
ことの発端は、大学で家を離れる息子に送金するため、セブン銀行でオンライン口座を作らせようとしたことだった。今回の話はややこしいので、時間があるときにゆっくり読んでいただきたい。
オンライン口座開設にあたっては、「マイナンバーカード」とそれに格納されている「署名用電子証明書」が必要となる。ご承知のように署名用電子証明書を取り出すためには、英数字6〜16桁のパスワードが必要になる。また現住所がマイナンバーカードと一致している必要がある。
なるほど、じゃあそれは転出・転入してからやればいいか、ということになった。転出はマイナンバーカードがあればオンラインでできる。我が宮崎県はマイナンバーがかなり普及しており、「転出届は、スマホで5分!」がキャッチフレーズとなっている。
大学合格がなかなか決まらず、引越しまで時間がなくなってしまったので、わざわざ市役所に行って転出しなくていいのは助かる。転入は現地の市役所じゃないとできないので、転出も現地に行ってやろう、ということになった。
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●子どもの顔、大人の顔
さあ現地に着きました。荷物の搬入も終わりました。じゃあ転出届をオンラインで出すぞ、となった途端、詰んだ。
転出するには署名用電子証明書とそれを利用するためのパスワードが必要になる。ところが、息子がマイナンバーカードを作ったのが14歳の時だったのだ。
マイナンバーカードは、15歳未満には署名用電子証明書が付与されないという仕様になっている。パスワードを忘れたという話はよくあるが、証明書自体が入っていないというケースがあることを、うかつにも知らなかった。
仕方ないので、転入先の群馬県前橋市役所で何か方法がないか、聞いてみた。するとマイナンバー担当者から、マイナンバーカードと「利用者証明用電子証明書」(数字4桁)があれば、アプリを使ってパスワードをリセットして再登録できるとのことだった。
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結論から先に言うと、この案内は誤りである。担当者もそんな前例がなく、事情をよく飲み込めなかったのだろう。単にパスワードを設定すればいいと思っていたようだ。
リセット用アプリ「JPKI暗証番号リセットアプリ」はまさに暗証番号をリセットするためのアプリだ。最初から署名用電子証明書が入っていないケースでは、そもそも暗証番号をリセットする対象物が入っていないので、何も機能しない。
ただその時は、パスワードが設定されていないだけで、署名用電子証明書は入っているものと思い込んでいたので、それをトライしてみた。そこでもまた、落とし穴が空いていた。
このアプリは、利用者証明用電子証明書を4桁のパスワードで解除し、スマホでマイナンバーカードを読み取り、顔認証をすることで、コンビニのマルチコピー機を使っての手続きを予約するためのものだ。
利用者証明用電子証明書のパスワードはあるので、それでマイナンバーカードを読み取って顔認証をしようとしたが、「記録された顔データと一致しない」とエラーが出た。3回トライしたが同じエラーで、ロックアウトされてしまった。
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どれどれと思ってマイナンバーカードに記録された写真と本人を見比べてみたが、まあ親だから同一人物であることは分かる。だが客観的にはどうだろう。14歳のまだ髭も生えていないような子ども時代の顔データが、今の大学1年生にまで成長してほとんど大人になった顔と照合できないということは、十分に想像できた。
そんな小さいうちからマイナンバーカードなんか作るからだ、と思われるかもしれない。だが今は保険証が廃止されてマイナンバーカードに吸収されたため、今後は保険証代わりに小さい子にもマイナンバーカードを作るケースは珍しくなくなる。成長しちゃって顔データが照合できないという問題は、どこのお子さんにも起こりうる。
似た人(兄弟や双子など)で認証できないよう、かなり厳しく照合しているのだろうが、本当に本人であっても認証できない事例がありうるということだ。
●見えてきた行政DXの盲点
すでに現地に来てしまっているので、もう一回飛行機を予約して筆者の住む宮崎市まで連れて帰り、転出届を出すしかないのか。本当に手段はないのか。
宮崎市役所に電話で問い合わせてみたところ、郵送による紙の手続きなら遠隔地からでも転出できるという。
宮崎市のサイトから郵便請求という用紙をプリントアウトし、それに記入して郵送すれば転出できる。転出証明書は郵送で送り返されるが、マイナンバーカードの利用者証明用電子証明書(4桁の方)があれば、市役所同士で情報をリンクするので、転出証明書の郵送は不要になるという。
まあそれはそうだ。これまでも転出を忘れて引っ越してしまった人はゼロではないはずで、何らかのバックアップ手段は存在していておかしくない。
今回得られた教訓はいくつかある。
1. 15歳未満に利用者証明用電子証明書を付与しないという運用は、妥当か
今回一番引っかかった問題は、ここである。おそらく15歳未満は利用者証明用電子証明書を利用させるチャンスはないということかもしれないが、小さくても引越しはするわけで、転出をオンラインでやりたいというケースはあるはずだ。
転出手続きにおいて、利用者証明用電子証明書を使わないというわけにはいかないだろう。では15歳未満の子どもで、利用者証明用電子証明書が入っていないケースにどう対応するのか。
