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阪神西勇輝投手(35)が、今季限りでの現役引退を決断したことが24日、分かった。08年ドラフト3位でオリックスに入団し、FA移籍で19年から阪神でプレー。精密なコントロールと投球術を武器に、勝利と数々の記録を積み重ねた。今月3日には、ヤクルト石川に並ぶ史上2位の306試合連続先発の記録を作ったばかり。最後まで「100%」の力を出せる選手でいることにこだわり、プロ18年目にユニホームを脱ぐことを決めた。
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連覇を目指すチームのために腕を振りながら、西勇は人知れず決意を固めていた。
「中途半端な気持ちで野球をやりたくなかった。70%ぐらいの気持ちで行けば多分できたんだろうけど、『0』か『100』だから。自分の中で区切りがついたんじゃないかなと思います」
18年戦ったプロの舞台に別れを告げ、今季限りで引退することを決めた。
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昨年4月に右ひざの内側側副靱帯(じんたい)変性と診断。長年先発ローテーションを守ってきた“勲章”とも呼べるケガだった。今年4月30日ヤクルト戦で617日ぶりの白星を手にしたが、その影響はずっと続いていた。
「見失った自分がいた。こういうふうに投げたい、けどひざが痛かったから、いい形に戻らなかった。時間がかかったし、ちょっとのズレが、気づかずに大きなズレになっていた。そこが一番苦しかった」
感覚を取り戻そうと白球をにぎり、懸命に自身と向き合ったが、悩む時間も増えた。6月に人知れずユニホームを脱ぐ決断をし、7月には近しい関係者に報告を済ませ、感謝の思いを伝えていた。
「まだ、できるよ」。そんな言葉もたくさんかけられた。しかし、最後まで全力で野球に向き合った自分でいることにこだわった。
「心技体と言うぐらいだから、それが1つでも欠けたら、やっぱり不一致になる。そこがかみ合ってないから、このまま野球やってもどうなのかな? って考える時期が増えた。ケガがなかったら、多分辞めるという気持ちになっていないと思う。でも、そのタイミングが来たということじゃないかな、遅かれ早かれ」
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三重・菰野高からオリックスに入団。プロ3年目の11年10月13日からずっと先発マウンドに立ってきた。100勝、2000投球回、1500奪三振と積み重ねてきた数字は、腕を振り続けた証しだ。
マウンドでは、プレートの一塁側ギリギリに軸足を置く。緻密(ちみつ)な制球力を生かすため、プロ1年目にこの位置に変えた。「生きるために必死やった」。剛腕たちに負けない、知恵と個性と根性で生き抜いた。
今はやりきった思いがある。「幸せでしょ。投げられてきたから。後悔はない。ドラ3から入ってきて、高卒で。十分な成績を残せたと思う」。後輩たちに夢を託して、マウンドを降りる。
◆西勇輝(にし・ゆうき)1990年(平2)11月10日生まれ、三重県出身。菰野から08年ドラフト3位でオリックス入団。3年目の11年、先発の一角を担い10勝をマーク。12年10月8日、シーズン最終戦のソフトバンク戦で無安打無得点。18年オフにFAで阪神移籍。23年に全球団勝利。ゴールデングラブ賞1度(19年)。球宴出場3度(12、14、15年)。15年プレミア12日本代表。181センチ、83キロ。右投げ右打ち。
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