スナック嫌いの小説家が“バツ4の紳士”の話を聞きたいのに…カラオケに邪魔され「こっち今、喋ってんねん」/カツセマサヒコ

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2026年07月19日 16:10  日刊SPA!

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挿絵/小指
―[すこしドラマになってくれ〜いつだってアウェイな東京の歩き方]―
ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。今回の舞台は、赤羽のスナック「雪子」。「歌う人の気持ちがわからない」とスナックを毛嫌いする著者が、担当編集に連れ込まれ相席に。目の前のバツ4を名乗る常連紳士の話が気になって仕方ないのに、他の客のカラオケに邪魔され続ける。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」

◆こっち今、喋ってんねん【赤羽駅・スナック雪子】vol.39

「スナックで歌うのが好き」という異常性癖を持つ友人たちの気持ちが理解できない。

 俺は、あなたとのお喋りを楽しみに来たんですよ。会話でゲラゲラ笑いたいんすよ。

 こちらがそう願っても、友人はマイクを握ってしまう。他の客の会話を妨げ、ママから「上手〜」などとお世辞を言われ、得意げになって(いるように見えて)しまう。

 そもそも、スナックという場所に人が集まる理由がわからない。「ママが素敵な人なので」と言うなら、もっとママとの会話を楽しめ。お前の歌で会話を台無しにするな。と言いたくなってしまう。

「そんなに嫌いなんですか? じゃあ絶対行きましょう」

 この世界には、本当にひどい人間がいる。担当編集の瞳が輝いている。気付けば私は、北区の赤羽駅にいた。

「スナックといっても、店によって全然違うんですけどね」

 ニコニコと嬉しそうに語る担当編集が「あちらです」と指を向けた。商店街から少し外れた通りの角に、車道ギリギリまで溢れ返る手書き看板の群れが見えた。ヴィレッジヴァンガードの店内のポップを一か所に凝縮したような圧。学生運動が盛んな時期の大学の校門みたいな趣。それらの手書き看板より一際目立つ電飾スタンドに「アイドルよりカワイイ女の子のいるお店♡」と書かれている。「スナック 雪子」。強烈すぎる外観である。

 担当編集が意気揚々と扉を開ける。4人掛けのボックス席が3つ設けられている。しかし、どれも先客がいる。

「あちゃ〜、これじゃあ入れないですね! 残念!」

 私は担当編集に勝ち誇った顔を向けた。しかし、そばにいた女性店員が「相席でよければどうぞ」とあっさり言った。担当編集は口角をしっかり上げて、ボックス席に私を押し込んだ。

 目の前にいたのは、着物姿の女性店員と、60代くらいの男性である。常連客と思われる男性はすでに酔っているようで、酒焼けした小さな声で「どうも」と言った。実に穏やかな紳士、といった印象である。着物姿の店員にウイスキーボトルを注文すると、お通しに寿司が出てくる。いきなり寿司!と驚いていると、おでんやたこ焼きまで出てくる。店主がいるときには二郎系ラーメンまで出すらしい。客を太らせるスナックである。

 おでんを食べながら、ハイボールを飲む。目の前の紳士が、店員よりも高い頻度で話しかけてくる。紳士は着物姿の女性が好きなのだと言う。知らんがなと思う。現在、バツ4なのだと言う。そっちは気になるな?と思う。しかし、具体的に話を聞こうとすると、隣のテーブルのサラリーマンが玉置浩二やテレサ・テンを歌い始めてしまう。常連紳士の声は小さく、カラオケが始まると、ほとんど聞こえない。

 頼むから歌うな。こっち今、喋ってんねん。と言いたい。しかし、常連紳士は嬉しそうに赤の他人のカラオケに耳を澄ませている。それがスナックのマナー、と教えを説くような表情でいる。「あなたも歌いなよ」とまで言ってくる。歌いません。

 それよりバツ4の話を聞かせてくれよ、と思いながら、私はグラスを呷(あお)る。着物姿の店員が作ってくれるハイボールは美味しい。爆音のサザンオールスターズはうまくない。

 結局、バツ4の話は聞けないまま、店を出た。もう少し静かな店なら話せたのに、だからスナックは嫌だと思う。赤羽には雨が降っている。カラオケの音漏れが聞こえる。

 赤の他人の前で歌声を披露して気持ちよくなれるくらい心を開かないと、楽しいものも楽しめない。そんなことはとっくに気付いているが、私の羞恥心は、そんな簡単には剥がせない。雨は強まるばかりだった。

<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>

※週刊SPA!2026年4月7日・14日合併号より

―[すこしドラマになってくれ〜いつだってアウェイな東京の歩き方]―

【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」

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