元反社、現役反社が一堂に介し、「ヤクザを辞めたその後の人生」について語った 2011年に施行された全国暴排条例から約15年。その間、暴力団はますます縮小する一方、トクリュウの台頭など反社は形を変えて時代を生き延びてきた。一方では、足を洗った人間も少なくないが、それは茨の道だという。龍谷大学犯罪学研究センター嘱託研究員などを務める社会学者の廣末登氏は、次のように話す。
「元暴力団員の場合はいわゆる“元暴5年ルール”があって、銀行口座が作れない、賃貸住宅を借りづらいといった制限がかかる。そうなると社会復帰したくても、まともな就職はもちろん、自営業も厳しいのが現実。このせいでうまく社会復帰できずに、再び犯罪に手を出してしまったり、ヤクザや半グレの手下となるようなケースが過半を占めています」
当事者に聞くと、そんななか、社会復帰ができる人とできない人の差が明確に浮かび上がった。
◆“キレ癖”が抜けず、なかなか社会生活が送れない
静岡県某市を拠点とする元ヤクザの丸岡忠雄(仮名・40代後半)は、“キレ癖”が抜けず、なかなか社会生活が送れないという。
「7年前に某組織から破門されてカタギになりました。ヤクザ歴は20年ちょっと。俺はシノギ(経済活動)が苦手なタイプでしたが、腕っぷしには自信があった。今思えばそれが仇となり、ヤクザを辞めてからも、まともな職につけていない。何とか職を得ても、カタギに使われるという状況に耐えられなくなってしまうんです」
丸岡のようなタイプが「もっとも社会復帰が難しい」と前出の廣末氏も言う。
「いわゆる元ヤクザには大きく2つのタイプがある。地頭がよくコミュニケーション力のあるタイプと、アンガーマネジメントができないタイプ。後者は組織の中にいるときも厄介者扱いされ、居場所をなくしてしまうし、社会に出ても当然、うまくいかない。一方の前者はコミュ力に優れ、必要に応じてキレる演技ができ、現役時代にしっかりとカネをためカタギになってもうまくいく人が多い」
◆同業者の「タタキ」に遭い、障害者に。やむなくカタギとなる
5年前まで関西系の大手組織三次団体の幹部だった田宮祐介(仮名・30代後半)はさらに悲惨な思いを味わってきた。
「一時は、特殊詐欺グループを率いて、毎月1000万円超の収入があった。毎晩、ミナミや北新地のクラブに弟分を連れていき、一晩で700万円使ったこともある。シャブにも手を出し、夜毎、乱交パーティーですよ。全盛期でした。だが、そんなことばっかりしていれば当然、目立つし、噂にもなる」
そして5年前のある日、田宮は自宅マンション近くで数人のマスク姿の男たちに囲まれ、ナイフを突きつけられ、自宅に押し込まれ凄惨な暴力を受ける。いわゆる「タタキ」だ。
ハンマーで頭部を殴打され、頭蓋骨が陥没。太腿をナイフで刺され、自宅に保管していた現金約6000万円を奪われた挙句、怪我の影響で障害者となってしまったのだ。
「もともと犯罪収益だったので、警察に届け出るわけにもいかず、泣き寝入りです。足と言葉がかなり不自由になり、自ら組を脱退するしかなかった」
◆ヤクザをやめて18年…「今も迷子のような人生」
どっちつかずで葛藤しているケースもある。
一世を風靡した暴走族「習志野スペクター」21代目総長で元暴力団の羽月カズヒロ氏(52歳)はこう話す。
「破門されてヤクザをやめて18年。5年ルールがない時代だったので生活に支障はなかったけど、やはり世間の目は厳しいし、自分の性分もあってか、今も迷子のような人生ですよ」
20代の頃は闇金を運営して巨万の富を得た時期もあった。しかし組織にもなじめず、網走刑務所などに複数回服役した。
「小中学生時代の仲間も全員ヤクザになり、今も付き合いがあるだけで密接交際者と言われ、白い目で見られる。でも、ガキの頃からの友人を遠ざけるのが人として正しいのかという迷いもある。全身入れ墨だらけだし、仕事に差し支えることもあるけど、割り切れないまま何とか頑張るしかないですよね」
