限定公開( 5 )

人がしゃがんでやっと入れる高さの横穴の中で、作業着姿の男性が壁の耐火レンガを交換している。手際よく傷んだ箇所を木槌(きづち)で壊し、新品のレンガにモルタルを塗っていた男性が、白いレンガを手に取って言う。
「入口にはこの熱に強い頑丈なレンガを使います。こちらのほうが耐久性が高いので」
男性の肩越しに、長さ1メートル弱の黒い筒状のバーナーが見えた。あそこから噴き出す炎によって、この横穴の内部は1200度にも達する。そして火葬師たちの熟練の技術によって、きれいにご遺骨が残るような形で荼毘(だび)に付されていく――。
筆者がどこにいるかというと、火葬炉の内部である。東京都内で6つの斎場(火葬場)を運営する東京博善の「施設部工事課」に属する職人たちがおよそ3カ月に一度のペースで実施する「炉内メンテナンス作業」を今回、特別な許可を得て取材させてもらっているのだ。
|
|
|
|
火葬炉によってダメージが異なるが、1基の修復作業は1日がかりだという。東京博善は6つの斎場で計64基の火葬炉を保有しているため、全てのメンテナンスを完了するにはかなりの労力が必要だ。しかも「全て手作業」という難しさもある。
レンガはただ積めばいいというものではなく、炉内の傷み具合を見ながら調整していく必要がある。そのさじ加減はマニュアルで身に付くものではないため、現場で熟練工の背中から学んでいくしかない。取材中も、火葬炉の外で3人の作業員が“親方”の手さばきを真剣なまなざしで見つめていた。
そんな「職人の技術継承」の現場に、黄信号が灯っている。
●苦しい胸の内
求人を出しても「この仕事をしたい」という若い人材がなかなか現れない。採用しても定着せず、辞めてしまう人も少なくないという。求人サイトの募集要項を見ると想定年収は400万〜620万円。この分野の求人としては悪くない条件であるにもかかわらず、なぜ職人を志す者が定着しないのか。同社の経営幹部が苦しい胸の内を明かす。
|
|
|
|
「すごくやる気もあった人がいきなり辞めてしまうことがあるんですが、その理由として多いのは、ご家族から『わざわざ火葬場で働かなくてもいいのではないか』と言われてしまうことです。ご年配の方などには、過去の“迷惑施設”というイメージがあるようです。ですから弊社の採用の場では必ず『ご家族の方の理解は得られていますか?』と確認するようにしています」
採用や人材の定着は、多くの企業を悩ます共通課題だ。東京博善の場合は「死」という一般的に敬遠されがちなものにかかわる職業ということもあり、厳しい面があるのも事実だという。
職人の専門的技術をどう受け継ぐか。それ以前に、若い人材をどう定着させていくのか。これらの努力に費やされる労力は、帳簿や財務諸表には表れないため「見えないコスト」と呼ばれる。それは東京博善にとっても、頭の痛い問題となっている。
ただでさえ、原料や人件費という「見えるコスト」が昨今の物価高騰の影響で、重くのしかかってきているからだ。
●コストにまつわる厳しい現実
|
|
|
|
例えば、先ほどのメンテナンスで使われていた耐火レンガ。東京博善の工事課によれば、5年前の平均単価は670円だったが、現在は820円前後に値上がりしているという。ほかにも、故人と遺族の「別れの場」になくてはならない備品のコストも上がっている。
東京博善は火葬能力の高い「ロストル式」という火葬炉を採用しており、棺を格子(ロストル)の上に置いて燃焼させ、その下にあるトレーに遺骨を落とす。これは「骨受け皿」と呼ばれ、遺族の前に運ばれてこの上で骨壷への収骨が行われるので、見たことがある人も多いだろう。
ただ、そんな重要な備品が「消耗品」だということはあまり知られていない。
「骨受け皿」は「骨受け」という金属の台に耐火レンガを敷き詰めたものだが、レンガは1カ月ほどで傷んだ箇所を交換する。これも職員が火葬業務の始まる前などに手作業で行う。さらに驚くのは金属台の「骨受け」もかなり頻繁に交換するということだ。同社が運営する斎場の責任者が言う。
「もって1カ月半ほどでしょうか。高熱でだんだん反ってきてしまうんです。少しくらいの変形には耐えられるように横には切れ目が入っているんですが、最終的にはヒビが入って割れてしまうんです」
