
2002年に「M.A.P.P.」の名で登場した、あのプロダクトが帰ってくる。エレコムが24年ぶりに復刻した“士郎正宗デザインマウス”は、当時の独創的な造形を忠実に踏襲しつつ、単なる懐古にとどまらない「令和の仕様」へとブラッシュアップを遂げている。
●24年ぶりの復刻版
5月下旬、エレコムから士郎正宗デザインマウス「M-SHIROW1」シリーズが発売された。同製品は24年前の2002年、周辺機器のデザイン性を高めるプロジェクト「M.A.P.P.」から誕生した伝説的マウスをベースにした復刻モデルである。
士郎正宗氏は、代表作「攻殻機動隊」を筆頭に「アップルシード」や「ドミニオン」などでも知られ、海外からも高い評価を受ける漫画家/イラストレーターだ。
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今回の復刻にあたっては、現代の仕様変更に伴う形状の変化に対応するため、士郎氏自身が再びデザインを描き起こしている。不変の魅力と進化したポイント、そして現代のデバイスとしての実力について、実機を通して検証していく。
● コレクター魂を揺さぶるパッケージ
今回試用したのは、新色ブルーの「M-SHIROW1SC」だ。パッケージもボディー色と連動したカラーリングで、スリーブ式の外箱に両開きの内箱が収まるユニークな二重構造を採用している。黒地のスリーブには丸い切り抜きが施され、内箱の鮮やかな水色がアクセントとしてのぞくツートーン仕上げだ。その窓からは「士郎正宗」の文字が整然と並ぶ姿が確認できる。
価格はオープンプライスで、エレコムダイレクトショップでの販売価格は1万2800円。各色3300台の限定生産品となっている。
ブルー一色の内箱は、スリーブを外すと白抜きで幾何学的な同心円デザインが現れる仕様だ。円相窓を思わせる切り抜きや落款風のフォントなど、外箱の和風テイストから一転して、サイバーパンクな世界観が牙を剥く。
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テクノロジーとアジア文化の混沌とした融合は「攻殻機動隊」の真骨頂であり、映画「ブレードランナー」の時代からサイバーパンクと和の相性は抜群だ。パッケージの段階からファンを歓喜させる心憎い演出である。
そして内箱を開いてマウスを取り出すと、黒い台紙の中央に白いフォントで "So let's do it! A little voice is urging me on.... My ghost" と英文が記されていた。攻殻機動隊の中で草薙素子がつぶやく有名なせりふ「そうしろとささやくのよ 私のゴーストが」を踏まえた一文だろう。
だが、製品名には「攻殻機動隊」の文字はどこにもない。あくまでも「士郎正宗デザイン」だが、「まあそうだよね」とニヤリとさせられる作りだ。両開き仕様の内箱はマウス本体の飾り台としても使える作りで、コレクターズアイテムとしての演出が随所に行き届いている。
もう一つ、コレクター魂をくすぐるアイテムが、マウスのカラーごとに色違いで付属する士郎氏の描き下ろしイラストカードだ。イラストは共通だが、まれに限定イラスト(1種)が入っているとのことだ。
●義体のデザイン言語――現代仕様への着地
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M-SHIROW1は約67(幅)×106(奥行き)×38(高さ)mm、重さは約78gと、日本人の手になじみやすい小ぶりなサイズだ。接続方式は24年前のUSB/PS2有線接続からBluetooth Low Energyによるワイヤレス接続に変更され、蓄電デバイスとしてキャパシターを内蔵している。
センサーには省電力性に優れたIR LED(赤外線LED)を採用しており、1回の満充電で最長約45日の使用が可能だ。ただし、Type-C充電ケーブルは付属しない点には注意が必要だ。
