「辞表もってこい」「給料返せ」――300ページ超のエア・ウォーター調査報告書を読む 不適切会計がなぜ相次いだ?

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2026年06月28日 08:10  ITmedia ビジネスオンライン

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エア・ウォーター「特別調査委員会による調査報告書の公表に関するお知らせ」(編集部撮影)

 「辞表をもってこい」「お前はクビや」「今まで払った給料返せ」――これらは、産業ガス大手エア・ウォーターの会長(当時)が部下に放ったとされる言葉だ。同社が4月3日に公表した、不適切会計に関する特別調査委員会の調査報告書(3月31日付)に事件の全容が記載されている。


【報告書】「辞表をもってこい」など記載されたページの一部(画像あり)


 2025年7月、エア・ウォーターの連結子会社である日本ヘリウム(神奈川県川崎市)で、ヘリウム在庫を巡る不適切会計(損失の先送り)が発覚。内部調査の結果、グループ会社など37社で不正が明らかになった。連結財務諸表への影響額は、売上収益換算で累計約240億円に達するという。


 300ページを超える調査報告書には、同グループ会社による不適切会計の数々が並ぶ。


 「在庫の過大計上、資産評価の先送り、売上の過大計上・先行計上、不要な取引先を介在させて行う連結売上高の嵩上げ、引当金の計上回避、資産性のない支出を資産に計上して行う益調整等、売上や利益を嵩上げする目的で様々な手法による不適切な会計処理が幅広く行われており、内部統制上の問題を多く含んでいる」(調査報告書より)


 内部調査をしたところ、データの改ざんや書類の偽造など「グループの従業員による調査妨害というべき行為が行われていた」(調査報告書より)という。不正の実態解明を促進するために、調査協力と引き換えに社内処分を減免する「社内リニエンシー制度」を導入すると、リニエンシー申請数は875件に上った。


 こうした不適切会計はなぜ起きたのか。調査報告書を読み解くと、経緯と原因が見えてくる。


●「帳簿の半数が架空在庫」 日本ヘリウムによる不適切会計の実態


 本稿では、日本ヘリウムの事案に絞って経緯と原因を整理する。登場人物の表記は調査報告書に基づいており、役職は当時のものとなる。


 日本ヘリウムは、ガスヘリウムおよび液体ヘリウムの輸入・販売を手掛けている。エア・ウォーターの事業ユニットの管理下にあり、経営計画や予算執行、棚卸し資産の廃棄などは親会社の承認が必要とされている。


 ヘリウムは、ガスという特性から「減圧のための放出」「液体ヘリウムの気化」などによって運搬・保管時に一部が失われて(ロスして)しまう。ロスした分は損失として処理する必要があるが、同社は「減少量の過少評価」「損失処理の先送り」という不適切な会計処理をしていた。ロスしたはずのヘリウムが在庫として計上され、2025年7月の調査で「帳簿上の原材料の半数以上が架空在庫」(調査報告書より)だったと判明した。


●黒字へのプレッシャーから……不適切会計の経過を追う


 日本ヘリウムでは、J氏(統括本部長)が在庫管理を担当していた。2019年7月ごろから、ヘリウム原材料のロスを意図的に過少計上して損益を調整していたという。2023年度後半になると、ヘリウム市場は供給過多となり、日本ヘリウムの業績が悪化した。


 「(エア・ウォーターから日本ヘリウムに対して)月次損益を赤字にしないようにとのプレッシャーがある中で、J氏は、実際の損益をありのまま報告した場合の業績未達の指摘を懸念し、少しでもロスを削減して損益を良く見せる目的で、損益調整のためのロス計上の回避を大きく増加させていった」(調査報告書より)


 2025年3月、監査法人の実地棚卸しが入るのを前にJ氏は、同社のEk社長に対して「2025年3月末までに約3億円のロス処理が必要であること」「さらに7億円の未処理ロスがあること」「意図的なロスの過少計上によって生じたものであること」を報告。同社とエア・ウォーター間で対応が協議されたが、その時点では従来通りロス処理の先送りをすることになった。


 2025年4月にJ氏が異動した後も、不適切な会計処理が数カ月続いた。同年7月に保有在庫を測定したところ、帳簿にある在庫の半分以上が架空だと判明。実在性のない在庫の損失処理をしたのは9月末だった。累積的な影響額(棚卸し減耗損)は20億200万円に上った。


