【阪神】立石正広「生き方」学んだ創価大を卒業「早く1軍上がれるように」輝&森下に野球を学ぶ

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2026年03月19日 05:00  日刊スポーツ

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創価大の卒業証書を手に笑顔の阪神立石(撮影・浅見桂子)

阪神ドラフト1位の立石正広内野手(22=創価大)は黄色のネクタイを締め、門出に立った。18日、東京・八王子市内の同大学キャンパスで卒業式に出席。野球部の佐藤康弘監督(58)から「頑張ってこい」と背中を押され、仲間たちとも再会。「最後に大学行事に参加できてよかった。すごく楽しい時間を送っていたと、改めて思います」と振り返った。


プロの夢を一気に近づけた4年間を回想した。2年春に首位打者、本塁打王、打点王の3冠とベストナインに選出され、4年春には主将としてリーグ優勝に貢献。学んだことの1つが「時間の使い方」だった。自由な時間がある大学生活だからこそ、限りある時間を有効活用してきた。


読書もその1つだった。最近手に取った本に刺激を受ける言葉が並んでいた。京セラ創業者、稲盛和夫氏の著書「生き方」だ。「難しかったですけど、読んだ後に少し行動を変えようと思えるきっかけになった」。独自の経営論で「経営の神様」と呼ばれた稲盛氏の重みのある言葉。そこには利他の精神や広い視野を持つことの重要性が書かれていた。


人としての成長へ。立石の学びは続く。WBC侍ジャパンで躍動した虎の主軸、佐藤と森下からも学ぶつもり。「もちろん(WBCの話を)聞いてみたい。勝負強さが目立っていた。自分が早く1軍に上がれるように頑張って、積極的に聞きたい」。技術論を質問攻めすべく、まずは2人がいる1軍舞台を目指す。


右脚肉離れの影響で出遅れるも、17日の2軍オリックス戦(SGL)で実戦デビュー。「5番DH」で出場し、初打席初安打と大器の片りんを見せた。今後、守備もこなせば1軍も見えてくる。「『立石を育ててきてよかった』と思ってもらえるような、プレー以外の行動だったり、ファンサービスとかも人一倍大事にしたい。(内面が)一番大事だと思う」。プロ野球選手・立石の生きざまはここからスタートする。【村松万里子】


◆稲盛和夫氏(いなもり・かずお) 鹿児島市出身。55年に鹿児島大を卒業。59年に27歳で京都セラミック(現京セラ)を創業した。社長、会長を経て97年から名誉会長。電子部品などで成功し、売上高1兆円超、グループ約8万3000人の世界的メーカーに育てた。それぞれで採算管理する経営手法「アメーバ経営」を確立。電気通信事業が自由化されると、84年に第二電電企画(現KDDI)を設立。10年には日本航空会長就任した。22年に90歳で死去。「経営の神様」と呼ばれ、日本経済を支えた。


<阪神立石の経過>


◆1月17日 新人合同自主トレのベースランニング中に下肢の張りを訴え、同19日に大阪府内の病院で右脚の肉離れと診断された。


◆2月1日 右脚肉離れのため春季キャンプは具志川スタート。別メニュー調整だったが、室内でティー打撃を初めて見た平田2軍監督は「パワフルなスイング。森下の入ってきた時と感じがよく似ているよ」とうなった。


◆同6日 初めて屋外でティー打撃。和田ヘッドコーチから報告を受けた藤川監督は「動けてはいますけど、ペースは上げない」と焦らせない方針を強調。


◆同9日 別メニューながら宜野座キャンプに初合流。主力主体の宜野座組の空気を味わわせ、学ばせるために呼び寄せた。


◆12日 宜野座キャンプで初の屋外ロングティー打撃を行った。一塁側ベンチ前から28スイングで19本の柵越えにファンから歓声。


◆同24日 再び具志川に移動し、ランチタイムの屋外打撃で通常よりも近距離で打つショートゲームで柵越えを披露。


◆3月8日 1軍の巨人とのオープン戦(甲子園)でベンチ登録。出場させない前提ながら異例の英才教育だった。


◆同14日 2軍施設のSGLで初の実戦形式の打撃練習。シート打撃では門別から三塁線を襲う左前打。ライブBPでは小川から14スイングで2本の柵越えを放った。


◆同17日 ファーム・リーグ西地区のオリックス戦(SGL)で実戦デビュー。初打席で左前に初安打を放った。

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