
錦織圭という奇跡【第46回】
杉山愛の視点(3)
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◆杉山愛の視点(1)>>私の助言も「あ、本当だ」と素直に耳を傾ける
◆杉山愛の視点(2)>>錦織圭の魅力をどのようにテレビ番組で伝えたか
錦織圭は、なぜ錦織圭になり得たのか──?
これは、本連載『錦織圭という奇跡』を続けるなかで、ほぼすべてのインタビュー相手にうかがってきた命題である。
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取り立てて体格に恵まれたわけでもないなかで、なぜ錦織は世界4位までいけたのか?
ある人はその理由を「天賦の才」に求め、ある人は「環境」に求めた。天才肌と見られがちな彼だが、とてつもない努力家であり、理詰めの練習やトレーニング方法にこそ強さの理由がある、と言う人も少なくない。
では、杉山愛さんの目には、錦織圭はどのように映っているのだろうか? シングルス世界8位、ダブルスは世界1位に上り詰めた日本テニス界のレジェンドに、まずうかがってみた。「錦織圭の練習は細かい」という証言について、どう思われるかと。
「圭はたしかに、練習は細かいと思います」
杉山さんが、即答する。
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「細かくなるのは、『このシチュエーションになった時に、こういうところが足りない』というふうに肌で感じるからだと思います。たぶん、試合をしながらも『こういう時に、こういうふうなプレーができたらな......』と考えながらプレーしている。一つひとつのプレーのなかで、常にフィードバックがあるんだと思うんです。
だから試合が終わると、すぐに練習がしたい。試合の状況を想定したうえで、必要な特定のプレーを練習したくなるんです。空欄を塗りつぶしていくことによって、ほかのプレーとつながり、よりスムーズになっていくという感覚があるんだと思います。
やはり、あの地位まで上り詰めたからこそのきめ細やかさが圭にはあるし、それが周りから見ると『ものすごく細かい』というふうに映るんだと思います」
錦織の「きめ細かさ」を、杉山さんがきめ細かく解説するのは、錦織のその姿勢が杉山さんご自身の経験とも重なるからだろう。
「上に行くと、本当に試合しながら『この状況で、ここがちょっと足りないな』って思ったりするんですよ。でも、だからこそ、練習したいって思う。足りないピースを補強することで、また一歩レベルアップできたりするので、ごく自然に細かくなるところはあると思います」
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【錦織は少し顔を曇らせて言った】
1本のショット、ひとつのテクニックを単独で見るのではなく、目指すテニスの完成図を思い描き、欠けているパーツを獲得し、補完していく。
そのようなパーツを探すうえで不可欠なのが、コーチなど第三者の視点だろう。錦織は、そうした外部の情報を取捨選択する能力にも長けていると、杉山さんは見る。
「今の時代は情報があふれ、選手に対していろいろと言ってくる人も多い。そのなかで一番大事なのは、信頼できる人を周りに置くことだと思います。この人の言うことが一番しっくりくるという、信頼関係が大切になってきます。
そのような信頼できる人との取り組みをベースとしつつ、同時に、ほかの人にも耳を傾ける柔軟性も必要だと思います。ひとりの意見だけだと、どうしても偏ってしまうこともある。かたくなになってしまうと、ほかの人からの大切な情報を逃してしまうかもしれませんから。
ただ、あまり多くを聞きすぎると混乱するでしょうし、正反対の意見を言ってくる人たちもいるので、そこが難しいところですが......」
この杉山さんのお話をうかがって思い出したのは、2011年に錦織がブラッド・ギルバートをチームに招いた時のことだ。ギルバートは世界4位に至った、往年のトッププレーヤー。だが、それ以上に彼の名が知られるのは、アンドレ・アガシ(アメリカ)らを覚醒させたコーチとしての名声だ。
ギルバートの勝負哲学は、彼の著書の表題でもある『ウイニング・アグリー』に集約される。直訳すれば「醜(みにく)く勝つ」。一発の強打がなくてもいい。見た者の歓声を誘う華麗な身のこなしも必要ない。心理戦も含めた戦略性で勝つ術を、ギルバートは選手たちに授けてきた。
そんなギルバートと、ツアーコーチのダンテ・ボッティーニとのふたり体制について、2011年の夏頃、錦織に尋ねたことがある。その時、彼は少し顔を曇らせて「ふたりとも我が強いので、大変ですね」と言った。指導方針を巡ってふたりは正面から対立し、どちらも折れる気配がないというのだ。
