「我々は被害者だ」ぶつかり合うアイデンティティ…イスラエルとパレスチナ、大阪・関西万博で期せずして生まれた「対話」のゆくえ【報道特集】

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2026年05月23日 06:36  TBS NEWS DIG

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大阪・関西万博で期せずして生まれた、「対話」についてです。ともに万博で働いていた、イスラエルとパレスチナの男性。2人の間には深い不信と絶望がありました。「対話」でそれを、乗り越えられるのでしょうか。

【写真でみる】「我々は被害者だ」ぶつかり合うアイデンティティ…万博で期せずして生まれた「対話」のゆくえ

万博に佇むパレスチナとイスラエル 2つのパビリオン 

2025年4月開幕した、平和の祭典、大阪・関西万博。そこに、戦火が止まないなか佇む、2つのパビリオンがあった。パレスチナ。そして、イスラエル。

2023年10月7日。パレスチナ・ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスがイスラエルを奇襲。およそ1200人が殺害され、250人あまりが人質となった。

イスラエルは、圧倒的な報復に踏み切った。25年4月時点でガザでの死者は5万人を超え、およそ半数は女性と子どもたち。瓦礫に多くの命が埋もれ、飢えと病が人々を追い詰めていく。

万博でパレスチナ館のマネージャーを務める、ラファット・ライヤーンさん。

ラファット・ライヤーンさん(パレスチナ館マネージャー)
「このかごは小麦の茎から作られ、パレスチナの家庭で愛用されてきました。私の村では最近まで使われていました」

半年間開かれる万博。2か月だけ妻がそばに来てくれた。

1967年、イスラエル支配下の東エルサレム生まれ。6歳のとき、イスラエル軍によって、家が壊された。さらに23歳のとき、逮捕された。

ラファット・ライヤーンさん(パレスチナ館マネージャー)
「パレスチナ刺しゅうの展示会を開催しました。その刺しゅうの多くはパレスチナ国旗の色で作られていました。当時はパレスチナの旗を持ったり掲げたりするだけで6か月間投獄されました」

そのあと、パレスチナ自治政府の公務員として4度の万博を担当。55歳で退職したが経験を買われ、今回の万博を任された。

日本から、パレスチナ・ヨルダン川西岸地区の自宅にいる息子へ。毎日の電話が、大切な時間だ。

 息子 オマールさん
「あの壁が見えますか?」

ラファット・ライヤーンさん(パレスチナ館マネージャー)
「イスラエルが作ったものです。われわれをエルサレムに入れないための壁です。あそこは私の土地です。彼らが力ずくで奪ったのです」

イスラエル館では、自国の先進テクノロジーや、2000年近く前、聖地・エルサレムの都市建設に使われたという石を展示していた。

イスラエル政府代表 ヤヘル・ヴィランさん
「ユダヤ人の歴史・土地・エルサレムとの結びつきを世界に示したいのです。双方、特に『あちら側』は理解すべきでしょう。イスラエル国家は永遠に存在することを」

子どもの未来と平和のために、万博で働くうちに何かできることは

万博会場で働く、ひとりのイスラエル人がいた。建設マネージャーのビリク・オフェルさん。複数の国のパビリオンの建設、管理に関わっている。

イスラエルへ留学をしていた文緒さんと出会い、2012年に結婚。2016年に日本へやってきた。3人の子どもに恵まれた。

ハマスの襲撃のあと、祖国への思いから、人質解放を訴えるデモに参加した。

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「人質の写真を掲げ、イスラエルの国旗を持って街頭に出ました。『我々は正しい』『我々は被害者だ』と」

しかし、ガザでの戦闘が激化するにつれ、2人にすれ違いが生まれた。

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「ガザでの戦争が激しくなるにつれて、妻と言い争うようになりました。『どちらが被害者なのか?』『この戦争は誰のせいなのか?』と」

国連・独立調査委員会が「虐殺」と断じた攻撃を見るうち、徐々に考え方が変わっていった。文緒さんとも話し合いを重ねた。

妻 文緒さん
「子どもたちの持っているアイデンティティの一つとして、イスラエルという国があるので、子どもたちが将来パレスチナ人の方に出会った時に、どういう風に接することができるのかが、すごく気になるところ。親として、国籍がどこであろうと『ひとりの人間』として接する姿を見せることがすごく重要だと思って」

オフェルさんは、文緒さんが取り組むパレスチナとの対話や、平和を求める活動に加わるようになった。

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「当然、反イスラエルの声が上がるイベントです。とてもつらかったですが、黙って耳を傾けました。パレスチナ人の訴えも同じでした。『私たちは被害者だ』と。誰もが自分は『どちら側か』を選びたがります。『パレスチナ側だ』『イスラエル側だ』と。しかしそれを選ぶことは、紛争を助長させます。私は対話と共存の道を呼びかけたい」

