
玉城氏の3期目への挑戦はまさかの「ゼロ打ち」で潰(つい)えた
沖縄の次の4年間を決める県知事選は9月13日に投開票が行われ、新人の古謝玄太(こじゃ・げんた)氏が勝利を収めた。これまで争点となってきた、米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の「新基地建設」について、「移設容認」を掲げた保守陣営の勝利は12年ぶり。過去2回の県知事選を制してきた玉城氏がこれほどの大差で敗れたことについて、従来の沖縄政治の構図を覆した要因を探る議論が活発になっている。
そんななか、島で続いた「シージャとウートゥー」の伝統の変化を指摘する声もある。沖縄独特の「ヤンキー文化」の底流にある価値観はどう変容してきたのか。
【沖縄特有のネットワークの衰退】
14万7064票――。「接戦」との予想もあった沖縄県知事選は、ふたを開けてみれば古謝氏の圧勝に終わった。42歳の新顔だった古謝氏が、過去最多42万3124票を獲得したのに対し、三選を目指した玉城氏の得票は27万6060票にとどまった。票差のみならず、際立ったのは若い世代の「現職離れ」だった。
NHKが投開票当日に行った出口調査によると、10代と20代の70%台半ば、30代の70%台後半が新顔の古謝氏に1票を投じたという。読売新聞の出口調査でも、古謝氏への18歳から39歳からの投票数は玉城氏を大幅に引き離し7割に及んだとされる。
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「これだけ差が開いた背景として、これまでの知事選で主要な争点とされてきた『基地問題』についての若年層の関心が減退し、経済問題を重視する傾向がより強まったことがあるとみられます。ただ、経済政策を重視する現役世代の中にも玉城氏の支持層は一定の割合でいました。告示前までは玉城氏の陣営側から三期目続投を楽観視する声が出ていましたから、正直ここまで差が開くとは予想していませんでした」(地元メディア関係者)
玉城氏は、政界入りするまで地元ラジオ局でDJとして活動した。こうしたタレント活動で培(つちか)った知名度に加え、米軍人の父を持ち、ひとり親家庭で育った、という沖縄の戦後を体現するような人生を歩んだ玉城氏に対して一種のシンパシーを抱く県民は少なくなかった。
辺野古移設に「反対」を掲げる保革を超えた政治勢力を「オール沖縄」の枠組みにまとめた、翁長雄志前知事の後継として県政を担った玉城氏。県内外の保守勢力から目の敵にされる存在だったが、政治的なスタンスを超えた独特の支持基盤も築いていた。
過去最年少で沖縄県知事となった42歳の古謝玄太氏(写真中央)
背景にあるのが、「シージャ(先輩)」と「ウートゥー(後輩)」という言葉に象徴されるような、地縁に根差した島独特の人的ネットワークである。
「沖縄は年長者を重んじる儒教的価値観が強く残る土地です。玉城氏が生まれ育ったうるま市や玉城氏が政治家としてのキャリアを積んだ沖縄市といった県中部は、特にこの気風が強い。地域ごとに『やっけーシージャ(厄介な先輩)』と呼ばれるうるさ型の先輩がいて、そういう人の中にはデニーさんのファンも結構いました。過去の選挙ではそうした支持層の広がりを武器にしていた側面はありました」(同前)
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いわゆる「ヤンキー」的な価値観にもつながる「縦型」の人間関係は、本来、自民党などの保守系の支持層と親和性があるものだ。こうした人間関係のしがらみを票に結び付ける「ドブ板選挙」を得意としてきた小沢一郎氏に師事してきた玉城氏は、その勘所をよく心得ていた。
「あまり知られていませんが、沖縄県警の中にもデニーさんの支持者は多かった。大きかったのは県知事就任後から始めた空手です。県警の道場で警察官と一緒に稽古に汗を流す姿を見て『ファンになった』という人が少なからずいました」(県政関係者)
こうした、いかにも「シージャ」の心性をくすぐるような立ち振る舞いが、過去の選挙戦での強さを支えていたのであろうことは想像に難くない。
【ヤンキー層が玉城氏へ反旗!?】
