
ワイヤレスイヤフォンを着けた人を、街で見かけることが増えた。とりわけ若い世代の姿が目立つ。読者の多くも、思い当たるのではないだろうか。
これは単なる実感だけの話ではなく、データにも表れている。クロス・マーケティングの調査によると、直近1カ月にイヤフォン・ヘッドフォンを使った人は全体で45%、20代では61%。20代のワイヤレスイヤフォン保有率は65%に上る。
ただ、その全員が音楽を聴いているわけではない。実は、ポッドキャストなどの「トーク番組」に耳を傾けている人が、思いのほか多いのである。
●どれだけ聴かれているのか
|
|
|
|
それを裏づけるのが、音声広告を手掛けるオトナル社と朝日新聞社の調査だ。月1回以上ポッドキャストを聴く人は18.2%、人口にすればおよそ2000万人にのぼる。とりわけ15〜29歳では、その利用率が非常に高く、15〜19歳の40.5%、20代の28.8%が聴いており、若年層の3〜4割が利用している。
なんとこの世代ではTikTokやTVerをも上回っている。「動画やSNSの陰にある地味なメディア」というイメージとは裏腹に、すでに主要メディアと並ぶ位置まで来ているのだ。
彼らはやがて消費の中心へと移っていく。いま若い世代に根付きつつある「耳で聴く」習慣は、そのまま次の時代の常識になっていく可能性が高い。
この構図は、10年前の米国と重なる。当時15%前後だった米国の利用率は、10年で50%を超えた。日本も同じような伸び方をするとすれば、市場が伸びないシナリオのほうがむしろ想像しにくい。市場規模はまだ小さいものの、着実に成長している。いま広がりの初期にあるメディアだといえる。
しかも、その聴かれ方は「ただの聞き流し」では終わらない。同じ調査では、番組で紹介された商品やサービスを検索した人は6割超、実際に購入したり店舗に足を運んだりした人も半数を超えた。数字だけを追いがちなWeb施策では、なかなか見られない反応の濃さだ。いま、企業やマーケターたちがこの事実に注目し始めている。
|
|
|
|
●届きにくい時代の「継続的な接点」
というのも、企業からの発信はかつてなく届きにくくなっているからだ。例えば、SNSの投稿はタイムラインを数秒で流れ去り、動画は最後まで再生される前にスキップされる。広告に至っては、受け手が「これは宣伝だ」と察した瞬間に関心を失ってしまう。予算を積んでも、メッセージがそのまま相手の中に残る保証がない。
ポッドキャストは、その対極にある。押しつけられて流れてくるのではなく、リスナー自身が選んで再生する「能動的なメディア」であるため、広告のような一度きりの露出ではなく、時間をかけて関係を築ける「継続的な接点」として、企業は音声に目を向け始めている。
筆者はこれまで、企業のポッドキャスト番組を年間500本以上、累計2500本以上手掛けてきた。その現場で繰り返し実感してきたのは、音声が「認知」「採用」「ファンづくり」「社内の一体感の醸成」まで、想像以上に幅広い効果を発揮するということだ。
●声がつくる「信頼」の蓄積
|
|
|
|
では、なぜ「音声」なのか。カギは接触の質にある。自分から選んで再生するからこそ、その内容は身構えられることなく届く。
接触時間が長い
ポッドキャストには20〜40分、ときには1時間を超える番組も少なくない。それらは通勤・通学などの移動中や、家事、運動、ゲームなど、別のことをしながら聴かれることが多い。派手さはなくても、耳から届く声は日々の生活に自然に溶け込み、比較的長い時間にわたってリスナーとの接点を生み出す。
実際、筆者が手掛ける番組では、エピソード全体のうち、実際に再生された割合を示す「平均再生率」が、おおむね80〜90%となっている。30分の番組であれば、平均して24〜27分が聴かれている計算だ。これは筆者の番組だけに見られる傾向ではない。
2018年に『WIRED』が米国の主要ポッドキャストネットワーク各社に取材した記事では、Midroll Media(米国のポッドキャスト広告・配信会社)で平均約90%、Panoply(米国のポッドキャスト制作会社)およびHeadgum(米国コメディー系ポッドキャストの制作会社)で通常80〜90%までエピソードが聴かれていると報告されている。
数秒から数十秒で情報に触れ、すぐ次のコンテンツへ移ることも珍しくない中で、一つのコンテンツにこれだけ長く接触してもらえることは、ポッドキャストの大きな特徴である。
押し売り感が薄い
また、ショート動画など尺の短い媒体ほど訴求が強くなりがちで、受け手は身構えやすい。一方、音声なら、経緯や体験談から自然に語り出せる。聴き手は「売り込まれている」というより「話を聞いている」感覚のまま、内容を受け取っていく。
声そのものが情報を運ぶ
