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「年会費9万9000円が無料」――。これには、さすがに驚いた。
三井住友カードが5月26日に提供を始めた「Olive Infinite」は、プラチナの上に位置する最上位カードでありながら、所定条件を満たせば本会員の年会費9万9000円がゼロになる。この水準の年会費が、公式制度として無料化されるのは、国内のプレミアムカード市場では異例だ。
クレジットカード会社にとって年会費は、加盟店手数料やキャッシング収入と並ぶ、3大収入源の1つだ。それも、決済額に左右されにくいサブスクリプション型の安定収入である。三井住友カードは、その固定収入をあえて手放す設計に踏み切った。背景にあるのは、金利が動き始めた世界と、デジタル富裕層をめぐる獲得競争の本格化である。
●「100万円修行」という成功体験
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三井住友カードがこの打ち手に踏み切れた背景には、過去の成功体験がある。「100万円修行」という言葉を知っているだろうか。三井住友カードが2021年7月に発行を始めたゴールド(NL)は、年会費5500円のカードだが、年間100万円を使えば翌年以降の年会費が永年無料となり、毎年1万ポイントの還元も付く。
会社の公式説明では、月平均約8万4000円の決済で達成可能とされる。SNSでは、この条件達成への取り組みが「100万円修行」と呼ばれ、ゲーム感覚で挑むポイ活ユーザーの間で話題となった。
獲得効果は早期から表れた。発行開始直後の2021年8月末までに、ナンバーレスシリーズ全体で約70万枚を発行。ゴールドの申し込みは、従来比10倍超に伸びた。2023年10月には、スタンダードカードから年間100万円利用でゴールドに永年無料でアップグレードできる導線も追加され、シリーズ全体で2024年3月には400万枚を突破している。
固定収入である年会費をあえて捨て、代わりに高稼働の利用者を囲い込む。修行を完遂したユーザーにとって、本来なら年会費5500円がかかるカードを無料で保有できることは、ちょっとした優越感を伴う「成果物」となった。
三井住友カードはこの成功体験を持っている。Olive Infiniteの9万9000円無料化は、その延長線上にある発想だ。ただし今度は決済額ではなく、預け入れ資産を条件にしている。狙う指標が変わったのだ。
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●「5000万円預ける人」が無料になる
では、その「預け入れ資産を求める設計」はどう組まれているのか。Olive Infiniteは、三井住友カードVisa Infiniteと共通の決済特典に、Oliveならではの総合金融サービス特典を組み合わせた最上位ランクのカードだ。年会費9万9000円、利用可能枠は最大9999万円。SBI証券でのクレカ積立は最大4%還元、入会特典として10万ポイントが付く。
年会費無料化の条件は3つある。運用相談などを受けられるOlive資産運用サービスに申し込むことに加え、三井住友銀行の円普通預金残高500万円以上、SBI証券の残高500万円以上、そして両口座合計で5000万円以上を満たすことだ。条件達成時には9万9000円の年会費がゼロになり、SBI証券のクレカ積立還元率も最大4%から6%へ引き上げられる。
この条件で見逃せないのは、「普通預金」を要件としている点だ。発表会で「資産運用する顧客からすると定期預金や投資に使いたいのではないか」と問われた本田顕氏(Oliveコンサルティング社長)は、こう答えた。
「お客さまが柔軟に使えるように、あえて資金を固定しなくていいよう配慮した。生活資金や日々の決済にも使われることを想定し、Olive口座をメイン口座としてしっかり使っていただくという意味を込めている」。狙いは預金の囲い込みそのものではなく、生活金融の起点としてのメイン口座化にある、というわけだ。
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Olive Infiniteが狙うのは、決済額の多い顧客ではなく、多額の資産を預ける顧客である。ゴールドの100万円修行が「決済のメインカードになってほしい」という設計だったとすれば、Olive Infiniteは「銀行口座と証券口座のメイン化」を要求している。
すでに三井住友カードVisa Infiniteを保有する顧客向けには、切替時の初年度年会費無料と継続特典として16万ポイントというキャンペーンも用意した。富裕層をSMBCグループの金融エコシステムに呼び込み、長期にわたって資産を預けてもらう。それが今回の設計の狙いだ。
●捨てたのは「最も安定した収入」だった
なぜ三井住友カードは、ここまで踏み込めるのか。答えは、カード会社の収益構造を見れば分かる。
クレジットカード会社の収入源は、大きく3つに分かれる。第1に、加盟店から受け取る決済手数料。これは薄利多売で、公正取引委員会が2025年に公表した加盟店手数料率の加重平均は1.42%だった。そこから7割程度がカード発行会社の取り分となる。年間100万円を使うユーザーがいれば、カード会社にはおおよそ1万円の手数料が入る計算になる。
