
ある日突然、学校から呼び出され、わが子がいじめグループの片棒を担いでいたと知らされたら……。想像するだけで頭のなかが真っ白になりそうなシチュエーションでしょう。さらにもしその場に同席した被害者の親御さんが、怒鳴りもせず、ただ淡々と厳しい条件を突きつけてきたとしたら……。あなたならどうしますか?
『娘がいじめグループにいたと、学校から呼び出しがありました。その際の被害者の親の対応があまりにも冷静で怖かったです』投稿者さんは小学6年生の娘さんをもつママ。ある日学校から「娘さんがいじめグループにいた」と呼び出されました。話し合いの場には被害者の親御さんも同席していましたが、感情的に怒鳴ることもなく、一貫して落ち着いた様子。非常に冷静な口調で「首謀者の転校」と「周囲にいた子たちのクラス内での謝罪」を要求したのです。さらに「こちらの要求を拒否する場合は警察や弁護士に相談する」とピシャリ。淡々と法的・社会的なリスクを突きつけられたことで、投稿者さんは気後れしてしまいました。娘さんは「自分は見ていただけ」と主張していますが、グループの一員だったことに変わりありません。投稿者さんは親として激しく動揺しています。
「見ていただけ」は無罪じゃないよ
ママたちからは「投稿者さん親子はあまりにも他人事では?」と、厳しい指摘が寄せられました。
『見ていただけの人間も当事者であることを娘さんに理解させよう。親子ともに、どこか他人事と捉えているような印象だけど、被害者からはそう見られていないよ』
『加害者側としてその場にいたのに、見ていただけって。それだけで数の暴力として成立すると思うけどね。見ていただけが通用するとしたら、まったく無関係な通行人くらいなのよ』
『見ていただけの人は、いじめてないどころか、いじめを助長してるよ。同じグループなら首謀者にとってはいじめ仲間だし、仲間がいることで気が大きくなって、何をしても許されるような勘違いしちゃうから』
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『いじめがなくならない理由のひとつが、見て見ぬふりをしている人がたくさんいること。投稿者さんのお子さんはいじめの加害者グループにいる人。いじめがおこなわれていても知らん顔してたと言っていますが、被害者からすればいじめっ子です』わが子が「私は何もしていない、ただ見ていただけ」と言ったら、親としてはその言葉をそのまま信じたくなるものかもしれません。ところがママたちが指摘するように、その「見ていただけ」こそが、実は被害者を追いつめる残酷な行動になっているのではないでしょうか。
いじめの現場において、周囲を取り囲むギャラリーの存在は、首謀者に「みんなも味方だ」という勘違いと妙な安心感を与えてしまいがちです。直接手を下しているわけではなくても、その場にいながら首謀者を止めようとしなかった時点で、いじめの片棒を担いでいるのです。被害者の視点に立てば、笑って見ている人も、無視して黙っている人も、自分を傷つける加害者に他なりません。まずはこの現実を、親である投稿者さんが真っすぐに見つめる必要があるでしょう。
被害者親が冷静だったのは……
『冷静だからなんなの? 逆上されたほうがよかった?』
『怒りが限界に達すると、逆に冷静になるよね。淡々としてないと感情的になってしまうのがわかってるから、必死に冷静になってる。それだけ加害者にお怒りなんですよ。真摯に受け止めなさい』
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『ここまで大事になるとは思わなかったって、やられる側じゃないから言えるんでしょ。大したことだったかそうじゃなかったかは、はじめから加害者サイドには決める権利なんかないんだよ。親が動揺してないで、まずは自分のお子さんに「いじめがなぜだめなのか」をきちんと再教育して心からの反省を促してくださいな』
『本気で怒ると静かなんだよね、人って。見てたのも同類だよ。娘さんは誠心誠意謝るしかないよ』相手の親御さんが声を荒らげず、淡々と話す様子を「逆に怖くて萎縮した」と感じた投稿者さん。しかしよく考えてみましょう。自分の大切なわが子がひどい目にあわされて、平気でいられる親なんているでしょうか?
ママたちが言う通り、人間は心の底から激怒したときほど静かで冷静になるものかもしれません。相手の親御さんの態度は、わが子の尊厳を守るため、そして加害者たちに確実に責任を取らせるための、親としての覚悟の表れなのでしょう。投稿者さんが目を向けるべきは、そこまで相手の子を追いつめ、冷静に戦わざるを得ない状況に追い込んだ娘さんの「行動」そのものの恐ろしさではないでしょうか。
親として向き合う覚悟を
『相手方の主張に何かおかしな点でもありますか? 「それですませる」と言ってもらえたならありがたいと思いますよ。グループの他の家庭がどんな意見であれ、私ならひとりででも謝罪させます』
『投稿者さんと娘さんにできるのは、真摯に謝罪することだけ。被害者側が首謀者の転校と謝罪でおさめると言ってくれてるのは、むしろ温情。娘さんに自省を促すのが親の務めですよ』
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『娘さんは帰りの会で謝罪したら許してもらえるんでしょ。それくらいは罰だと思って、ちゃんと謝罪させなよ』
『いじめの首謀者と追随者の処罰をわけて提案していることも、とても冷静だなと思います。帰りの会での謝罪(しかもひとりではなく複数人)で事をおさめてくれると言うのであれば、すぐさま従ったほうがいいと思いますよ』被害者側の親御さんは、「首謀者は転校、周りの子はクラスの前で謝罪」と提案しました。これを「みんなの前で謝らせるなんてわが子が可哀想」と捉えるのは、いかがなものでしょうか。この提案は相手の親からの破格の温情と受け止めるべきだ、とママたちは主張しました。
ここで「周りの親はどうするかしら……」と様子見をしたり、「うちの子は悪気はなかった」と言い訳を重ねたりするのは悪手でしょう。親がすべきなのは、子どもに罪の重さを毅然と教え、クラスでの謝罪をまっとうさせることではないでしょうか。
子どもは親の背中を見て育つ、といいます。親が保身を捨て、誠実に相手の痛みに向き合う姿を見せることこそが、行動の重さを子どもにわからせるための「一生モノの教育」になるのではないでしょうか。
文・motte 編集・いけがみもえ イラスト・Ponko