子どもの未来と平和のために、いま日本にいる自分ができることはないか。
万博で働くうちに何か―。

オフェルさんは、繰り返しパレスチナ館を訪れ、ラファットさんと何気ない会話を交わし始めた。

ラファット・ライヤーンさん(パレスチナ館マネージャー)  
「引退して3年ですが、6か月の契約で働いています。経験があったので」

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「何の経験ですか?」

ラファット・ライヤーンさん(パレスチナ館マネージャー)  
「万博です」

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「そうなんですね」

ぶつかり合うアイデンティティ 期せずして万博で生まれた対話

25年10月。イスラエルとハマスは、和平案の「第1段階」に合意。和平会議が開かれ、停戦への期待が高まった。

停戦のニュースに沸いた同じ頃。オフェルさんは緊張した面持ちで、万博の大屋根リングの下に立っていた。仕事を終えたラファットさんが向かう。初めて正面から話し合うふたり。アイデンティティがぶつかる。

ラファット・ライヤーンさん(パレスチナ人)  
「イスラエルは自分が勝っていると思うべきではない。すでに多大な代償を払っています」

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「勝ってなどいません。パレスチナも同じです」

ラファット・ライヤーンさん(パレスチナ人)  
「イスラエルが得たものは何もない。お金を失い、世界での評判を失い、多くの支持を失った」

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「イスラエルはトラウマを負った。命を失い、子どもたちの希望も消えた」

分断の現実 現地で見た暴力

イスラエルとパレスチナ。対話でも、容易には乗り越えられない分断。なぜ、彼らはお互いを信じられなくなったのか。私たちはその「理由」を知るため、現地へ向かった。

紛争が続く、イスラエルとパレスチナ。パレスチナ自治区は、ヨルダン川西岸地区とガザ地区に分かれている。

イスラエル人による、ヨルダン川西岸や東エルサレムへの移住。これを「入植」(土地を占領し、イスラエル人を移住させること)と呼ぶ。土地を奪うこの行為は、国際法違反として厳しく批判されている。

1967年以降、イスラエルが占領する東エルサレム。パレスチナ人の移動は、検問所で厳しく制限されている。

「テロ防止」を名目に建設された、巨大な分離壁。高さ8m近い壁が、パレスチナ側の土地にまで食い込み、全長は450キロを超える。

ゲートを抜け、パレスチナ自治区のヨルダン川西岸地区へ足を踏み入れた。幹線道路沿いには、目を光らせるイスラエル兵の姿が。

イスラエル国旗を掲げた入植地が目に飛び込んでくる。「税金などの優遇措置」を施す政府支援のもと、パレスチナの住民を見下ろす高台への入植が加速している。

看板
「パレスチナに未来はない」

南へ向かうと、のどかな農村が点在している。

ウムアルハイル村。村のすぐそばには、真新しい入植者の家が迫っている。そこで私たちが出会ったのは、突然の銃撃で25年7月、父親を奪われた子どもたちだった。

入植者が村に入り、集落の木をなぎ倒し始めた。何とか止めようとする住民たち。すると…

撮影中に撃たれた英語教師のアウダ・ハサリーンさん(当時31)。その場で倒れ、亡くなった。

残された3人の子どもたち。だが家族には、その死を悲しむ時間すら許されなかった。

アウダさんのいとこ エイド・ハサリーンさん(42)
「彼を殺害した入植者は、わずか3時間で釈放されました。一方で、被害者の家族は軍に逮捕され、軍事裁判にかけられて8日間拘束された人もいます」

明白な映像がありながら、ようやく男を起訴する方針が報じられたのは、発生から半年以上経った26年2月のことだった。

入植者に破壊されていく村…ネタニヤフ首相の「壮大な計画」とは

次に向かったのは、東エルサレムに隣接する、遊牧民・ベドウィンの小さな村。

そこには、入植者によって書きなぐられた「復讐」の文字が残されていた。

村を案内してくれた、遊牧民のリーダー、エイド・ジャハリンさん(60)。

かつて村に6000頭いた羊やヤギ。放牧して入植者に殺されるなどし、50頭にまで激減していた。

村の幼稚園は、イスラエル軍によって破壊された。25年8月には、イスラエル当局が来て立ち退きを命じる書類を渡した。

エイド・ジャハリンさん
「ここが私たちの村です。イスラエル政府はベドウィンを追い出し、入植者の街を作ろうとしています。イスラエル政府は何十年もかけて計画していたのです」