底面には電源スイッチ、DPIボタン、ペアリング/接続先切替ボタンとLEDが2つある。最大3台のペアリングに対応しており、ボタン長押しでペアリング、通常押しで接続先を切り替える一般的なインタフェースだが、接続先を示すLEDは1つで、3秒間点灯すれば接続先1、1秒ずつ2回点灯すれば接続先2、0.5秒ずつ3回点灯すれば接続先3と、やや分かりづらい。
DPIは5段階で、こちらはもう1つのLEDが1〜5回点灯する。DPIのプリセット変更はできないようだ。
本体を手に取ってまず気付くのは、この造形が持つ独特の文法だろう。マットな水色の大きな曲面ボディーに、ドット模様のツヤのある右ボタンパーツが嵌合している。
本体各部を区切る深いモールドは、工業製品のパーツ分割ラインというよりも、鍛え上げられた筋肉にカットが入ったときに浮き出る筋腹の境界のように見える。ヒトの右手を単体で見れば非対称であるように、このマウスもまた左右非対称だ。
ただし、M-SHIROW1シリーズは人間工学的に追求されたもの、つまり、エルゴノミクスデザインではない。ユーザーの身体にぴたりとはまる、というものではなく、むしろ身体自身をデザイン化したような感覚がある。この有機的な曲面と硬質なパーツが共存するフォルムには、士郎正宗氏が長年描き続けてきた義体を思わせる感覚がある。
2002年版からの外観上の大きな変化は主に2点ある。1つ目は左サイドの進む/戻るボタンの追加だ。伝わりにくい表現で恐縮だが、前モデルはどことなく「礼」という漢字のような印象があった。斜めに払うような曲面に空間を「切り取る」シャープさを感じたのだが、今回のモデルでは逆に膨らみとなっている。
士郎氏によると「追加ボタン操作によって『親指の疲労度を上げるかもしれない負要素』とみなし、『親指の屈曲変化量と挙動作の労力』が低強度になるよう滑らかに変更」とのことで、「用」に寄せた変更だったことがうかがえる。
一方で、仕様変更については「僕の発案やオーダーではありません。エレコムさんには基本的に『今風の仕様』だと聞いています」とも述べている。全ボタンとも静音仕様だが、進む/戻るボタンは左右ボタンに比べるとストロークがやや長めの印象だ。
もう1つの変化は接続方式に伴うもので、ケーブルを保護するブッシュパーツがUSB Type-Cポートへと置き換わった。この部分も2002年版では士郎氏のデザインであり、マウス本体からケーブルが伸びている、という印象が強かったが、復刻版ではシンプルなコネクターに代わり、マウス本体「に」ケーブルを接続する、という逆方向の印象になった。このあたりは規格の制限などもあって、デザインの自由度も狭いのかもしれない。
とはいえ、復刻版であるが故に、全体の印象は前モデルと大きくは変わらない。むしろ、今回はカラーリング変更のインパクトが大きいのではないだろうか。
2002年版ではツートンカラーで構成されたシルバー、ブラック、ホワイトの3つのバリエーションだったのに対し、今回はブラック、ブルー、ホワイト単色での構成だ。
その中でも注目されているモデルは新色のブルーだろう。同社の製品ページの写真ではライティングがかなりくらめに設定されていることもあって、特にタチコマの印象が強いが、実際の印象はかなりポップな水色寄りだ。
士郎正宗氏の監修を基に調色された新色ということではあるが、人によっては安っぽい印象を持つかもしれない。
マウスのカスタマイズは、専用ソフト「ELECOM Mouse Assistant 6」で行う。パッケージの内箱に印刷されたサークルモチーフがアニメーションするなど、世界観に合わせた専用UIが用意されており、各ボタンへよく使う機能を割り当てられるほか、アプリケーションによって設定を切り替えるアプリケーション連動プロファイルにも対応している。
●“古くない”復刻版
士郎正宗氏は復刻にあたってのインタビューで、「俗にいう『用と美』や『クラフトとデザイン』の比重/割合」という言葉を使っている。用と美の統合ではなく、どちらにどれだけ配分するかというバランスの問題として捉えている点は非常に興味深い。