第2に、キャッシングやリボ払いといった与信ビジネスの手数料収入。そして第3が、年会費というサブスクリプション的な収入である。
3つのうち、年会費は最も安定的だ。決済額や金利環境に左右されず、毎年一定額の収入が見込める。特にプラチナ以上のカードは、高額の年会費を徴収する代わりに手厚い特典でロイヤリティを高め、決済額の大きい富裕層をつなぎ止めてきた。これがプレミアムカード市場の基本構造である。
Olive Infiniteは、その安定収入を手放し、代わりにグループの銀行預金とSBI証券の預かり資産を取りに行く設計に舵(かじ)を切った。カード事業単体ではなく、SMBCグループ全体で収益化するモデルへの転換だ。
説明会で示された5年後の目標は、Oliveを通じた預金残高10兆円、資産運用残高10兆円。合わせて20兆円規模の資産をグループ内に抱え込む構想である。SMFGグループが2026年5月の投資家説明会で示した次期中計でも、Olive関連の利益貢献見通しは従来の800億円から1100億円へ上方修正された。年会費無料化は、この構想の中で読むべきものだ。
●預金が再び「原資」になった
Olive Infiniteのような設計が成り立つ背景には、もう1つの構造変化がある。金利が動き始めたことだ。
日銀がゼロ金利政策の出口に動いた2024年以降、銀行業界では預貸金利ざやがじわりと戻り始めた。預金は単なる調達コストではなく、運用原資として再び価値を持つようになっている。銀行はコストをかけてでも、預金を集めにいく動機を得た。
SMFGの個人預金残高は、2023年3月の57.9兆円から2026年3月には62.7兆円まで拡大した。3年間で約5兆円増である。次期中計では、これを2028年度に65.7兆円まで引き上げる目標を掲げる。
同時に進んでいるのが、デジタル富裕層の獲得競争だ。auじぶん銀行、楽天銀行、住信SBIネット銀行といったネット銀行各社が、証券口座との連動による金利優遇や手数料優遇を武器に、富裕層を取り込もうとしている。
ここで言う富裕層とは、対面証券に資産を預けるシニア層ではない。昨今の株高などで知らぬ間に資産を膨らませ、日々の金融取引はスマホで完結させる、新興のデジタル富裕層だ。
発表会でデジタル富裕層の金融資産の水準を問われた上村明生氏(SMFGリテール事業部門長)は、「明確にいくらとは設定していない」とした上で、こう答えた。
「現役世代で忙しく、普段はデジタルを使いこなしながら、必要なときに相談するというスタイルを好まれる方々を広く対象としている」。Olive Infiniteの最上位カード無料化は、預金を集めたい銀行側のニーズと、新興デジタル富裕層を取り込みたい狙いが重なって生まれた戦略だ。
●東海東京の「そこまでやるのか」
こうした預け入れ資産獲得ゲームを先に始めている会社もある。中堅の対面証券である東海東京証券は、2015年に富裕層向けブランド「オルクドール」を立ち上げた。名古屋、日本橋、青山に構える3つのサロンは、ビルの最上階にメンバー専用のバー、レストラン、ラウンジを備える。既存の高級店を優待で使わせるのではなく、会員のためだけに作った点で「そこまでやるのか」と業界で話題を呼んだ。
入会基準は預入資産1億円だ。サービス開始後、オルクドールの預かり資産は右肩上がりに伸びた。2021年3月末の4601億円から2025年12月末には9984億円へ、5年弱でほぼ倍増。メンバー数も2476人から3885人に増えた。
こうした「そこまでやるのか」の感覚は、Olive Infiniteも同様だ。三井住友カードはVisa Infinite会員向けの特別体験イベントを既に22回実施しており、年間50回以上の開催を予定する。第1弾として、Visaとミシュラン星付き店のタイアップによるプライベートディナーを用意した。富裕層が求めるのは、もはや単なる金利優遇や還元率ではない。希少な体験へのアクセス権そのものが、預け先を選ぶ判断材料になりつつある。
●競争軸は「年会費」から「預け資産」へ
ここまで見てきた変化は、富裕層向けカードの「象徴」そのものを書き換えるものだ。ステータスカードの価値は、長らく年会費の高さで測られてきた。10万円台の年会費を払うこと自体が、顧客の社会的地位を示すサインだったわけだ。Olive Infiniteは、そこに別の価値基準を重ねた。「9万9000円を払う人」ではなく、「5000万円以上を預ける人」が最上位顧客である、と。
カード会社にとっての競争軸は、年会費の高さから始まり、決済額の多さへと広がり、いま預かり資産の規模へと移りつつある。Visa InfiniteとOlive Infiniteは、その分岐点に置かれた商品だ。
もっとも、この設計は誰でも真似できるわけではない。銀行、カード、証券を同一グループで束ねられる会社は限られる。Olive Infiniteは、SMBCグループの構造そのものを武器化した商品でもある。
次に問われるのは、5000万円を預けた富裕層に対して、どこまで継続的に価値を提供できるかだ。初年度の目玉企画や会員専用イベントは、最初の「驚き」を与えるには十分だろう。
しかし富裕層は飽きやすい。年間50回のイベントを続ける中で、希少性をどう維持するか。デジタル富裕層を巡る競争の本番は、商品を投入したいまではなく、サービスが定着し始める数年後にやって来る。
(斎藤健二、金融・Fintechジャーナリスト)
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