「平和の礎」のある平和祈念公園を訪れる人たち=23日午前、沖縄県糸満市 沖縄戦の犠牲者を悼む「慰霊の日」を迎えた23日、沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園には早朝から多くの遺族らが足を運び、「平和の礎」に刻まれた肉親に祈りをささげた。
南風原町から訪れた與那嶺栄昌さん(89)は、両親と弟2人の名前に向かって手を合わせた。「戦争がなければ」。世界中で起こる戦争の報道に、失った肉親を思わずにいられないという。
與那嶺さんは沖縄戦当時8歳。父は防衛隊に取られ、母やきょうだいらと本島北部の宜野座村に疎開したが、爆撃に遭い、母と末の弟はさく裂した爆弾の破片が直撃して即死した。若い人たちには「戦争があったら反対しなさいよ」と伝えたい。「平和が望み。その他にはない」と力を込めた。
奈良県の比嘉義武さん(84)は、沖縄戦を語り継ごうと、孫と共に訪れた。出生地の読谷村で親族が集団自決したことを10年前に知ったという。礎に刻まれた肉親の名前に「知らなくてごめんなさい」と声を掛けた。各地で続く戦争に「沖縄も無縁じゃない」と危機感を募らせ、悲劇を「伝えていくべきだ」と訴えた。
孫の津田音来さん(21)が「身近に感じた。みんなにも伝えていきたい」と話すと、比嘉さんは「そう思ってくれてよかった」と言葉を掛けた。
八重瀬町の伊波スミ子さん(80)は義父行栄さんらの名前の前に花や果物、線香などを供えた。夫は4年前に亡くなるまで、毎年平和の礎を訪れ、「(義父が戦死した)サイパンに(気持ちが)届くかな」と話していたという。後を継いだスミ子さんは「子や孫たちを見守って成長させてください」と祈った。
浦添市の佐久川富子さん(97)は「お水が飲みたかったよね」と両親の名前に水を掛け、「戦争はやめてほしい」と願った。

「平和の礎」を訪れ、犠牲者になった親族をしのぶ人たち=23日午前、沖縄県糸満市の平和祈念公園

義父の名が刻まれた碑に、花や菓子を供える伊波スミ子さん(右)と息子の謙さん=23日午前、沖縄県糸満市

「平和の礎」を訪れ、両親らの名前の前で手を合わせる佐久川富子さん(左)=23日、沖縄県糸満市の平和祈念公園