それはフィクションの世界での創作と、現実の道具としてのプロダクト設計の綱引きを意味しているのかもしれない。そうした観点で考えると、わずか数mmの差がフィーリングに大きく影響するマンマシンインタフェース、その最たるものであるマウスが対象となっていることはかなり挑戦的な企画だといえる。
復刻版とは通常、懐古趣味と表裏一体だ。「あの名機をもう一度」という文脈で成立し、過去を知らない人には「伝説を体験する機会」として提供される。それは主にそのデザインが廃れてしまい、途絶えてしまったことも意味している。
その一方で、ThinkPadのように世代を超えてデザインを変えない製品もある。それはある種のコモディティ化でもあり、最適化/進化の結果でもある。
だが、このマウスはどちらでもない。マウスの系譜の中で大勢に影響を与えたわけでも、懐古の対象になるほど一時代を築いたわけでもない。
デザインに主眼が置かれている以上、他との違いこそが存在意義であり、必然的にそのうち表舞台から消えていく運命のプロダクトとして生まれたはずだ。それなのに、なぜ24年が経過して復刻版が登場したのだろうか。
その答えの1つは、このデザインが「その時代の流行」ではなく、もっと根の深いところから生まれているからだろう。
ブレードランナー(1982年)、大友克洋氏の「AKIRA」(1982年〜)、士郎正宗氏の「攻殻機動隊」(1989年〜)――これらが体現したデザイン言語は、有機体と機械が溶け合う世界の手触りだった。
有機的な曲面と硬質なパーツの共存、高密度な描き込み、アジア的/日本的なものとテクノロジーの同居、そしてそれらが描いた「近未来」の設定年を、現実は既に追い越した。AKIRAの舞台は2019年だった。ブレードランナーも2019年のロサンゼルスを描いた。攻殻機動隊の設立は2029年4月のことだ。
1万2800円という価格は、昨今のマウスとしてはハイエンド寄りのミドルレンジであり、実際、基本スペックを見てもハイグレードオフィス仕様といったところだ。そのためにはBluetooth対応のマルチペアリングや進む/戻るボタン、静音仕様などは外せないスペックだろう。
逆に特筆すべき性能/機能はない。M-SHIROW1シリーズを懐古趣味に押し込んでしまわないために必要なスペックを最小限追加することで、復刻版ながらも古くないデザインマウスとして成立しているように思う。
有名なせりふの引用や新色など、氏の世界の一部である攻殻機動隊をにおわせてはいるが、そこには一線が引かれており、あくまでも「士郎正宗デザイン」という製品として成り立っている。このことはくしくも、先日レビューしたRazerのEVANGELION エヴァ2号機コレクションとは対となるアプローチだ。
→・エヴァ30周年に贈る“Razer×EVA-02コレクション” キーボード、マウス──ファン必見の逸品4モデルを使ってみた
RAZERの方はベースモデルあってのコラボ企画であるのに対し、こちらはデザインからの企画なので同じ土俵で語るべきではない。だが、その「世界」を表現するデザイン、特定のモデルの再現ではなく、世界の創造主による地続きのモデルだからこそ、われわれは「企業のネットが星を覆い、電子や光が駆け巡っても国家や民族が消えてなくなるほど情報化されていない」時代を、その中から実感できるのではないだろうか。
攻殻機動隊の舞台である2029年まで、あと3年を切った。2002年に生まれたこのデザインが、その年を目前にして復刻されたことには、意味があるのかもしれない。24年という時間は、このデザインが時代に依存していなかったことの、何よりの証明だろう。
エレコムの公式Xアカウントによると、M.A.P.P.のもう1つのモデル、カトキハジメモデルも復刻に向けて動いているようだ。24年前、同じタイミングで発売された両モデルが、今回、異なるタイミングでの復刻となる理由は不明だが、そちらも令和仕様での復刻となるはずだ。無線対応、進む/戻るボタンがどのように実装されるのか、楽しみに待ちたい。
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