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【前編】《親族は猛反対》化学メーカーのエリート社員が“生涯結婚も許されない”「日本唯一のエクソシスト」になった理由から続く
カトリック教会のなかでも独特な伝統的典礼行為である“悪魔払い”の儀式。それを執行することを、日本で唯一バチカンから正式に認められたのが、カトリック東京大司教区司祭の田中昇さん(49)だ。
「ある家族から深刻な相談を受けています。両親の話では、30代の息子さんに悪霊が憑いているようだと。私はエクソシズムの知識があまりなく、正直に言えば、どうしたらいいかわからないんです。そこで、見識豊かな田中神父に儀式をお願いしたい」
あるケースは、こうした先輩神父の電話依頼から突然に始まった。
「これは私がお助けするのがいいのだろうと思い、すぐに悪魔払いの許可を申請しました」
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エクソシストとしての活動は司祭以上の聖職者にのみ許され、実行するには儀式の行われる教区の司教の許可・委任が必須だ。もともとエンジニアだった田中神父は2010年3月に神学校を卒業、東京教区司祭となり、町田教会へ赴任。早くもその1年後には、実績と論文などが高く評価され、ローマ留学を果たす。
教皇庁直轄で、17世紀に設立された由緒あるウルバノ大学で学び、ラテン語をはじめカトリックの教義や、経験豊富なイタリア人神父と一緒にエクソシズムの現場も体験した。2016年、正式に祓魔師(エクソシスト)任命された。
儀式の当日、先方の教会の小聖堂で30代男性と両親と対面する。
「はじめまして。お名前は?」
黒衣をまとい、紫色のストールをかけた正装で、十字架や聖水の入った銀器を手にした田中神父の穏やかな語りかけから始まった。
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「第一印象は紳士的なイメージの男性で、ご両親も上品な方たちでした。それから、私が『まずはお祈りをしましょう』と言って、アヴェ・マリアの祈りを始めました。このときも彼は普通でした」
ところが、
「立ち去れ、人類の古の敵よ、私はおまえを追い払う──」
ラテン語で悪魔払いの儀式書の祈りを始めた途端、彼の様子が一変する。
「オレはこの男の体を乗っ取っている……」
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さらに聖水を振りまくやいなや、大暴れしながら、
「体が痛い……風呂の湯が汚ねえ……メシがまずい……」
田中神父は、とっさに両親に彼の体を押さえてもらうよう頼んだ。
「別人格の言葉で話し出すというのは、サタン(悪魔)が憑いた一つの現象ではあります。『体が痛い』というのも聖水の効果が現れているのかもしれない。しかし同時に私は、冷静な検証も忘れませんでした。その判断基準は、知らない言語を話すとか、部屋のイスなどが勝手に動くとか、あるいは『おい、田中神父よ。おまえの親は幼いあんたを子供のころに見捨てたな』など、私本人しか知りえない情報を言い当てるなどです。
それらがなかったし、なにより彼は本質的な祈りに全く反応しなかった。そうした肝心な現象の有無が、私たちエクソシストが相手を見極めるポイントなのです」
後日、田中神父は彼の両親と個別に面談した。
「すると、男性の悲惨だった過去がどんどん明らかになりました。両親も『最悪だった』と口にする結婚生活や仕事での孤立など。一時は自死も考えたというんですね。風呂やメシの話というのも、以前の彼の実生活からの言葉でした。
これは悪魔の仕業ではなく、彼自身の抱える精神的な問題と判断して、ご両親と本人にも納得してもらい、最後は信者でもある精神科医に引き合わせました」
医師も「過去のトラウマやPTSDが原因」と診断を下した。昨年10月、中部地方で行ったエクソシズムは、40代の事務職の女性本人からの依頼だった。
「ときどき勝手に体が動き出したりする発作に見舞われ、仕事もできなくなり、体もガリガリに痩せてしまいました。悪魔を追い払い、この苦しみから解放してほしい」
儀式が始まるや、やはり物静かだった彼女も豹変した。
「『オアーッ』という叫びとともに、あの『エクソシスト』の映画まではいかずとも、同じように体をのけぞらせたりで。さらには、先ほどまでの生真面目な様子の彼女からは想像もできないような卑猥な言葉まで飛び出すのです。
そのうち、ラテン語に似たような『ラルロラ』なる言葉が吐き出されて驚いていると、突然、胸ぐらをつかまれました。これは私のエクソシストとしての経験でも初めてのことでした」
しかし、
