
生成AIの急速な普及は、ホワイトカラー業務の在り方を揺さぶっている。将来の雇用に不安を抱くオフィスワーカーも見られる中、注目したいのが製造・建設といった現場の最前線へとキャリアをシフトする動きだ。
デスクワーク中心のオフィスワーカーがAIによる代替の危機に直面する一方で、製造業や建設業などの「現場」で働く人々にはどのような影響が生じ得るのか。これからの現場リーダーを担うのは、どんな能力を持った人材なのか。
東京大学名誉教授の藤本隆宏氏への取材から見えてきたのは「仕事のライトブルー化」と「現場サイエンティスト」の台頭だった。
●ホワイトカラーとブルーカラーの境界が消える
|
|
|
|
まず前提として「ホワイトカラー」と「ブルーカラー」という言葉の定義を考えたい。藤本氏は「これらは人材の属性ではなく、仕事(タスク)の分類だ」と指摘する。
ブルーカラー業務とは、体を動かしてモノや環境に働きかける物理的な作業を伴うもの指す。対してホワイトカラー業務とは、データ収集や分析、指示出しなど、情報空間で完結する情報処理の作業だ。
デジタル技術が導入され、自動化が進んだ工場や建設現場を思い浮かべてほしい。現場における1日の作業内容をひも解くと、モニターやメーターで作業が正常に進行しているか確認したり、データの集計や仮説立案をしたり「ホワイトカラー的作業」が大きな割合を占めていることに気付く。一方、異常時の対応や段取り替え(生産ラインにおいて流す製品に合わせて装置などの設定を変更する作業)、改善のための実験など、物理的な「ブルーカラー的作業」も存在する。
「この1日の業務を時系列の帯グラフにし、ホワイト作業を白、ブルー作業を青で塗り分けたとします。すると、白と青が入り交じったそのグラフは、遠目に見れば水色(ライトブルー)に見えるでしょう」(藤本氏)
このような仕事を担う人材を藤本氏は「ライトブルー人材」と呼び、日本の生産現場の多くは、今後こうしたライトブルー職場へと変貌を遂げていくと予測する。
|
|
|
|
現場で体を動かす「現場アスリート」としての役割を残しつつも、生産工程全体の効率や品質を高めるための仮説検証と実行を回す「現場サイエンティスト」としての仕事が増えていく。「日本のものづくり現場において、従業員、特にリーダークラスの仕事に、こうした仮説検証の仕事が多くなっていく」と藤本氏は話す。
●AIに「奪われる現場」と「助けられる現場」
生成AIをはじめとするテクノロジーの進化は、ライトブルー化の流れを促進すると考えられる。生成AIがもたらす雇用的・心理的なインパクトは、純粋なホワイトカラー職場と現場のライトブルー職場とでは異なる。
ホワイトカラーとして分類される、情報空間で完結する仕事は、AIによって大幅に代替される。デスクワーカーの間には「10年後に自分が職場で活躍している姿が想像できない」という不安が広がっている。
一方、ブルーカラーの仕事ではどうだろうか。現場では、異常の検知・警告や原因の推定、改善策の提案などはAIが担えるようになる。しかし、最終的な意思決定や物理空間での機械操作・緊急対応といった「人間が体を動かして実行する局面」は残る。
|
|
|
|
「現場におけるAIは、人間の仕事を奪うものではなく、人間の意思決定と実行を『補完』し、助けてくれる存在となる。AIやDXを活用することで、むしろ将来の『明るい現場』が想像しやすくなるかもしれない」(藤本氏)
また、これまで日本企業の一部に「本社のホワイトカラーが勝ち組、現場のブルーカラーが負け組」といった潜在意識が存在していたとしたら、今後、大きく覆る可能性があるとも同氏は指摘する。
●これからの生産現場で活躍するのは誰か? 求められる能力