保護者のマイナンバーカードを使って、子どものオンライン転出はできる。ただしこの場合は、世帯全員が転出することが条件になる。今回のように、子どもだけ転出するというケースは想定されていない。
とはいえ、15歳未満でも他県の寮に入るといったケースはありうるだろう。超有名中高一貫校に行くとか、スポーツ推薦で他県に進学するとかのケースである。
「そんなもん市役所に行って手続きしてこいよ」という意見もあるだろう。だがそういう、わざわざ市役所まで行って番号札もらって小一時間ばかみたいに口開けてテレビ見ながら待たされるみたいな手間を減らすための、行政DXだ。
せめて利用者証明用電子証明書は入れておくべきではないのか。15歳未満はパスワード運用が難しいというのであれば、生体認証にするか、保護者のパスワードで解除できるなどの運用にできないものか。
2. 顔認証による生体認証だけでは不完全ではないか
パスワードのリセットで顔の生体認証が使われることがわかったが、今回のように本人が成長してしまったために認証が通らないというケースが存在することがわかった。
つまり子ども時代に作ったマイナンバーカードで、顔認証を行うのは無理筋だ。大人でも事故で顔をケガしたとか、病気で顔が変わってしまったとか、整形したとか、さまざまな事情で顔が変わってしまうケースは存在する。
顔認証用データは、任意のタイミングで書き換えは可能だ。だが、子どもの顔が変わってきたからそろそろマイナンバーを更新するか、などと判断できる親はどれぐらいいるだろうか。
生体認証は顔一本勝負ではなく、指紋など複数の方法を併用すべきではないか。あるいは生体認証以外の別の認証方法も使えるなど、少なくとも2つ以上の認証方法が必要ではないのか。
3. 紙処理は今後もなくせないのではないか
デジタル化による手続きは、条件さえそろっていれば簡単で手間もかからない。だが条件がそろっていなかった時のバックアップ処理をどうするかが、デジタル上で構築されていないことがわかった。
自治体職員の知識量にも差がある。実際に14歳で作ったマイナンバーカードにはそもそも利用者証明用電子証明書自体が入っていないということを知らず、単にパスワードさえ設定できればいいものと思って案内してしまうなど、行政上のミスが起こった。
一方で、そうした時の最後のバックアッププランとしては、紙処理が一番つぶしが効くということもまた証明された。行政DXなどと言ってデジタル化を進めているが、紙処理をなくしたら、エラーの回収ができなくなる。おそらく紙処理は今後も残さざるを得ないだろう。
とはいえ、今後デジタル処理が主流になれば、紙処理の手続きを処理したり、案内したりできる人材が減ってくる可能性がある。「いやーここじゃどうにもなりませんねー」で済まされる可能性もあるということだ。
公務員も従来の紙処理に加えてデジタル処理もマスターしなければならないので、仕事量は2倍にならなくても、知識量としては2倍になる。楽になったのか、苦しくなったのか。
4. 保護者・本人への周知が不完全
保護者としての反省点は、15歳未満の子どものマイナンバーカードには、利用者証明用電子証明書が入っていないという運用だったことを知らなかったことだ。
窓口で説明しましたよと言われるかもしれないが、そもそも利用者証明用電子証明書がいつ使用されるのか、ないと何が困るのかの全体像が分からない。筆者は確定申告の時ぐらいしか思い付かないし、使う時が来たらまた行政から案内が来るだろうと勝手に思っていたので、覚えていなかったものと思われる。
本来ならば、子どもが15歳になった時点で、利用者証明用電子証明書を付加する手続きの案内が各世帯に届いてもおかしくない。あるいは学校で指導するなどの取り組みもあっていい。
今回のケースは、随分小さいときにカード作ったねという話ではない。14歳で作って今18歳なので、4年しかたっていない。顔データの更新は、18歳以上は10年ごと、18歳未満は5年ごとである。ただ子どもには5年以内で顔認証ができないほど変化する時期があるということだ。
利用者証明用電子証明書は15歳のとき、顔データは18歳になるときに制度的な境目があるということを、筆者は知らなかった。読者諸氏でお子さんのいる方は、これをご存じだっただろうか。多くの人がそんなの知らないというのであれば、それは行政側の周知に問題があると言ってもいいだろう。
マイナンバー制度は、2016年に運用が開始されたので、2026年で10年が経過する。10年経過してもまだこのようなバグが存在するということは、経過年数の割にはあまり利用されてこなかったということだろう。
しかしそろそろ本格的に運用されることになり、あちこちでさまざまなバグが見つかるタイミングになってきている。特に移動の多い3月下旬から6月ぐらいまでは、行政手続きも多いので、問題が表面化する可能性が高い。
問題があるのは仕方がないとしても、それをカバーする知識がない自治体もあるほうが問題が大きい。現場運用は各自治体に任されているため、担当者の当たり外れがいまだに存在する。
本来は、こうした当たり外れが起きないようにするのも、行政DXの目的だ。だがそこからこぼれるものはやっぱり当たり外れの運用になる。
こぼさないようにすることにコストをかけるべきか、こぼれたものがちゃんと拾えることにコストをかけるべきか。長期的には前者だが、後者を無視するわけにもいかない。
行政DXの産みの苦しみは、むしろこれからが本番なのかもしれない。
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