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「なぜ、どれだけ部下と向き合っても、悩みは尽きないんでしょうか……」
ある通信機器メーカーの営業部長(50代)から、こんな嘆きを聞いた。1on1ミーティングを週1回欠かさず実施し、部下のキャリアにも真剣に向き合ってきた。なのに、チームの成果は一向に上がらない。
そこで今回は「ピープルマネジメント」とは何か、そしてAI時代においてどこまで「ピープルマネジメント」は必要なのかについて解説する。どんなに親身になって部下の面倒を見ても、一向に成果が出ないと考えている方は、ぜひ最後まで読んでもらいたい。
●ピープルマネジメントとは何か、いつ広まったのか
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ピープルマネジメントとは、従業員一人一人に向き合い、その成長とパフォーマンスを最大化させようとするマネジメント手法だ。特徴は、モチベーション、エンゲージメント、キャリアなど、個人の成長や成功に焦点を当てることだ。
この考え方が世界的に注目されるきっかけを作ったのが、Googleの「プロジェクト・オキシジョン」だ。2009年、Googleの人材分析チームが「マネジャーは本当に必要か」という問いを立て、パフォーマンスレビューや従業員アンケートを徹底的に分析した。
結果は「マネジャーは確かに重要だ」というものだった。しかし、優れたマネジャーの最重要特性は技術的な専門知識ではなかった。「部下と誠実につながれること」「キャリア開発を支援すること」だと判明した。
海外ではSAP社がピープルマネジメントに積極投資した事例が知られている。「SAP Academy」と呼ばれる大規模な育成プログラムを展開し、若い世代のパフォーマンスを引き上げようとした。
こうした動きが世界に広まり、日本でも2020年代に入り、1on1ミーティングの普及とともに、急速に関心が高まっていた。
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著者プロフィール・横山信弘(よこやまのぶひろ)
企業の現場に入り、営業目標を「絶対達成」させるコンサルタント。最低でも目標を達成させる「予材管理」の考案者として知られる。15年間で3000回以上のセミナーや書籍やコラムを通じ「予材管理」の普及に力を注いできた。現在YouTubeチャンネル「予材管理大学」が人気を博し、経営者、営業マネジャーが視聴する。『絶対達成バイブル』など「絶対達成」シリーズの著者であり、多くはアジアを中心に翻訳版が発売されている。
●マネジメントの「本質」とは
ただ、その副作用も大きい。20年以上、組織マネジメントを支援してきた専門家として、マネジメントの本質を確認しておきたい。
マネジメントとは、目標を達成するためにリソースを効果的かつ効率的に配分することだ。人材はそのリソースの一つに過ぎない。きれいごとを抜きにいえば、従業員は組織が目標を達成するために必要な「リソース」といえる。プロ野球に例えると、優勝するために必要な選手、ということになる。
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組織と集団の決定的な違いは「目標の有無」だ。ただ人が集まっているだけなら集団にすぎない。目標があって初めて組織になる。そして組織マネジメントとは、その目標達成のために人・モノ・カネ・情報といったリソースを最適配分することだ。
この本質を踏まえると、「ピープルマネジメント」という概念の危うさが見えてくる。「人を管理する」こと自体が目的になってしまうリスクだ。
●「時間管理」と「ピープルマネジメント」が陥る同じ罠
時間管理(タイムマネジメント)は意味をなさない、とよく言われる。なぜなら、そもそも「時間」は管理できないからだ。「時間」に焦点を合わせた瞬間、どの時間に何を配分しようかと考えるようになり、余裕がなくなっていく。そしてどれほど時間があっても足りない、と思えるようになるのだ。
では何を管理すべきか。答えは「タスク」だ。タスクは管理対象になる。時間と違って、タスクは増やすことも減らすことも、優先順位をつけることも、誰かに委ねることもできる。
タスクに焦点を合わせることによって、余裕が生まれる。なぜなら必要なタスクを処理することが目的になるため、結果的に時間が余るようになるからだ。時間管理ではなくタスク管理こそが、成果につながるのだ。
ピープルマネジメントも同じ構造だ。「人の管理」そのものを目的にすると、余裕がなくなる。悩みは永遠に尽きない。次から次へと課題が現れ、どれだけ1on1を重ねても解決した気がしない。
