
“中村晃を30年以上前から知る男”中日の高島祥平打撃投手(36)が、1学年先輩中村晃内野手(36)への思いを語った。【石橋隆雄】
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「中村晃さんがいなかったら今の僕はないし、この世界にも入れていなかった」。高島さんと中村晃は家が近所で小学生のころから一緒に西武ドーム(現ベルーナドーム)に西武戦を観戦に行っていた。中村晃は松井稼頭央の大ファンで、高島さんは小関竜也が好きだった。当時、外野は芝生席。「試合中にペットボトルのキャップで野球していました。そのころの打撃はたいしたことなかったですけどね」と笑う。当時から無口な中村晃は、笑うだけでみんながざわついていたという。
高島さんは小学生のころはアイスホッケーをしていたが、朝霞市立朝霞第二中ではともに軟式野球部でプレー。「中村晃が帝京に行ったから僕も行った」。中3の時、神宮球場での帝京の試合を見に行った時に中村晃が左翼フェンス直撃の強烈な打撃を見て「知ってる中村さんじゃない。すごい」と思った。
帝京では学校内では厳しい「先輩の中村さん」だったが、学校を1歩出ると昔から仲良しの「近所の中村さん」だった。東武東上線組として毎日、一緒に通った。「席は早いもの勝ちだったんで、僕が座って中村さんが立っていたこともありましたね」と懐かしんだ。
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「高校時代、試合中に一塁からマウンドに来て『ちゃんと投げろ!お前!』って言うのが怖かったですね。ほかの選手の時は周りに聞こえるような大きい声で言うのに、僕にはぼそっと言うんですよね」。06年8月17日の智弁和歌山との12対13で負けた“伝説の試合”に高島さんは先発し3回3失点。「打たれて、どうしようと思って記憶がないんですよね。あの日は中村さんから声かけられてないですね」。心境を察してくれた優しさを思い出した。
1年遅れで中日に入団。2年目の10年に2軍戦の雁の巣で初対戦。内角直球2球で追い込んだが外角のカットボールを左前にはじき返され安打を許した。「そのときの映像見ると、本当にすごく悔しそうな顔をしているんですよ、僕。高校の時も真剣勝負はなかったのでうれしかったし、本当に抑えたかった」と笑う。
14年シーズンから打撃投手として同じ世界で中村晃の活躍を見てきた。今季交流戦の6月4日、7回に無死二塁のチャンスで代打で登場も金丸の2球目、内角高め146キロで二飛。本人も引退会見で引退を決めた時期と話していたが、高島さんも「本来あそこの球であんな打球を打つ人じゃないので、潮時かなとは感じましたね。成績も悪かったし、昨年の腰のけががなければとは思いますが…」と、言葉を交わさなくても、感じるものがあった。
最後に伝えたいことはと聞かれると「たまにはメシ食わせろ! ですかね」。小学生のころから続く関係は今も、これからも変わらない。
◆高島祥平(たかしま・しょうへい)1990年(平2)8月4日生まれ、埼玉・朝霞市出身。帝京高校では1年夏からベンチ入り。同学年に元日本ハム杉谷、1つ下に元阪神原口、DeNA山崎がいる。08年ドラフト4位で中日に入団。4年間で1軍登板は1試合に終わった。14年シーズンから打撃投手を務める。右投げ右打ち。
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◆中村晃(なかむら・あきら)1989年(平元)11月5日、埼玉県生まれ。帝京で2年夏から3季連続甲子園出場。07年高校生ドラフト3巡目でソフトバンク入団。11年5月3日楽天戦で初出場。14年最多安打。20〜23年ゴールデングラブ賞。21年10月9日オリックス戦で全打順本塁打を達成。通算1662試合、1522安打、69本塁打、556打点、打率2割7分4厘。球宴出場2度。15年プレミア12日本代表。175センチ、81キロ。左投げ左打ち。
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