この「骨受け」は20枚セットで約50万円。鋳物職人が一つ一つ手づくりで製造するため、やはりレンガ同様、近年は値上がりしているという。
1200万人都市・東京の火葬インフラを担う東京博善は、6つの斎場で年間13万5000件の火葬能力を保有する。火葬炉は平時でも朝から7回転、年末などの繁忙期は11回転にも及ぶときもある。火葬炉の修繕・周辺の備品の交換などにかかる費用もそれだけ積み上がっていくということだ。その厳しい現実がこれ以上ないほどよく分かる数字がある。
火葬1件当たりの原価は2万9000円。これに減価償却費、販管費、修繕積立金、税金などを加えると、1件当たりのコストは8万円である。
・火葬1件あたりの利益は1万円 東京博善、都の調査には協力(日本経済新聞 2025年12月23日)
これは、東京博善が依頼した米大手コンサルティング会社A.T.カーニーによる試算で「火葬のトータルコスト」だ。他の民間斎場でも同程度のコストが発生していると推測されるという。
●人材をどう定着させるか
現在、東京博善の火葬料金は約9万円なので利益は1万円だが、これも施設の老朽化などに備えて積み立てられている。民間企業ではあるものの、「経営難で施設維持が重荷になってきたので斎場を一つ閉鎖します」というような事業の縮小は許されないので、利益は将来的な設備投資に充てている。
「火葬料金9万円」についてはちょっと前に「火葬は公共インフラなのに高すぎる」と話題になったが、数千円で火葬を提供している公営火葬場は、公金を投入されているだけに過ぎない。高い安いという議論以前に、実際に1人の人間を荼毘に付するには、人件費、燃料費、機器の保守点検費用、消耗品の交換などで、かなりのコストがかかっているという「現実」があるのだ。
では、このような形で「見えるコスト」も上昇している中で「見えないコスト」――昔ながらの属人的な職人ワザの承継や人材定着といった課題をどうやって解決していくのか。
東京博善の施設部工事課で「火葬職人」として、多くの新人育成を行ってきた前出・斎場責任者は「会社全体で職人を育てる」ことを心がけているという。
「私が若いときは各斎場ごとに熟練の親方がいて、それぞれが独自の技術やノウハウを持っていたため、新人の育成方法にも細かな違いがありました。近年は定期異動を活発化させることで、職人技を全社的なものとして共有するようにしています」
東京博善に入社すると、まずは3カ月の現場研修がある。火葬炉の裏側の作業、火葬炉前での収骨作業、そして斎場全体の連絡係をそれぞれ1カ月ずつ、指導役の社員について徹底的に学ぶという。
「そこでは、周囲の先輩社員たちがサポートをします。例えば、桐ヶ谷斎場の場合は12基の火葬炉を3〜4人で担当していますので、新人が何か間違ったやり方をしたら隣にいる先輩が“この場合はこうしたほうがいい”とアドバイスをしたり、実際に目の前でやってみせたりするんです」(斎場責任者)
このようなOJT(On-the-Job Training)でしか職人の技術を伝えることができない最大の理由は、「火葬には一つとして同じやり方がない」ということがある。
●新人がパニックになる仕事
背の高い人、長く病気をされて痩せ細った人、太って体格のいい人、さらに小さな子どもや胎児など、遺体の状態は一つとして同じものがない。そのため火葬職人は内部を確認する小窓から遺体の状況を目視しながら、火力や酸素を調整しなければ、きれいな遺骨にはならない。
バーナーの火力で遺骨の形が崩れると「デレッキ」という長くて重い鉄製の棒で整えるのだが、これもかなりの技術が必要だ。初心者の場合、力任せに回すので腱鞘炎になってしまうことが多いという。
「常に想定外の事態が起きるのでマニュアルは通用しません。中でも新人がパニックになるのはやはり傷んだご遺体ですね」(斎場責任者)
葬儀業者から事前に情報共有されているので心の準備はできていても、腐敗が進行している遺体の場合、火を入れると急に体液が飛び出すことがある。炉の裏では強烈なにおいが漂うので、そこで新人は頭が真っ白になってパニックになるというのだ。そこに、さらに追い打ちをかけるのが「警報」だ。
「普通のご遺体に比べて尋常じゃないほど炎が上がってしまうので、炉内の酸素が足りなくなってしまって警報が鳴るんですね。そうなると新人は慌てますので、周囲にいる先輩が空気の取り入れ口などを開けて酸素を入れたり、火力を調整したりして落ち着かせるんです」(斎場責任者)
