
ロシアによる軍事侵攻が4年半続くウクライナ。せめて、子どもたちに「空襲のない夏休み」を過ごしてほしい…、そんな想いで始まったプロジェクトがあります。日本に招かれた子どもたちが異文化に触れ、つかの間の平和のなかで感じたこととは。
【写真を見る】「かわいい!」神社で巫女体験 ウクライナの少女
日本で「空襲のない夏休みを」 ウクライナから来た子どもたち7月28日、成田空港に降り立ったウクライナの子どもたち。全員、日本に来るのは初めてです。
渋谷を案内するのは心理カウンセラーの浮世満理子さん。4年にわたりウクライナ避難民の心のケアに取り組んできました。
戦火にさらされる子どもたちに「空襲のない夏休み」を過ごしてほしい。クラウドファンディングや支援者の協力を得て、来日を実現させました。
今回、来日したのはキーウで日本語を学ぶ13歳から16歳の男女5人。
浮世満理子さん
「子どもたちって本当に、戦争の中での一番の被害者でありながら、それでも日本語を勉強しに来てくれたり、とてもリスペクトを感じました。空襲のない一晩を日本で少しでも、夏休み期間、過ごしてほしいなと」
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この日は浮世さんの自宅で“鍋パーティ”。子どもたちは和気あいあいと準備を進めます。
Q.ウクライナでは男の子も家でお手伝いする?
エリーさん
「(笑いながら首を振り)お父さんはこうやって、テレビの前でぼーっとしたり、お母さんは(料理)」
流暢な日本語で場を盛り上げるのは16歳のエリーさん。キーウ市内の高校に通いながら、2年間、日本語の勉強を続けています。
エリーさん
「日本人と話したいと思って。知り合いがいて、英語じゃなくて、その人の母語で話してみたいと思って。 あとやっぱり文化も(好き)。お辞儀したりとか、すごく丁寧な身振りとか」
エリーさんは母親と妹、祖母との4人暮らし。父親は5月に徴兵され、戦地での任務にあたっています。
特に6月以降キーウでは空爆が激しくなり、眠れない夜が続いているといいます。
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エリーさん
「6月は本当にうるさかったというか。一日中何もなくて、夜にばーって急に。自分は大丈夫だけど、お母さんとか妹は怖がったりしていた」
今や日常の一部となってしまっている「空襲警報」。鍋パーティの最中にも、ウクライナから持ってきたスマートフォンから、空襲を知らせるアラームが何度も鳴り響きます。
引率の先生
「キーウだけで今日7回目の警報です」
戦争が子どもたちから奪ったのは「平穏な夏休み」だけではありません。
ディアナさん(13)
「私の誕生日のとき、花火がある(花火をやった)」
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Q.いつのお誕生日?
「6歳」
以前は、誕生日を花火でお祝いしていましたが、戦争が始まってからは、国から禁じられたといいます。
引率の先生
「お正月やウクライナの独立記念日には、キーウで毎年花火が上がっていました。しかし、2022年の軍事侵攻以降は、これらのことができなくなりました」
日本では“夏の風物詩”。ディアナさんは浴衣を着て花火を見ることを楽しみにしていました。スマホをかまえ、夜空を見上げます。
ディアナさん
「こんなに綺麗なものが、怖い音になっている」
子どもの頃から慣れ親しんだ花火の音が、空襲と重なって聞こえる。少し戸惑った表情を浮かべるディアナさん。それでも、4年半ぶりのこの瞬間を記録しようと、カメラを向け続けました。
ディアナさん
「戦争は既に5年目になっていて、最初は『爆発の音ではない』と気持ちを切り替えることが難しかったです。音は大きかったですが、とても綺麗で気に入りました。最後の方はリラックスして観ることができました」
Q.毎日ゆっくり眠れている?
エリーさん
「ゆっくり。元に戻ったって感じです」
日本でのつかの間の“日常”を楽しむ子どもたち。この日は神社で巫女体験。日本の「和の心」を学びました。
宮司
「“共生”といいます。共に生きる。日本はそういう国です」
体験したのはお守りに神様の力を込める儀式。ひとつひとつ丁寧にお守りを並べ、神社へと運びます。一日も早くウクライナに平和が訪れるよう、祈りが捧げられました。
エリーさん
「(巫女の)着装はとてもすごく気に入りまして、ウクライナとの文化が違って面白かったです。かわいいし」
ウクライナとは全く異なる文化に触れながら過ごした日本での“夏休み”。この20日間でエリーさんは将来へのある想いを強くしました。
エリーさん
「日本に来て、ちょっと将来を変えたいって思いました。色々やってみたいんですけど、やっぱり外交官になって、戦争が起こらないように。日本人、ウクライナ人(ということ) を除いて、相手の性格だけを見る世界に暮らしたい」
喜入友浩キャスター:
エリーさんは帰国前「平和な日本に残りたい」という気持ちもあったそうですが、日本で感じた平和な日常の良さを母国に帰って周りに伝えて、平和につなげていきたいという想いを強くして日本をあとにしたということです。
上村彩子キャスター:
「外交官になりたい」と語る姿はとても頼もしかったです。
一方で、花火の音を空襲に重ねてしまう子もいて、空襲に怯える生活を強いられてるということも垣間見えました。