●「辞表をもってこい」 エア・ウォーター会長の「強い不満」


 2025年3月21日、J氏から不適切なロス処理について報告を受けたEk社長は、3月25日にエア・ウォーター側に説明した。説明を受けた担当者は「決算直前の時期に多額の未処理ロスの存在が明らかになったことに困惑の意を示した」(調査報告書より)という。


 その後、関係者間で議論や試算が繰り返され、ロス処理の先送りが決まった。エア・ウォーターのEa氏(連結管理室長 決算税務グループ グループ長)などマネジメント層も加わって対応が議論されたが「直ちに損失処理すべき」「従来の処理をやめるべき」という意見は出なかった。


 5月14日、エア・ウォーターのHy社長に初めて話が上がった。影響度の推定や対応を巡る協議をするも大きな進展がないまま、6月30日にエア・ウォーターのBi氏(インダストリアルガスユニット ユニット長)が、同社のFg会長に報告した。


 「この報告において、Bi氏の説明が必ずしも要領を得たものではなかったこと、また、Fg氏に対する報告がHy氏よりも後になったことに関して、Bi氏はFg氏から叱責(しっせき)を受け、その中には、『辞表をもってこい』との発言も含まれていた」(調査報告書より)


 Fg会長は、Bi氏に対して「強い不満を示しており、Bi氏の人事的な処遇についての言及までなされた」(調査報告書より)という。


 7月にはエア・ウォーターのグローバルマネジメント室による調査が、8月には外部調査機関の調査が行われた。日本ヘリウムは、9月末に損失処理を完了した。10月にエア・ウォーターが特別調査委員会を設置し、2026年3月31日に本調査報告書の提出に至る。


●「経営トップも容認していた」 不適切会計の原因は


 日本ヘリウムを含む子会社、グループ会社での不適切会計について、特別調査委員会は調査報告書に「マネジメント層を含む相当数の役職員の関与のもとに行われたもの、経営トップであるFg氏も容認していたと認定せざるを得ないものも含まれている」と記載している。


 こうした不適切会計の原因として、特別調査委員会は「売上・利益成長至上主義の目標設定」「過度なプレッシャーの存在」「人事権を背景にした経営トップへの権力集中」を指摘している。


売上・利益成長至上主義の目標設定


 エア・ウォーターでは事業ユニットやグループ会社の売上・利益目標を決める上で、外部環境の変化や事業の成長性を踏まえていなかったという。明文化された予算編成方針ではなく、トップダウンで決められた全社数値に基づいて、前年度予算や前年度実績を上回る目標が設定される傾向にあったようだ。


 エア・ウォーターは「2022年度に連結売上高1兆円を目指す」という目標を公表していた。期末に近い2023年2月末に、エア・ウォーターの経営企画室が「目標数値(売上収益1兆円)必達に関して」という電子メールを送信し、現場へと伝達されていった。


○エア・ウォーター 経営企画室


>対外公表数値1兆円に対し、約■■億円程度の余力(前回見込から約■■億円のマイナス)しかない状況です。つきましては、再度売上収益の確認を頂き、前回報告頂いた数値よりブレが大きい場合は残り1ヶ月でありますが即効性の高いリカバリー策も含め未達にならないように策を講じて下さい(※調査報告書より引用)


○エア・ウォーター エネルギーユニット長


>今期売上1兆円の必達について、経営企画室より通知がありましたので、共有します。前回見込み数値未達とならない様、売上の上積みを最優先としてください(※調査報告書より引用)


○エア・ウォーター西日本 事業部長


>ユニット長より下期売上収益について見込みを割り込まない様、連絡が入っております。つきましては再度売上チェック願います。見込みを下回るのであれば、即刻補填を考えて下さい(※調査報告書より引用)


○エア・ウォーター西日本 担当者


>お願いだけではダメです、確約にもっていくようにしてください。今回だけは売上が未達になった場合、とんでもないことになります(※調査報告書より引用)


 特別調査委員会は「エア・ウォーターグループでは、事業実態や事業環境の変化等を柔軟に加味しない硬直的かつ過度な業績目標が、一連の不適切な会計処理の重要な要因となったものといえる」と結論付けている。