土地を奪い、パレスチナ人を追い詰めるイスラエル政府。自国を憂うイスラエル人ジャーナリストは、私たちの取材に、危機感をあらわにした。

イスラエル人ジャーナリスト ギデオン・レヴィさん
「ネタニヤフ首相と信奉者の『壮大な計画』。それはパレスチナ人を虐げ、立ち去らせることです。国際社会がアパルトヘイトをめぐって南アフリカにしたように、イスラエルにも圧力をかけるべきです。そうしなければこの国は決して変わりません」

万博終了前の対話 不信と絶望

横たわる、圧倒的な「分断」の現実。それでも、万博会場では、ふたりの当事者がそれを乗り越えようと、もがいていた。

「万博が終わる前に話してみないか」。自ら歩み寄ったイスラエル人のオフェルさんと、それに応えたパレスチナ人のラファットさん。ふたりの対話は、こうして始まった。 

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「もし新しい道を始めるとしたら、パレスチナはイスラエルとの関係改善のために何ができますか?」

ラファット・ライヤーンさん(パレスチナ人)  
「それは私たちがずっとやってきたことです。だがイスラエルが何も応えていない。いま西岸地区の人たちはもう和平を信じていない。イスラエルから和平の意思を感じないからです」 

ビリク・オフェルさん(イスラエル人) 
「それはこっちも同じです。イスラエルでも23年10月7日の攻撃以降、誰も和平を信じなくなった」

ぶつかり合う、不信と絶望。それでも「ひとりの市民」として。ふたりは、分断の先にある「平和への糸口」を探り始める。 

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「イスラエル国内にも2つの立場があって、和平派も戦争支持派もいる。でも、パレスチナから見ると『イスラエル人はみんな戦争を望んでいる』と思ってしまう。でも、それは違う。パレスチナ人もみんな戦争を望んでいない。問題は、その声をどう表に出すかだ。何かできるのか」

ラファット・ライヤーンさん(パレスチナ人)  
「お互いの立場から対話を続けていかなければなりません。対話を続けるのです。友人や同僚にも伝える。平和について語り続ける。平和こそが最善の選択なんだと人々に信じてもらう」

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「それが大事です。その通りです。こうした対話が必要なんです。声を出し続けることが」

 平和への思いは、確かに重なった。けれどラファットさんには、どうしても突きつけたい「現実」があった。 

ラファット・ライヤーンさん(パレスチナ人)  
「イスラエルには平和を目指す政府が必要です。ひとつ言わせてほしい。両者の間でこれほど衝突が絶えないのは、イスラエル軍や入植者がパレスチナ人と直接向き合う場所にいるからだ。市民への攻撃を止め、彼らが姿を消せば衝突はなくなる」

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「その通りです」

ラファット・ライヤーンさん(パレスチナ人)  
「私がイスラエルの話をしたのは、現状を変えられるのはイスラエルだからだ」

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「ええ、イスラエルは『強者』の立場にある。だからこそ責任を持たないといけない。まずはお互いに自分の側の人々に働きかけていく。この対話が希望の一歩になればと願います」

ラファット・ライヤーンさん(パレスチナ人)  
「本当にありがとう」

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「会えてよかった。また会いましょう​。イスラエルで。あるいはパレスチナで」

ラファット・ライヤーンさん(パレスチナ人)  
「願わくば、平和が訪れたときに。きっと近い将来にね」

ふたりの万博も、終わった。万博会場が解体されていく。

対話の先にある2人の願い

ビリク・オフェルさん(イスラエル人)
「ネタニヤフ政権は我々を分断しようとしています。人々を支配し、戦争を続けるためです。その結果、人々は命を落とし、恐怖の中で生きています。すべてのイスラエル人もパレスチナ人も歩み寄らないといけないのです」

25年11月、ラファットさんは、パレスチナ・ヨルダン川西岸地区に戻っていた。

家の目の前には、巨大な分離壁がある。自宅の屋根には、制限された水を貯めるタンク。

ラファット・ライヤーンさん(パレスチナ人)  
「私たちの水です。しかしイスラエル政府はそれを奪い、売りつけてきます。本来は逆なのに」

そこには今なお、分断と憎しみがある。万博で託された平和への思い。

ラファット・ライヤーンさん(パレスチナ人) 
「最善の解決策は、パレスチナ人とユダヤ人がそれぞれ自分たちの国を持つことです。平和には対話が必要です。相手側と話すことが必要です。この戦争を終わらせるには、平和を築くほかありません」

このニュースに関するつぶやき

  • イスラエル側の国際法違反の数々、パレスチナ側の人道危機を、   いっさい知らないで【しったか】で語たるのは恥ずかしですからね。学ぼう。
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