【彼なら圭をプッシュしてくれる】
そのようなエピソードを杉山さんに伝えると、彼女は「ギルバートと圭は合わないだろうなと思っていたので、終わった時には『やっぱり』と思いました」と言った。ギルバートと錦織の契約は1年限りで終了。それから2年後の2013年末、2014年シーズンから新たに「レジェンド・コーチ」としてチームに加わったのが、マイケル・チャンである。
17歳で全仏オープンを制したマイケル・チャンは、杉山さんより3歳年上。小柄な東アジア系という共通点もあったためか、チャンは杉山さんを何かと気にかけてくれ、また杉山さんもチャンを尊敬していたという。
「マイケルも私も、契約していたラケットメーカーが同じプリンスでした。そんな縁もあり、現役の頃のマイケルの練習や試合への取り組みは、いろいろと見させてもらっていたんです。
それこそ彼は現役時代、通常のラケットより1インチ(約2.54センチ)長いラケットを使い始めて有名になりました。彼も背が高くないなか、いろいろと試行錯誤し工夫しながら、ラケットの長さで身長を補ったんです。私にも『長尺のラケットのほうがサーブのスピードが出るよ。愛も試してみなよ』と言ってくれたり。マイケルも、彼の兄でコーチのカールもすごく私に親切で、いつも気にかけてくれていました。
マイケルは人となりもすばらしいですし、本当にストイック。そういう意味でも、圭のコーチにはピッタリなんじゃないかなとは思っていたんです。特にメンタル的なところで、マイケルはめちゃくちゃ強くてタフでしたから、彼なら圭をプッシュしてくれる。
厳しく細かいトレーニングにしても、練習にしても、積み重ねていけば、やがてそれが日常になっていきます。マイケルがコーチになったことで、圭はグッと伸びました。選手にとって一番伸びる時期に、ピッタリな指導者に出会えるのは本当に大事なことだなというのも、圭の活躍を見てあらためて思いましたよね」
体系的かつ精緻な練習。助言を取捨選択する判断力。そして、よきタイミングでのよきコーチとの出会い。それら複数の要素が重なったことで、錦織は世界4位にまで上り詰めたというのが杉山さんの見立てだ。
【大事なものを嗅ぎ分ける力】
ここまでの話をうかがったうえで、あらためて杉山さんに問う。
錦織圭は、なぜ錦織圭になり得たのか──?
「うーん」と小さくつぶやき、少し考えてから「一番の要素は、やっぱり柔軟な考え方ではないかと思います」と、杉山さんは明言する。
「もちろんボールをとらえる能力はずば抜けていますし、神様からのギフトと言っていいのかわかりませんが、誰もがもらえるわけではない才能もたくさん持っていると思います。ただ、やっぱり最終的には、人の意見に耳を傾けること。そして大事なものを嗅ぎ分ける力。そこが本当に大事だと思いますね。
誰が信用できるかどうか見分けるのは、感覚的なところもあります。人間なので相性もありますしね。ただやっぱり、常に自分のことを見てくれているか、あるいは調子がいい時だけ寄ってくる人なのかというのは、ひとつの判断材料になるのかなと思います。特にツアーに出たら、本当にいろんな人がいる。日本人のみならず外国人もそうですし、そういうなかで自分にとって正しい人をチョイスできるかは、本当に大事なんですよね。
いくらすばらしい能力があっても、考え方が偏っていたり、人の縁に恵まれなかったりすると、道が途絶えてしまう。そう考えた時に大事になるのは、自分の哲学じゃないかなと思います。生き方や人生観が似た人と一緒に取り組んでいかないと、違う方向に行ってしまいかねない。
そういう意味で、まずは自分の哲学がしっかりしている。そして、その哲学に合う人かどうかを嗅ぎ分けられる能力が、圭の強みなのではと思います」
錦織が「柔軟な考え方」で構築した人々の輪のなかに、杉山愛さんもいた。
(つづく)
◆杉山愛の視点(4)>>
【profile】
杉山愛(すぎやま・あい)
1975年7月5日生まれ、神奈川県横浜市出身。4歳でテニスを始め、15歳で日本人初の世界ジュニアランキング1位となる。1992年にプロ転向。WTAツアーでシングルス6勝、ダブルス38勝を挙げ、世界ランキングはシングルス8位、ダブルス1位を記録。四大大会では女子ダブルスで3度、混合ダブルスで1度優勝。四大大会シングルスに62大会連続出場し、男女を通じた世界最高記録(当時)を樹立する。オリンピックには4大会連続(1996年、2000年、2004年、2008年)で出場した。2009年に現役を引退し、2023年度から国別対抗戦「ビリー・ジーン・キング・カップ」日本代表監督に就任。身長163cm。
