
子どもの学校や園で行われる懇談会に出席したことはありますか? 短い時間のなかで自己紹介やひと言を求められることに、緊張を感じるママもいるのではないでしょうか。とくに発言後、「変なことを言ってしまったかもしれない」と後悔が押し寄せる瞬間は、誰にでも起こり得るものかもしれません。
『懇談会でアホみたいな話をしてしまった。みんな忘れてくれたかな』不安と恥ずかしさが入り混じる思いに、ママたちが共感の声が寄せてくれました。
「私もある」消えない恥ずかしい記憶
まず見られたのは、似た経験があるという声でした。
『担任がテーマを出してくれたのだけれど、少しズレた話をしてしまった。頭悪そうって思われたかも』
『ユーモアを出そうとして失敗して以来、そういうのはセンスある人に任せて無難に徹している』懇談会という独特の空気のなかでは、普段通りに話すこと自体が難しくなるかもしれません。周囲の発言が気になったり、「何か気の利いたことを言わなければ」と焦ることで、思わぬ方向に話が進んでしまうこともあるでしょう。「ひと言なしで終わらせてくれる先生は神」といった声からも、その緊張感の大きさが伝わってきます。
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なぜか覚えている“あの発言”
一方で、印象に残っている発言に関するエピソードも寄せられました。
『子どもの生い立ちを長々と語ったママは今でも覚えている』
『小1の初懇談で、「うちの子は給食が食べられない、宿題をしない」と悩みを話した人の直後に話したママが、「うちの子は何でも食べるし帰るとすぐ宿題して元気に遊びに行く、こんなに悩みがなくていいのかと悩む」と発言したのが10年以上経っても忘れられない』こちらのコメントに対して、「でもやらかしたママの気持ちはわかる。順番を待つ間に自分のことで頭がいっぱいになり、他の人の話が入ってこない」という意見がありました。ママたちは“自分のことで精一杯”なのかもしれませんね。
『笑い話程度なら何も思わない』
『本当に問題がある内容でなければ忘れる』インパクトのある発言は記憶に残りやすいものです。ただしそれは、極端だったり場の空気から大きく外れているケースに限られるようです。
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意見を言えたこと自体が価値
投稿者さんは一生懸命話したのでしょう。ママたちは発言したこと自体に意味があると言います。
『懇談会は意見交換や情報共有の場なのだから、言いたいことを言っていい』
『アホかどうかではなく、テーマに合っているかどうかが大切』たとえ投稿者さんが「失敗した」と感じていても、それが他の保護者にとって有益な情報だった可能性もあります。何も言わずに終わるより、一歩踏み出して発言したことに価値がある……そんな前向きな捉え方もできるでしょう。
実際は、みんな忘れている
そしてママたちは「気にしなくて大丈夫」と声を揃えました。
『大丈夫。私は次の日にはあまり思い出せないから』
『自分が思うほど他人は見ても聞いてもいない』
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『自分の話す内容を考えていて、それどころではない』冷静に考えてみると、自分自身も他の保護者の発言を細かく覚えていないですよね。「顔と名前と内容をすべて覚えているか」と問われれば、「いいえ」と答えるでしょう。大人同士だからこそ、多少の失敗には寛容ではないでしょうか。
懇談会でのひと言は、その場では大きく感じられても、時間が経てばあっさりと流れていくもの。自分が気にしているだけで、周囲はそれほど深く受け止めていない……そんなケースがほとんどなのかもしれません。
懇談会は参加することに意味がある
懇談会で失言があったとしても、誰が言ったかまでは覚えていないでしょう。また懇談会での人の失敗をネッチリと覚えている方がヤバイとの意見もありました。そしてこんな的を射たコメントも。
『慣れてない人は、「えっ、何を話そう……」で、頭がいっぱいだし、慣れている人は「今日の夕食、何にしようかな」とか考えているから、大丈夫だよ』ママたちは、他のママたちも緊張していることを知っているはずです。緊張のなかで言葉に詰まったり、思うように話せなかったりするのは自然なことでしょう。完璧に話そうとするより、「参加した」「言葉にした」ことを認めてあげる方が、少し気持ちが軽くなるのではないでしょうか。次の機会には、今回より肩の力を抜いて臨めるはずです。
文・岡さきの 編集・あいぼん イラスト・Ponko