○過度なプレッシャーの存在


 予算未達や赤字決算になると、Fg会長から厳しい叱責があったという。調査報告書には「プレッシャーを受けていたマネジメント層が(中略)不適切な会計処理を直接指示し、あるいは提案された不適切な会計処理を容認(又は黙認)する」などのケースが、幅広く見受けられたと記されている。


 日本ヘリウムを巡っても、以下のようなやりとりがあったといい、不適切会計は経営陣のプレッシャーが原因だと特別調査委員会はみている。


>関係者の電子メールご存知のとおり、名誉会長、会長からNHI(日本ヘリウム)の2期連続赤字については大変問題視されている(※調査報告書より引用)


>関係者の電子メール日ヘリの赤字は絶対にだめ(日ヘリはコストセンターではない。プロフィットセンターである)(※調査報告書より引用)


>関係者の電子メールやっぱりNHIを赤字にはできないんですね(※調査報告書より引用)


>関係者の電子メール以前より日ヘリは、月次で赤字にしてはいけないということになっていた(※調査報告書より引用)


 Fg会長については、ヒアリング調査から「机を叩く等の行動も見受けられる」「会長室のフロアに広く響き渡る程度の大声をもってそのような叱責が行われる場合があった」などの様子がうかがえる。


○人事権を背景にした経営トップへの権力集中


 エア・ウォーターの取締役、執行役員、部門長、子会社の社長および取締役の人事はFg会長が掌握していた。取締役の報酬額も同氏が決めており、人事的に不利な処遇を受けることを危惧して不適切会計処理を実行した可能性があると特別調査委員会は指摘している。


 社内取締役へのヒアリング調査では「『お前はクビや』『今まで払った給料返せ』と言われたことがあり、ひどく追い込まれた」「『お前はクビだ』という言葉を何度も使用された。疑問だと思うところに突っ込んでいたら、自分は今この場にいないと思う」などの回答があった。


 2024年に人事担当者が「人事評価の見える化」を提言したが、Fg会長に一蹴されたという。


○特別調査委員会が指摘した原因の数々


 調査報告書では、これらの他に以下のような原因を挙げている。


・急成長やM&Aによって管理体制の整備が追い付かなかった


・経営トップによる不適切会計の容認があった


・マネジメント層が経営トップに忖度(そんたく)して内部統制が働かなかった


・不健全な企業風土があり、上場企業グループの自覚とリテラシーが欠如していた


・不適切会計ができる業務フローや、ずさんな在庫管理があった


・管理部門や内部監査部門によるモニタリング機能が欠如していた


・取締役会や監査役会による監視が不十分だった


・財務報告責任の認識に問題があった


●調査委員会が提言した「13の再発防止策」


 エア・ウォーターには、取締役会や内部監査室、コンプライアンス室、内部通報制度などのコンプライアンス体制が整備されていた。しかし、これらの組織とマネジメント層が不適切会計に関与、黙認する事態となっていた。


 「これらの事実は、形式的な内部統制をいかに整備したとしても、不正を許さないという経営トップの真の覚悟と、その覚悟の組織全体への浸透、ひいては不正を許さないという企業風土の醸成がない限りは、不適切な行為を防止又は発見・是正するための防波堤であるべき内部統制が無視され、有効に機能しないリスクを現実に指し示す」(調査報告書より)


 特別調査委員会は、経営トップがリーダーシップを発揮して不正根絶の施策を実行する必要があると提言する。また「予算策定プロセスの改善」「人事の仕組みの再構築」「監査機能の充実化による3重の防衛」「グループ全体を俯瞰したガバナンス」「従業員教育の実施」など13の再発防止策を挙げている。


 特別調査委員会は、調査報告書の結びに次のような一文を記載している。


 「再発防止の取り組みには終わりはなく、将来にわたって再発することがないよう、体制の構築・策定をするとともに、その不断の検証・改善と確実で継続的な運用を図ることが、当社の真の再生に不可欠であることを、再度強調しておく」(調査報告書より)


 エア・ウォーターは、今回の不適切会計を受けて2026年3月期の決算開示を延期。期末後45日を超えるとしており、5月13日に「具体的な開示予定日は未定」と発表した。


(アイティメディア:荒岡瑛一郎)



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