「このときも肝心の聖水などには反応しませんでした。『悪魔の名前を名乗れ』という問いかけにも無反応。だから憑いてない、とも即断はできないのですが。このケースも、最後にはご両親とも相談のうえ精神科医につなげました。
ご両親の話では、私のところに来るまでに怪しげな除霊師のような人に会っていて、かなりの労力とお金をつぎ込んだとのこと。親御さんにしたら、藁にもすがる思いとはわかりますが、こうしたケースは実に多く、かえってこじらせてしまうのも事実です」
田中神父の場合は、教会への謝礼を受け取ることはあっても、基本は無償で行い、ときに地方への交通費などは持ち出しになることもあるという。
ここでは2つのケースを紹介したが、「やっぱり心の問題か」と思っただろうか。現実的にいま教会に相談しても、「まずは病院へ行ってください」と言われることが多いという。しかし、田中神父の考えは違う。
「これまで5件ほどのエクソシストの出動があって、まだ本当の憑依現象を経験していない私は、エクソシストとしては半人前かもしれませんが、何がなんでも悪魔のせいにするというのもよくないと思うんです。そこは元エンジニアですから、『なぜイスが動くんだ』と、私は考えたりもするわけです。いっぽうで、イタリアで出会ったベテランの老神父から聞いた話では、実際に口から釘を吐き出したケースもあったそうですが。
ただ、目の前に苦しんでいる人や家族がいて、悪魔のせいだと思い込んでいる。その現実があり、悪魔払いに一縷の望みをかけて連絡してきているのに、それを単に精神の病のせいと見放すことは、私にはできません。苦しんでいる人のために祈ること、そうした人の受け皿となることを、教会はやめてはいけないと思うんです」
日本唯一のエクソシストとして、また教会の婚姻裁判にも多く関わるなかで知ったことがある。
「実に多くの方が過去も現在も人間関係や性暴力、パワハラ、DVなどに苦しみ、生きる気力を失っています。人間は、言葉一つで死んでしまうほど弱いもの。
それを見捨てず、自分自身の力で病や問題と向き合えるところまで手を貸し引き上げてあげる。その突破口の一つがエクソシズムであればいい、そう思っています」
30代男性と事務職の女性のそれぞれの両親から、後日、「おかげさまで落ち着いた日々を家族で過ごしております」という文面の手紙が届いたという。
「ですが、それで“よかった”で終わりではなく、また求められれば悪魔払いではなくても、相談には乗っていきたいし、気遣いは続きます。それはエクソシストというより一司祭、一人の人間としての私の思いなんです」
1月25日朝9時。
「人間とは困ったことに、暗闇のほうを向きがち。戦争も常に起きてしまいます。大事なのは、私たちが謙遜や心の清らかさを持ち続けることなのです」
日曜のミサで、120人ほどの信者を前に説教を行う田中神父の姿があった。3年前にカトリック豊島教会に赴任し、ふだんは教会の背後に立つ司祭館で暮らす。後日、再訪すると、食材の入ったスーパーの袋を抱えて帰宅したところだった。
「一人暮らしですから、自分で買い物して料理もします。実は自炊は、司祭の修行をするときに真っ先に指導司祭から教わったこと。また私たちの収入は、所属する教区法人から基本給が支払われます。ふだんの生活は、朝晩のミサの間に、教会の事務仕事をしたり、聖書や教理を教えたり、大学で教えたりです。教会のこども食堂の活動を手伝うこともあります」
昨年2月、著書『エクソシストは語る』(集英社インターナショナル)の出版後には、一時教会に電話が殺到し、通常業務に支障も。
「ご相談のある方は、まずはご自分の近くの教会にお問い合わせください。私自身、教区の許可がないと動けない立場なのです」
それでも田中神父が外への発言を続けるのは、現代の教会の在り方に強い危惧を抱いているからだ。
「今年は、上智大学で教え始めて10年という節目の年でもあり、次の世代を担う学生を送り出している自負もあります。ですが、それ以前に神学生の志望者は絶対的に少ないという現実があります。それは教会が若い人に魅力的な場所ではなくなっているから、洗礼式やミサ、結婚式や葬儀をやっていればいいという組織になってしまっているからではないでしょうか。
ますます生きづらい世の中になるなか、教会の務めそのものを見直す時期にきているのではないかと思います。もっと人々のために希望を見いだす役割があるはず。まさにいま、AIEと教皇庁の間でエクソシズムの儀式書の改定が行われていますが、教会が本来あるべき姿を、ある意味で悪魔払いは示していると思うんです」
救いを求める弱者と伴走し、ときに人の心に巣くう闇と闘いながら、田中神父の祈りの日々は続く。
(取材・文:堀ノ内雅一)
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