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甘味、塩味、酸味、苦味とは別の何かがあるのではないか――1908年、昆布だしを研究していた東京帝国大学の池田菊苗博士が“第五の基本味”となる「うま味」を発見した。翌年、世界初のうま味調味料が誕生する。「味の素」だ。
うま味は世界に広がり、今では「UMAMI」として定着している。同調味料の名を社名に冠する味の素グループ(以下、味の素)は、売上高約1兆5800億円に成長。事業利益における海外比率は約60%に上る。中でもアジア圏の売り上げが多く、全体の約40%を占める。
しかし、この成功は一朝一夕で達成できたわけではない。「うま味」という味覚は万国共通でも「おいしさ」は各国バラバラ――。そこで味の素は「徹底的なローカライズ」を掲げ、進出先で強いブランドを確立してきた。
同社は、ローカライズ戦略をどのように実践しているのか。味の素の中村茂雄代表執行役社長 最高経営責任者が海外戦略について語った。
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●「日本の味」を捨てたから世界で勝てた 味の素、“徹底ローカライズ”の正体
企業が商品やサービスを海外展開する際、日本での成功体験をそのまま実行してもうまくいくとは限らない。文化や価値観、商習慣などが日本とは異なるためだ。
「私たち日本人が感じる『おいしさ』を押し付けるのではなく、相手が感じる『おいしさ』を見つけて、それを再現する調味料を開発する」――中村社長は同社がグローバル展開の際に心掛ける「おいしさのローカライズ」という考え方をこう紹介する。
タイで好まれる味とベトナムで好まれる味は違う。フィリピンと日本でも食文化は異なる。味の素は、日本で“当たった商品”をそのまま海外へ持ち込むのではなく、その国の人々が日常的に食べている料理を調べることから始める。
社員が現地の家庭に入り込み、どのような食材が使われ、どのように調理しているのかを観察する。食卓を知ることで、その国ならではの「おいしさ」を理解し、商品開発に生かす。
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こうして誕生した、その国の「味」に合わせた調味料商品は各国で高い支持を獲得。同社によると、各国の調味料市場におけるシェアはタイで約80%、ブラジルで約70%、インドネシアで約50%を占めるという。
●事業利益の4割をたたき出すアジア事業の「三現主義」
味の素は、世界31の国・地域において121の拠点で事業を展開している。同社の海外展開は今に始まったものではなく、1909年の創業から8年後の1917年には米国ニューヨークに事務所を開設。1950〜1980年代にかけてフィリピン、ブラジル、タイ、マレーシア、インドネシア、ペルー、中国、ベトナムへと進出し、2010年代以降は北米、欧州へと積極的に展開している。
同社が掲げる「徹底的なローカライズ」は100年以上に及ぶ歴史の中で培われてきた。中村社長は「製品をただ輸出する、工場を建てるだけではここまで来られなかった」と振り返る。
こうしたローカライズを実践する上で、同社は「三現主義」という3つの考え方を重視している。
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1. 現地スタッフが市場に足を運ぶ
2. 現金で取引する
3. 現物を販売する
「日本人の駐在員が出張で市場(いちば)に出向くのではなく、その土地で生まれ育った人が毎日自分の足で向かう。現地・現金・現物という『3つの現』を実践することで、現地とダイレクトに信頼関係を築いてきた」(中村社長)
市場を日々歩き、現地の販売店と会話し、消費者の変化を肌で感じる。その積み重ねを商品開発や販売戦略に反映する。
フィリピンを起点に始まった三現主義の考え方は、現在ではアジア全域で共有される事業運営の基本原則になっているという。
●採算度外視プロジェクトが巡り巡って「ビジネスに貢献」
三現主義に基づいた味の素のローカライズは、商品開発にとどまらない。「社会制度のローカライズ」にも注力している。その一環として、ベトナムでは2012年から子どもの栄養改善に取り組むプロジェクトを進めている。
当時のベトナムでは、農村部で子どもたちの低身長・低体重、都市部で脂質偏重・肥満が課題となっていた。一方で、学校給食制度や栄養士制度は十分に整備されていなかった。
「この状況をどうにかしたい」と声を上げたのが、ベトナム味の素社で働く現地社員たちだったという。同じ環境で育った社員たちが発案したのは、日本の学校給食制度をベトナムに導入するというものだった。
地元の行政機関と連携し、ホーチミン市の1校にモデルキッチンを設置。そこで同社が提案したメニューの給食を作り、子どもたちに提供した。教育関係者らが同校を視察することで、モデルキッチンの採用校を少しずつ増やしていった。
現在、この取り組みは62自治体、4367校に広がっている。2017年にはベトナム初となる栄養士43人の育成にもつながった。
このプロジェクトでは、給食の調理現場で味の素の商品を使っている。同社の商品で作った給食を食べて育った子どもたちが、将来家庭を持った際に同社の商品を選んでくれる可能性も広がる。
採算度外視で始まったというプロジェクトが、今ではビジネスに貢献していると中村社長は話す。
●アジア戦略の本質は「相手を知ること」
味の素のローカライズ戦略はこれだけにとどまらない。中村社長は「サプライチェーンにおけるローカライズ」の事例として、タイでの農家支援の取り組みについても言及する。
うま味調味料の味の素は、植物の糖分を原料にしている。各国で入手しやすい植物を採用しており、日本ではサトウキビなどを用いるが、タイでは「キャッサバ」を原料としている。タピオカの原料としても知られる芋の一種だ。
タイ味の素社は、国内で生産されるキャッサバ全体の15〜20%を調達しており、生産農家との関係が深い。その農家を近年悩ませていたのが「キャッサバモザイク病」だった。
感染すると葉に白いモザイク状の斑点ができ、最終的には枯れてしまうウイルス病だ。収穫量が大きく落ち込み、農家の収入減につながる。中村社長は「原料の確保以前に、農家の方々の生活そのものが揺らぐ問題だった」と振り返る。
そこで同社は2020年から、政府や大学、研究機関と連携して「Thai Farmer Better Life Partner」(タイ農家のより良い生活パートナー)プロジェクトを開始。4つの取り組みを主軸に据えた。
1. 栽培知識の基礎教育
2. 無償の土壌診断
3. 新しい肥料の開発
4. 健全な種茎の提供
同プロジェクトには、5年間で約4000の農家がトライアルに参加。8000人が教育プログラムを受講した。キャッサバの収穫量は平均30%以上向上し、1ヘクタール当たりの収入も日本円で約6万円増加したという。
商品開発、栄養改善、農業支援。一見それぞれは異なる取り組みに見えるが、根底には「まず現地を知ること」という同社の価値観が反映されている。
三現主義を軸とする徹底したローカライズを実現するために、現場から学び続ける。その積み重ねが、味の素が100年以上にわたり海外で事業を拡大してきた原動力といえそうだ。
◯本記事は、PR戦略の策定支援を手掛ける本田事務所(東京都港区)が主催したビジネスカンファレンス「Asia Insight 2026」(6月1日開催)に登壇した、味の素の中村茂雄社長による講演「経営戦略としてのコーポレートブランディング:グローバルで目指す企業価値の向上」を取材したもの。
(執筆:濱川太一)
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