こうした変化を見て、筆者は「ビジネススキルやデジタル知識を持った元デスクワーカーが現場に入り込めば、優位に立つのではないか」という仮説を持った。しかし藤本氏は、この想定に対し「デスクワーカー出身であることの優位性も不利性もない」とする。「重要なのはどのような能力構築をするかであり、今後の日本の企業や産業の競争力強化や成長にとって何が必要かということだ」
現場で活躍するために重要なのは、問題発見と解決、仮説の立案と検証という「科学的な思考」が得意かどうかだと続ける。
例えば、長く生産の現場に従事してきた人材や、製品開発や技術開発を担ってきた人材などは、追加の教育を受ければ、生産革新や技術革新といったライトブルー的な業務に、効率的に参加しやすい傾向がある。一方で、その能力に達していない人は、OJTや社外研修などにより、多少時間をかけて現場で求められる能力を身につけていく必要がある。
このように、活躍までの時間に多少の違いはあるかもしれないが、高卒や大卒、中途採用、非正規やホワイトカラーからの転換など、どのようなバックグラウンドからスタートしても関係ない──というのが藤本氏の考えだ。
不可欠なのは「ホワイトカラーが上位」という古いマインドセットを切り替えることだ。学歴や職歴にかかわらず、現場へのリスペクトを持ち、新たな能力を身に付ける意欲さえあれば、誰でも現場に貢献できる。
実際に、非現場出身者が躍動するケースは生まれている。藤本氏によると、人手不足に悩む北海道の中小製造業で、オフィスワーク経験を持つ30代後半の女性が再就職で生産現場に入り、高性能なNC工作機械(数値制御技術を使用して動作する工作機械)の操作を担っている事例もあるという。
●「元デスクワーカー」は武器になるのか 現場で必要なのは学歴や職歴ではない
仕事のライトブルー化が進み、多様な人材が現場に合流する場合、企業の評価制度に影響はあるのか。藤本氏は「デスクワーカー出身者が増えるからといって、それに基づく特別な人事制度への変更はない。それをやる会社は本質を見誤っている」と警鐘を鳴らす。
勤続年数のみで一律に賃金が上がる「年功給」から、職務内容や遂行能力に応じた「職務給」や「職能給」への移行は、現場業務のライトブルー化とは別で、半世紀以上前から言われ続けている日本の経営課題だ。現場力の高い先進的な生産現場では、職務給などへの切り替えがすでに進んでいる。
重要なのは、学歴や従来の出身職種といった属性による待遇のギャップを排し、実質的な貢献度で評価する姿勢だ。例えば、現場で日々データや異常事態に向き合ってきた人材と大卒の技術者が、共通の知識レベルでチームを組み、対等な立場でDX推進に取り組む――そんな環境を作ることが企業には求められるのかもしれない。
「とある製造企業では、生産現場のチームリーダーの名称を『現場サイエンティスト』に変えている。私が理解する限りでこの名称は、日々、現場で異常対応や改善活動、生産革新に挑むリーダー層への深いリスペクトから生まれている。デジタル化を流行として捉えている生産現場とは視点が異なっている」(藤本氏)
出身がどこであろうと、付加価値を生み出し、周囲を助け、明るい現場づくりに貢献する人材を正当に評価する。言葉にすると当たり前に聞こえるかもしれないが、これがあるべき評価制度の姿なのだ。
「ホワイトカラーか、ブルーカラーか」という二項対立の時代は終わりを迎えようとしている。
経営陣やリーダーに求められるのは「現場での勤続年数」を評価することでも、デジタル偏重の「元デスクワーカー優遇」でもない。現場でサイエンスを実践する全ての人材を適切に教育し、評価する姿勢だ。
変化を恐れずマインドセットを切り替えた人材が集う「明るく強い現場」こそが、これからの日本の競争力をけん引していくエンジンとなるはずだ。
|
|
|
|
|
|
|
|
Copyright(C) 2026 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。