さらに、間の取り方や笑い声、ふと熱が入る瞬間など、文字では伝わりにくい感情も、音声ならまっすぐ届く。喫茶店で隣の会話につい聞き入ってしまうような、自然な親しみやすさがある。
長い接触、感情の伝達、そして双方向のやり取り。これらが折り重なった先に生まれるのは、情報の伝達ではなく信頼だ。「なんとなく良い」「ここなら任せられそう」という感覚は、最後のひと押しを左右する。ポッドキャストは、数字では測りにくい信頼を少しずつ積み上げていくメディアだといえる。
●認知・採用・ファンづくり・インナーブランディング
その効果は、企業活動のさまざまな場面で現れる。
認知・第一想起
自社の専門分野について実務者が語り続けると、「この分野ならこの会社」という想起が育つ。筆者たちが制作を手掛けたある専門テーマの番組では、配信を機に講演や登壇の依頼が短期間で10件ほど増え、書籍化の話まで舞い込んだ。短い動画では伝えきれない背景や考え方まで届けられるため、認知の先にある信頼が積み重なっていく
採用
手応えが早いのは採用だ。エン・ジャパンの調査では、応募者が「知りたくても、自分では調べきれなかった」と答えた項目のトップは「職場の雰囲気」で55%。最も知りたいのに、最も見えにくい部分である。
あるIT系の大手上場企業(年間で数十人規模の新卒を採用し、エントリーは数千件に及ぶ)では、1本40分ほどの採用番組にもかかわらず、面接前に3〜4本聴いてくる候補者が続出した。その結果、辞退率は下がり、選考通過率は上がった。会社説明に割いていた時間が、そのまま本質的な対話へと変わったのである。
ファンづくり
筆者たちが関わるある番組のリスナー交流会では、初対面同士が番組の話題ですぐに打ち解けていた。受付を買って出る人や、次回の企画案を持ち込む人まで現れた。
ただ聴くだけの存在ではなく、番組を一緒に育てる仲間になっていた。また、ある英会話教室の番組では、聴き手の動機が「英語を学びたい」から「この先生に習いたい」へと変わり、入会後に長く続く人が増えたという。
●企業ポッドキャストの課題
ここまでポッドキャストの可能性を述べてきたが、課題もある。まず、短期間では広がりにくいことだ。ショート動画のように、アルゴリズムによって一気に拡散される仕組みは乏しく、リスナーは口コミや検索を通じて、少しずつ増えていく。配信開始後しばらくは、再生数の少なさに不安を覚えるかもしれない。
次に、続けることの難しさがある。1本の番組を制作するには、収録や編集など相応の手間がかかり、担当者の熱意だけに頼った運営では、長続きしない。実際、数回で更新が止まってしまう企業番組は少なくない。テーマ設計や運用の型をあらかじめ決め、無理なく続けられる体制をつくれるかどうかが、成否を分ける。
そして、成果が見えにくい。再生数や登録者数だけを指標にすると、費用対効果を説明しづらい。だが、本来ポッドキャストが育てるのは、数字では測りにくい信頼や関係性である。何をもって成果とするか――その評価基準を、始める前に社内ですり合わせておくことが欠かせない。
●「広告枠」ではなく「資産」として
メディア施策というと、真っ先にその施策からどれだけ成果(コンバージョン)が生まれるのかを短期的に求めがちである。しかし企業が目を向けるべきなのは、成果報酬広告のように直接得られる収益だけではなく、時間をかけて積み上がる関係性そのものだ。
配信を重ねるほど、企業への理解や共感が深まり、聴き手との距離は縮まっていく。ポッドキャストは一度きりの発信物ではなく、時間とともに価値が高まる、自社メディアという「資産」になる。
ただし、成果が表れるまでには時間差がある。配信の翌日に数字が跳ねる類のものではなく、静かに、しかし確実に効いてくる。だから評価も二段構えで見るとよい。採用の効率化や広報コンテンツの省力化といった「すぐ表れる実務効果」と、リピート率や「人に薦めたいか(NPS)」に表れる「じわじわ育つ関係性」だ。
同じ水準のエンゲージメントを他の施策で得ようとした場合のコストと比べれば、その費用対効果は十分に説明できる。売り上げを直接生む装置ではない。しかし、売り上げが生まれやすい「選ばれる状態」を、ほかでは代えにくい形でつくっていくのである。
情報があふれ、いくらでも「それらしい」文章や音声をAIが生み出せる時代になった。だからこそ逆説的に、その会社で働く人の実感や、事業に向き合う人の温度感がにじむ「本当に思いを込めて話す声」の価値は増していく。一瞬の注目より、長く残る信頼を――企業がいま、もっとも人間らしさが伝わるメディアである「声」を選び始めているのは、そのためだ。
(富山真明、オトバンク ポッドキャスト事業PitPa責任者)
|
|
|
|
|
|
|
|
Copyright(C) 2026 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。