
中谷潤人が振り返る井上尚弥戦 後編
(前編:井上尚弥戦に準備していた戦略とは? リングでモンスターの速さを実感するも「動きに反応できる」>>)
東京ドームでの井上尚弥戦を終えた世界3階級制覇王者・中谷潤人。その強さの源泉に迫る話題の書籍『超える 中谷潤人ドキュメント』を上梓したノンフィクション作家・林壮一氏による試合翌日の単独インタビュー。中谷潤人は何を思うのか。全2回のインタビュー後編では、勝敗を分けた終盤の激闘を振り返るとともに、気になる今後についても語った。
【中谷が劣勢になったきっかけ】
5月2日、WBA/WBC/IBF/WBOスーパーバンタム級王者の井上尚弥に挑んだ中谷潤人。5ラウンドから攻めに転じ、8ラウンドまでパンチをヒットさせる場面が多くなった。
第9ラウンドも中谷はモンスターをロープ際に追い込み、ストレートから4つのコンビネーションを見舞った。が、井上は追撃を許さず、逆に右ストレートを顔面に入れる。互いに相手のパンチを殺す術を熟知しており、オフェンスもディフェンスも高度なテクニックを披露した。
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中谷はショートの左アッパー、間髪を入れずに左フックの連打、顎への右アッパー、左フックでチャンピオンを追い詰めていく。
5月3日、中谷は電話口で、前日を思い起こしながら語った。
「井上選手のディフェンス力は高かったです。目がよく、リターンの切り返しも速かったですね。パンチの強さもスピードも高く見積もっていたので、向き合って予想外と感じるところはなかったのですが。
7ラウンドから、井上選手がジャブをついて、僕のバランスを崩して右ストレートというパターンが多くなりました。そこで何度か、右をもらった場面がありましたね」
挑戦者が「捲(まく)り」の状況となった第10ラウンド1分50秒過ぎ、中谷の眉間から鮮血が滴る。偶然のバッティングにより、左の額を切ったのだ。
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「ラスベガスでの試合の時と、まったく同じ箇所でした。『また、やっちゃったな』くらいの気持ちでしたよ。ドクターチェックが終わって再開となった時も、『倒しにいくぞ』と思っていました。チームからの声かけもそうでした」
中谷が想起した「ラスベガスの試合」とは、2023年5月20日にWBOスーパーフライ級空位決定戦として行なわれたアンドリュー・モロニー戦だ。第3ラウンドにモロニーの頭突きを浴びた中谷は負傷をものともせず、最終ラウンドKO勝ちで2階級制覇を達成した。
だが、この日の相手はモンスターであった。11ラウンドの途中から、中谷は劣勢になる。バッティングの影響で血が目に入り、視界が奪われたのではないかと筆者は感じていた。それを質すと、中谷は否定した。
「11ラウンドは、途中から左目が二重に見えていたので、左をガードで隠して右目だけでやった感じです。このラウンドの半ばに井上選手の右アッパーを喰らいました。出血とは別で、視界が二重になったんです」
映像を見直すと、第11ラウンド1分37秒、接近戦での打ち合いの折に中谷は井上の右アッパーを喰らっている。中谷は、この一発で左眼窩底を骨折した。その後は、試合終了のゴングが響くまで、二重に映る目をかばいながら、前に出た。最後まで、モンスターに向かっていった。
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【芸術的な一戦を経て、さらなる高みへ】
「11、12ラウンドでギアを上げて攻撃する策でした。もちろん、KOを狙っていましたよ。でも、井上選手の技術で負傷しました。あちらが一枚上手だったという感覚があります」
中谷は快活に喋った。
「自分を出しきりましたね。スコアが読み上げられた時、『井上選手かな』という思いでした」
116−112、116−112、115−113のスコアで、チャンピオンが4冠統一スーパーバンタム級タイトルを防衛した。
「もちろん、悔しいです。でも、これまでやってきたことを出せたと感じています。清々しさがありました。結果を受け入れながら控え室に戻り、10年以上同じチームの一員として切磋琢磨してきた仲間(WBOフライ級王者のアンソニー・オラスクアガ、バンタム級選手のエイドリアン・アルバラード)と顔を合わせた際、『心が震えた。いい試合だったよ』と言われ、ちょっとウルっときましたね。
その後、いろんな人から『感動した』という言葉をかけていただきました。多くの人の心を動かせたのであれば、とても光栄です。プロボクサーとしてあるべき姿というか、ボクシングという競技を通じて、見る人を奮い立たせることができたのなら、よかったなという風に考えています」
中谷は言い切る。
「2026年5月2日の時点で120パーセントの中谷潤人を築き、自分のすべてを出せたので悔いはありません。ずっと突っ走ってきて、トップコンテンダーとして最強の男と対峙できた。僕ひとりだけでなく、相手あってのボクシングです。井上選手と闘えたからこそ、ボクシングの美しさだったり、芸術的な部分を感じてもらえたんじゃないかなと思います」
中谷という男は、絵画、彫刻、神社仏閣などの芸術を好む。繊細な筆の動き、刃の使い方、色彩の調和、あるいは1本の釘の打ち方に努力の跡、制作者の歩みを感じるのだ。
「もっともっと突き詰めて、KOアーティストを目指していきます。井上選手も鍛錬したからこそ、あそこまで行っているんですよね。闘いながら、それを感じました。井上選手とのファイトは、楽しみながらやれました。パンチを打つ、躱すと、やっていることはシンプルでしたが。
でも、シンプルに至るまでに、どれだけ複雑なことを乗り越えてきているかという、ボクシングの奥深さも感じていました」
各ラウンドが終わる度に、両者はグローブをタッチした。時に笑みを浮かべながら。そして試合終了のゴングが打ち鳴らされた折には、白い歯を見せ、抱き合った。
もちろん、井上選手をリスペクトしています。彼が相手だったからこそ、120パーセントの自分を出せたんです。できれば、もう1回闘いたいですね」
敗れながらも自身のポテンシャルを示した中谷潤人。東京ドームに詰めかけた5万5000人、そして配信を目にしたボクシングファンに、強烈なインパクトを残した。しばしの休息のあと、「最強の座」を求めて、彼はまた走り始める。
(了)