このような形で周囲から育成されることで、およそ半年から1年かけて1人前の火葬職人になっていくという。
●ベテランになっても慣れない仕事
ただ、どれほど経験を積んでベテランになっても対処が難しい遺体があるという。それは火葬技術的な問題ではなく、メンタル面での困難さである。
「小さなお子さんのご遺体ですね。例えば、胎児の火葬はどれだけ経験を積んでいても精神的にやられてしまいます。きれいなご遺骨を残すために、大人と同じくらい時間をかけてゆっくり火を入れるんですが、そのときは本当に神経も使いますし、ご遺族の悲しみを思うといたたまれません」
ちなみに、胎児の場合は朝一番の火葬と決まっている。なぜかというと、遺体が小さいので、職員が炉の中に入って安置しなければならないからだ。炉は最高1200度にも達して冷却まで時間がかかるため、朝一番でなければ中に入ることはできない。
「交通事故で亡くなった小さなお子さんを火葬したときも、本当に辛かったです。私の子どもと同じくらいだったので……。こればかりは、どれほどベテランになっても慣れるものではありません」(斎場責任者)
未来のある子どもたちが亡くなってしまうという直視しがたい現実、そして遺族の深い悲しみや絶望を目の当たりにすることで、現場の職員たちのメンタルが疲弊してしまう。これも東京博善の「見えないコスト」だ。前出の経営幹部も言う。
「そんな精神的に大変なこともある仕事なのに、この社会で誰かがやらないといけないからと、火葬炉の裏で働いてくれている従業員たちには感謝しかありません。会社として心がけているのは、面接の段階でこのような精神的に大変な場面に遭遇する可能性があることもしっかりと説明して、ご本人はもちろんご家族も納得した上で、この仕事についていただくということです」
今、東京博善は人材採用で面接後に「トライアル」として3日間、火葬炉の裏や斎場での仕事を見学してもらう期間を設けている。そのような取り組みを続けてきたこともあって最近、少しずつではあるが、火葬職人の定着も進んでいる。中には「火葬場で働きたかった」という志をもって、面接にやって来た人もいるという。
「実は女性の火葬職人も入って、がんばってもらっています。火葬職人の世界は男性が多いイメージですが、今後は女性にも積極的に採用を広げていきたいと思っています」(経営幹部)
●「多死社会」に突入する日本で
高齢化が進む日本は、これから「多死社会」に突入する。試算によれば、2030年の死亡者数は160万人に達し、東京都だけでも15万人が亡くなる。これだけの膨大な遺体に対して「火葬待ち」などが発生しないよう、火葬場の運営を安定させることは、極めて重要だ。ただ、実はそれと同じくらいに「火葬を支える人材」をどう確保していくのかも喫緊の課題であり、日本の国家戦略と言ってもいい。
しかし、そんな重要な仕事を担ってくれている人々に対する社会の理解は、驚くほど乏しい。「公共インフラ」という言葉を持ち出しながら、「高い! 火葬なんて1万円くらいだろ」と言うだけで、そこで働く人々への敬意もねぎらいもない。膨れ上がる火葬のコストについても、「そんなに高いなら国か自治体が払えばいいじゃん。財源? そんなもんどうにかなるだろ」と、どこまでいっても「他人事」だ。
東京博善の場合、親会社の広済堂ホールディングスの会長・CEOが中国人であることから、いまだに「中国資本が火葬料金を釣り上げている」「日本の火葬場が中国に乗っ取られた」などと、SNSなどで喧伝(けんでん)しているインフルエンサーもいる。当然、採用にも少なからず影響が出ているという。
火葬場に重くのしかかる「見えないコスト」の中で、経営に最も打撃を与えているのは「世間の偏見」かもしれない。
(窪田順生)
※下記の関連記事にある『【完全版】火葬炉の中に入って分かった、火葬場経営を苦しめる「見えないコスト」の正体』では、配信していない図表や写真とともに記事を閲覧できます。
|
|
|
|
|
|
|
|
Copyright(C) 2026 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。