それも当然だ。人間は複雑であり、感情があり、状況が変化し続けるからだ。「人の管理」を目的にした瞬間、「やるべきタスク」が見えなくなる。ゴールが消えてしまうのだ。目的は人を管理することではない。目標を達成することだ。
●目標達成の手順を正しく知ることで、基本に立ち返る
では、どうしたらいいのか。それは、迷ったら基本に立ち返ることだ。私がおすすめするのは、目標達成の正しい手順について、もう一度学び直すということだ。
まず組織の目標を設定し、そこから逆算して中間目標を決める。中間目標が決まったら、中間目標ごとに課題を設定する。課題が設定されたら、その課題を解決するための行動目標を決め、行動計画を作る。そして最後に、行動計画をスケジュールに落とし込む。
これは当たり前のようで、当たり前ではない。多くの組織が、この手順を踏まえず、時間管理に焦点を合わせて「残業抑制」を促す。ピープルマネジメントに力を入れて、部下の「意識改革」や「モチベーション管理」にばかり時間をとる。
それらの作業は、組織目標を達成する手順には入っていないのに、である。
●AI時代のリソース配分を考える
ここで重要なのが「誰がやるか」について決めることを、あえて後回しにする発想だ。行動計画を作る段階では「誰がやるか」を先に考えてはいけない。なぜなら「誰がやるか」を先に考えると「その人は忙しい」「それは自分の仕事ではない」「スキルがない」という話になり、行動計画そのものが歪んでしまうからだ。
まず「この課題を解決するために、どんな行動が必要か」を決める。その後に、その行動を誰のスケジュールに入れるかを考える。その「誰か」は必ずしも社員である必要はない。社外のパートナーでも、外部委託先でも、あるいはAIでもいい。
人を先に考えてしまうと、「その人ができるか」「やる気があるか」「やらされ感を覚えないか」という話にすり替わってしまう。しかし本来の順序は逆だ。組織目標が先立つ。
その目標達成のために必要な行動がある。その行動を、もっともうまく実行できるリソースは誰か、あるいは何か――この順番で考えるのが正しい。「モチベーションが上がらない」「スキルがない」という問題は、手順の最後のスケジューリング段階で初めて登場する話であり、行動計画の段階で引きずるべき議論ではないのだ。
●AIの登場が問い直す「人材」の位置づけ
この問題は、AIの急速な進化によって、より鮮明になりつつある。
生成AIの台頭により、これまで若手社員が担ってきた業務の多くが代替されつつある。データ入力、資料作成、定型的なコミュニケーション対応。こうした業務は、AIのほうがはるかに速く、正確にこなす。
正直に言おう。私も1年半にわたってChatGPTやClaudeと深くコミュニケーションをとってきたが、主体性がなく指示待ちの部下よりも、AIのほうがはるかに意思の疎通ができると感じる瞬間は確かにある。
AIには「スケジュール」という概念がない。忙しいAIは存在しない。一方人間には向き不向きがあり、スキルの差があり、やらされ感を覚えることもあれば「モチベーションが上がらない」と言い出すこともある。人というのは、リソースとして扱うには非常にやっかいな存在だ。
とはいえ、人間にしかできないことは確かに存在する。創造性、深い文脈の理解、信頼関係の構築、そして組織の方向性を示すリーダーシップだ。AIをリソースとして使いこなしながら、人間の強みが発揮される領域に集中させる。これが、これからのマネジメントに求められる姿だ。
●では、管理職は何をすべきか
組織は何のために存在するのか。組織目標があり、その目標を達成させるために存在している。これが集団との決定的な違いだ。この原点に立ち返ることが、AI時代の管理職に最も必要なことだ。
企業には理念がある。ミッション、ビジョン、バリューで構成されるその理念を実現するために、目標が設定され、事業計画が立てられる。その目標を達成するための手順を正しく知り、組織全体に共有し、徹底させる。これが管理職の本来の役割だ。
人の成長を支援することも、部下の気持ちに寄り添うことも、それ自体は大切だ。しかしそれは「目標達成のための手段」として行うのであり、それ自体を目的にしてはならない。目的と手段を取り違えた瞬間に、管理職は迷走し始める。
「どうすれば部下のモチベーションが上がるか」ではなく「どうすれば目標達成の手順が組織全体で実行されるか」。この問いに答えることが、これからの管理職に求められる最大の仕事である。
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