
古くから経験的に知られてきた「母方の祖父がハゲなら孫にも遺伝する」は医学的にも正しいという
「トンビが鷹を生む」という言葉があるように、わが子を天才・秀才にしたいと願うのが親心だ。実際、運動や音楽の才能については「遺伝の影響が大きい」となんとなく気づいていながら、こと勉強やIQに関しては「早期教育や努力でいくらでも伸ばせる」と信じたい親は多いはず。
しかし、実態はそう甘くはないようだ。
「実際のところ、IQは約60〜80%が遺伝です。スポーツや音楽が80〜90%であることを考えると、IQもかなり遺伝性が強いと言えます。特に数学などの理系科目は遺伝の影響が80%程度と強く受けやすく、逆に語学などは40%と比較的低いのが特徴です。極端な話、どんな人でも海外に行けば現地の言葉をある程度は話せるようになりますが、数字が苦手な人は、どんな環境でも苦手なままであることが多いのです」
そう語るのは医師で遺伝医療の専門家の岡博史氏だ。質の高い教育へのアクセスや環境といった後天的要因も、IQの影響に比べれば限定的だという。
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「遺伝子がまったく同じ一卵性双生児が、異なる環境で育ったケースを追跡した研究があります。興味深いことに、小中学校くらいまでは教育環境の影響が出るのですが、18〜20歳を過ぎる頃になると、育ちが違っても能力がかなり似通ってくることがわかりました。年齢を経るほどに遺伝の影響が色濃く出てくる。これは行動遺伝学者のロナルド・ウィルソンに提唱された『ウィルソン効果』といいます」(岡氏)
一卵性双生児のIQに関する調査によると、年齢を経るほど似通ってくることがわかっている
遺伝によって運命が決まっているのなら、教育は無意味なのか。そう絶望したくなるが、岡氏の見解はむしろ逆だ。
「成人期には遺伝の影響が強まりますが、幼少期に限ればその影響は20〜40%にとどまります。つまり、幼少期こそがもっとも『環境がモノを言う時期』なのです。この時期に適切な環境を整えてあげることで、基礎学力や学習習慣の底上げは十分に可能です。『ビリギャル』のような逆転劇も、遺伝がすべてを支配する前に正しい学習のレールに乗り、脱落しなかった結果といえるでしょう」(岡氏)
すなわち、IQの遺伝率は約60〜80%。ただし、幼少期は遺伝の影響が小さいため、その時期に環境を整える努力には大きな意味があると言えそうだ。
【ハゲの「発症タイマー」とは】
世の父親にとって、子供の能力と同等に強い関心と不安の対象となっているのが、自らの頭髪の行く末だろう。「ハゲは隔世遺伝で、特に母方のおじいちゃんがハゲていたら危ない――」。この有名な俗説は本当なのだろうか。
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「ハゲに関する遺伝子の一部はX染色体に乗っています。男性の場合、X染色体は必ず母親から受け継ぐため、『母方のおじいちゃんがハゲていると孫に遺伝する』という説は、医学的に正しいといえます」(岡氏)
俗説には明確な根拠があった。ただし、それだけで話は終わらない。
「近年の研究では、20番染色体にハゲる時期を決める『発症タイマー』のような遺伝子があることも分かってきました。こちらは両親のどちらからも受け継ぐため、父親がハゲている場合も早期発症に大きく関係します。まとめると、ハゲやすさの『受容体』の感受性は母方の影響が大きく、発症の『時期』には双方の影響が関わっている。この都市伝説は『半分正解』といったところと言えるかと思います」(岡氏)
【母親から100%遺伝する「デブ遺伝子」】
身長が遺伝であることは誰もが実感している。では、体重はどうだろうか。同じダイエットをしても痩せやすさに差が出るのは、本人の意志の問題なのだろうか。
「身長の遺伝率は60〜80%ですが、体重も40〜50%は遺伝といわれています。脂肪が燃えやすいかどうかは『ミトコンドリア遺伝子』によってある程度決まっており、エネルギーの燃焼効率に差が出るからです。この遺伝子は母親から100%受け継がれるため、体質に関しては母方の影響が色濃く出ます。もちろん、環境要因も大きい項目ではあります」(岡氏)
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また、よく言われる「日本人が体重100キロを超えるのは才能だ」という話も、あながち間違いではないという。
「通常は一定以上太ると満腹中枢が働きますが、それを突き抜けて食べ続けられるのは、脳に何らかの遺伝的要素を持っている可能性があります。その意味で、日本人の体質で100キロを超えるのは一種の素質といえるかもしれません」(岡氏)
【メンタルヘルスも親譲り】
ガンや糖尿病といった生活習慣病に遺伝が関わる話は広く知られている。「うちはガン家系だから......」などと不安を漏らす人も多いはずだ。これについて岡先生は「その通りです」と同意した上で、「定期的な検診や健康的な生活を心がけるほかない」と語る。
だが、岡氏が「それ以上に注視すべき」と警鐘を鳴らすのは、メンタルヘルスにおける遺伝リスクだ。
「実は、精神的な疾患こそ遺伝の影響が非常に強いのです。例えば統合失調症は90%、躁鬱病(双極性障害)は80%程度、遺伝が関係しているといわれています。一方で、いわゆる鬱病は40〜50%と意外に低い。これには、脳の病気としての『本体性鬱』と、ストレス等の環境要因による『鬱状態』が混ざっているからでしょう。統合失調症や躁鬱病は、より純粋な『脳の病気』としての側面が強く、遺伝率が跳ね上がるのです」(岡氏)
【遺伝はRPGの「初期パラメータ」】
ここまで聞けば、人生の大部分が遺伝という「設計図」で決まってしまうような、一種の無力感に襲われる。しかし、岡氏は最後にこう締めくくった。
「私が皆さんに伝えたいのは、遺伝は固定された『絶対値』ではなく、あくまで『レンジ(幅)』だということです。例えばIQの素質が120であったとしても、数値がそこに固定されるわけではありません。環境や教育次第で、105にもなれば135にもなり得るのです。
極端な話、遺伝によって最初から天才の領域を目指せる人もいるでしょう。しかし、そうした特別な才能に勝てないからといって、『努力が無意味だ』ということにはなりません。自分が持つレンジの中で、常に自己ベストを目指すこと。それこそが、遺伝という宿命に向き合う最も健全な姿だと私は考えています」(岡氏)
遺伝は、RPGでいうところの「初期パラメータ」にすぎない。努力や環境次第でその数値は上下し、自分に合った生き方を選び取るための指針にもなり得る。
すべてが決まっていると絶望するのではなく、己のポテンシャルを把握した上で最高到達点を目指す。それこそが、宿命を味方につける最良の道なのかもしれない。
文/新田勝太郎 写真/photo-ac.com
