※写真はイメージです(画像生成にAIを利用しています)隣人との関係は、難しいものだ。騒音、ゴミ出し、駐車・駐輪、ペット、庭木の越境——。些細な違和感でも日常生活で積み重なれば大きなストレスになり、深刻なトラブルに発展することもある。
「思い悩んだ末に、私たち夫婦は転居を決意しました」
今回は、善意の結果が思わぬ方向にいってしまった井上綾乃さん(仮名)のエピソードを紹介しよう。
◆発端は隣室から聞こえた悲鳴「誰か助けて!」
井上さんは当時、結婚を機に地方から横浜へ移り住んだばかりだった。夫と2人、新築の1LDKアパートで新生活をスタートさせ、慣れない土地ながらも新しい暮らしに期待を膨らませていたという。
しかし、その平穏は入居後すぐに破られた。ある日の夕方、井上さんが自宅で一人過ごしていると、突如、隣室から激しい衝撃音が鳴り響いた。直後、女性の悲鳴が聞こえてきたのである。
「誰か助けて!」
何度も繰り返される絶叫と泣き声に、井上さんは「このままでは命に関わるかもしれない」と強い恐怖を感じ、震える手で警察に通報した。
◆不動産屋からの理不尽な連絡
しばらくしてアパートに到着した警察官によって、騒動の原因が隣室カップルのDV(家庭内暴力)であることが判明した。あれほど激しい暴力沙汰であれば、加害者は当然、逮捕されるものだと井上さんは考えていた。
ところが、翌日以降も隣のカップルは何事もなかったかのように2人で部屋を出入りしていた。あれほどの騒ぎにもかかわらず、なぜ逮捕に至らないのか。井上さんは全く理解できず、戸惑ったという。
さらに彼女を困惑させたのは、不動産屋の対応だった。
翌日の昼頃、不動産屋から井上さんの携帯電話に着信があった。昨夜の件に関する事情確認だろうと思い電話に出たが、耳に飛び込んできたのは、予想外の言葉だった。
「お宅の部屋が騒がしいと、下の階の入居者から苦情が来ているのですが」
驚いた井上さんは、「昨日、隣の部屋から『助けて』という悲鳴が聞こえたため、私が警察へ通報しました。騒動があったのは隣室です」と説明した。
しかし、不動産屋の担当者から確認不足に対する謝罪の言葉はなく、隣室への対応についても「対策は難しい」と告げられるだけだった。
◆通報者が抱えることになった「逆恨み」への恐怖
「地方から出てきたばかりの私たちにとって、この事務的な対応は“都会の洗礼”とも言える衝撃的な出来事でした。勝手に疑われ、謝罪もなく、淡々と処理され。正直、強い不信感を抱きました」
同時に、新たな恐怖が芽生え始めた。警察も不動産屋も根本的な対策を講じてくれないのなら、もし通報者が自分だと隣人に知られた場合、逆恨みされるのではないか——。
女性にあれほどの暴力を振るう人間が、壁一枚を隔てた隣に住んでいる。その事実が、井上さんを絶え間ない不安に陥れた。
その後も隣室からは不定期に大きな物音や悲鳴が聞こえ、そのたびに井上さんは女性の身を案じて通報や相談を繰り返したが、状況は一向に改善されなかった。
「この環境は心身に大きなストレスとなりました。自宅にいても心が休まらず、精神的に限界を迎えて。なぜ、正当に通報しただけの私が、こんなに怯えて暮らさなければならないのでしょうか」
そう思い悩んだ末、夫と話し合い、転居することを決断した。
今でも、あの時の悲鳴と、警察や不動産屋の対応を思い出すと、なんとも言えない暗い気持ちになるという。
壁一枚を隔てた隣人の恐怖。警察や不動産屋すら頼れない集合住宅において、時に「正しい行動」は自らの身を危険に晒す諸刃の剣となる。私たちは隣人と、どう向き合えば正解なのだろうか……。
<構成・文/藤山ムツキ>
【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo