
<ロッテ3−1西武>◇27日◇ZOZOマリン
ロッテのルーキー毛利海大投手(22)が初登板初先発初勝利を挙げた。福岡大大濠では甲子園に出場。6大学野球の明大に進学し4年春のリーグ戦で6勝、防御率1・34を記録し、ベストナインを受賞。ドラフト2位でプロの世界へ−。外から見れば、順風満帆にみえる野球人生だ。それでも、父のひと言がなかったら、いまこのマウンドには立っていなかったという。
大学進学で上京した当初、現実は厳しかった。1、2年時は登板機会を得られず、「同級生が投げているのを見て、もう投げられないのかなと思った」。高校時代は1年からマウンドに立ち続けてきただけに、そのギャップは大きく、「投げられないストレスで、福岡に帰りたいと何度も思った」という。帰省するたびに「東京に戻りたくない」と漏らしていた。
それでも、道を断たなかったのが父貴博さんの存在だ。「『帰っておいで』とは言われなかった。『お前が決めたんだから行け』って」。突き放すようでいて、背中を押す言葉だった。甘えを許さないその一言が、踏みとどまる理由になった。「野球やらせてもらってるし、そういわれたら何も言えないなと思って(笑い)。東京の寮に戻りました」と当時を振り返った。
2年で初めて神宮のマウンドに立ち、わずかな手応えをつかむも、結果は続かない。再び「もう無理かもしれない」と感じた。それでも「このまま何もしないのはもったいない」と考え直し、練習に打ち込んだ。もう1段階上を目指してトレーニングを見直す。4年時には球速も伸び、確かな成長を実感できるまでになった。
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転機となったのは3年秋。早大戦で5回無失点に抑えた一戦だった。「あの時、もう少し頑張ればいけるかもしれないと思えた」。自ら課題を見つめ、積み重ねた努力が、プロへの道を切り開いた。
「あのとき父に『帰っておいで』と言われていたら、ここにはいないです。絶対帰ってました」。父の厳しくも真っすぐな言葉があったからこそ、逃げずに踏みとどまり、成長をつかんだ。そして今、父が好きなMr.Childrenの「Tomorrow never knows」を登場曲にして、両親の前で、大役を果たした。あの日背中を押された一言と、積み重ねてきた努力でつかんだ勝利だった。【星夏穂】
◆毛利海大(もうり・かいと)2003年(平15)9月14日、福岡県田川市生まれ。小学2年から野球を始め、6年時にホークスジュニア選出。中学時代は鷹羽ボーイズ所属。福岡大大濠では3年春にセンバツ出場。卒業後は明大に進み、2年春からリーグ戦出場。通算28試合登板で14勝2敗、防御率1・46。4年夏の日米大学野球選手権では最優秀投手賞を獲得。25年ドラフト2位でロッテ入り。契約金7000万円、年俸1200万円(金額は推定)。177センチ、77キロ。左投げ左打ち。背番号13。目標はカブス今永。
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