の個人能力アップに特化するため、実戦練習はライブBP(打撃練習)くらいしか行なわない。
そのためアカデミーでは本塁打性の打球を放った打者が意気揚々と三塁に走り出したという"伝説"もある。
アカデミーに所属しているのは各球団30〜70人ほどで、そこからメジャーに昇格できるのはわずか2〜3%というかなり狭き門である
アカデミーでは毎年6月から8月にかけて計72試合のドミニカン・サマーリーグが開催され、選手たちはここで実戦経験を積んでいく
25年、17歳でドジャースと200万ドルで契約したドミニカ人のシャイ・ロメロは最速159キロを誇るが、同年のDSLでは16回3分の2を投げて防御率14.04、与四球32。こうした粗削りの選手が多くいる。
同年代で比べれば日本の高校球児のほうが完成度は高い。だが、ドミニカでは"ダイヤの原石"が5〜10年計画で磨かれ、成功確率わずか2〜3%の狭き門を突破した者だけがメジャーへ昇格する。その精鋭が、WBCで日本代表の前に立ちはだかるかもしれない。
取材・文/中島大輔 撮影/龍フェルケル 中島大輔