◆反社をやめても食っていけるのは「目の前の仕事をきっちりやる」人間
一方、予後が良い元反社の条件は何か。都内に拠点を持つ大手組織の現役幹部・佐藤正(仮名・50代前半)は言う。
「『ラブ上等2』で、人に火をつけたと語ってネットで炎上してたけど、そんなことは“まともに”ヤクザやってりゃ、誰でも経験のある話。未解決の殺人事件なんて山ほどある。企業舎弟の産廃業者に頼んで“処理”してもらったりね。だけど、そういうことがうまくできる奴が、俺たちの世界では“真面目”で“ちゃんとしてる”奴と評価される。その後の人生でうまく社会復帰できているのは、目の前の仕事をしっかりやった奴なんよ」
極めて稀な例だが、松岡瞬(仮名・40代前半)はまさにそれだ。松岡は10代半ばから札付きの悪として地元では有名な不良だった。その後、ヤクザにスカウトされた。
「ヤクザ歴は5年ほどでしたが、とことんヤクザとして生きたと思っている。シノギとしてはモノ(薬物)の密売とか、恐喝とかいろいろ。しかし、あるとき組に迷惑をかけるような大きな失敗をしでかして、破門となってしまった。そのとき味わった悔しさが、カタギになってからの原動力になっていると思います」
松岡は辞めて半年後、誰もが知る大手コンビニでアルバイトをはじめ、すでに10年が経つ。一見したところ“ヤクザ臭さ”は皆無。言葉遣いも丁寧で、見た目も真っ当な社会人にしか見えない。現在は都内某店で店長に上り詰め、近々独立し、フランチャイズ店を持つ予定だという。
◆14年間、中国の監獄で暮らした元ヤクザが足を洗ったワケ
ほんの1年前、警察に離脱届けを出したばかりの富三(通称・50代)のケースも興味深い。彼は2年前まで14年間、中国の監獄で暮らしていた元ヤクザだ。
「中国国内で覚醒剤の取引をしているときに、内通者がいて、公安に逮捕された。3キロもの取引だったため、本来なら死刑だけれど、日本のオヤジ(組長)が裁判官や弁護士に多額の賄賂を秘密裏に渡してくれたおかげで懲役14年で済んだんです」
しかし、富三が服役中、尊敬してやまないオヤジは他界。日本に強制送還された富三氏は、「オヤジがいない組でヤクザをやる意味がない」と足を洗ったのだ。そして現在は夜の店の送迎ドライバーとして週6日働いている。
「中国人の奥さんができてね。彼女のためにも、ちゃんと働こうかなと思った。それだけですよ」
◆『怒羅権』初代総長の現在
最後に警察から「準暴力団」と呼ばれる中国残留孤児の子弟が中心で生まれた『怒羅権』の初代総長・佐々木秀夫にも話を聞いた。
「俺の場合、マフィア化した怒羅権で、さまざまなシノギをやってきて、ムショにはこれまで6回入ってる。もちろん、人を怪我させたり、加害者になったこともある。でも、それは、やらなければやられてしまうという育ちや環境も大きかった。反省はしているが、その時代、時代を、懸命に生きてきたと自分では思っています」
そんな佐々木は現在、最後の出所からすでに8年間、大工として家族を養っている。
うまく社会復帰できる人間とできない人間の大きな違いは、カタギになる理由の有無かもしれない。前出の廣末氏はこう補足する。
「反社引退後のポイントは、1に再出発するカネがあるかどうか。そして、支えてくれる人間が周りにいかにいるか。それと本人が大切にしたい、守りたいものがあるかどうかです」
元反社の明暗を分けるものは、意外とシンプルなのかもしれない。
【廣末登氏】
社会学者、ジャーナリスト。龍谷大学犯罪学研究センター嘱託研究員、久留米大学文学部非常勤講師、法務省・保護司。著書に『ヤクザが消えた裏社会』 (ちくま新書)など
取材・文/根本直樹