一方、玉城氏の三選を阻んだ古謝氏は、県内有数の進学校である昭和薬科大学附属高校を卒業後、東大へ進学。総務省を経て2022年の参院選から政界入りを果たした、という経歴の持ち主だ。1972年の沖縄の日本復帰以降の生まれであることが「世代交代」を強く印象付ける結果となったが、選挙戦序盤は、そのピカピカの経歴を危ぶむ声もあった。
「古謝さんの母校である昭和薬科は、『薬科』の通り名で知られる私学の進学校。医師を父に持ち、自身も薬剤師の資格を持っている。東大から総務省という華々しいキャリアを積んだ点も専門学校出で叩き上げのデニーさんとは正反対です。
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特に一部の年長者からは、古謝さんは『尊大に見える』などと受けが悪かった。知名度や人柄ではデニーさんに分があるという声もありましたが、結果は古謝さんの圧勝に終わりました。
今回の知事選では、旧来の『シージャ』的な価値観、常識がもはや受け入れられなくなっていることも明らかになったように感じます」(同前)
玉城氏の陣営は、開票後すぐに当確を許す「ゼロ打ち」の屈辱を味わった。若者からの支持が壊滅的だったことを見ても、沖縄の政財界の中枢で活躍する「エリート層」のみならず、土着の「ヤンキー層」からも総スカンを食らっていたとみられる。彼らはなぜ玉城県政にノーを突き付けたのか。
玉城氏のおひざ元である沖縄市で建設業を営むAさん(21)も、今回の知事選で古謝氏に投票したひとり。17歳で器物損壊などの罪で補導されるなど「ウーマクー(悪ガキ)」な時期を過ごしたAさんは、「(玉城氏は)なんか俺らなんかみたいな地元の人間のことを見ていない感じがする。給料もあんまり上がらんできつい生活させられて。もっと住みやすい県を作れよと思っていた」と玉城県政の経済政策への不満を「不支持」の理由に挙げた。
辺野古の問題についても、「基地に反対してどうなるのか。どうせ反対しても還ってこないことにわーわー言っているのが心底、めんどくさぁって思う」と玉城氏に否定的な立場だ。
女子高生ら2名の死者を出した名護市辺野古沖での小型船転覆事故も、知事選の投票行動に少なからず影響を与えたと見られる
Aさんは、父親が米軍人と沖縄女性との間に生まれたアメラジアンという出自を持つ。米国人の血を受け継ぐ玉城氏の境遇とも重なる部分があるのだ。
ただ、Aさんが語る「基地容認」の立場の論拠は、国防論議で語られる基地の是非論とは微妙に異なる。自身の生い立ちにも由来するある「懸念」が、辺野古をはじめとする基地問題へのスタンスにも影響を及ぼしているのだという。
【二項対立に単純化できない沖縄世論】
「沖縄から、日本から米軍基地がなくなったら、自分みたいな海外の血が入っている人、いじめられないかなってシニ(とても強く)思う。お父がそうだったんで。基地反対、米軍出ていけって言うやつ。俺らにも言ってん?って思ってしまう」(Aさん)
巷で外国人排斥を唱える言説が広がるのを目にすると、不安はさらに募るという。
「外国人来るなっていうやつ。黙っとけよとマジで思う。こういう日本人は人間の皮かぶったバケモン。見た目は上品だけど中身は汚い。外国と付き合わんかったら、わったー(俺たち)の生活どうするば?
基地反対も言っているやつがバカだなと思うのは、日本は敗戦したさ。戦争の時は自分がほかの国占領して好き勝手やったのに、自分がその立場になったらなんで被害者ぶるんか、と思う。しょうがないとしか思わん」(Aさん)
Aさんのこうした主張は、「日本人ファースト」を掲げる参政党から推薦を受けた古謝氏よりも、「誰一人取り残さない」として外国人住民を含めた「多様性の尊重」を掲げた玉城氏の政策により近いとも受け取れる。ただ、その矛盾こそが、基地問題ひとつとっても、「賛成」か「反対」か、の二項対立に単純化できない沖縄の現実を象徴してもいるのだ。
玉城氏が、辺野古問題のような大きなイシューにとらわれ、「基地反対」の声高な叫びの後景に押しやられた、こうした県民の声を受け止め切れていなかったという側面もまた、否定できない。
いずれにしても、今回の県知事選が、沖縄社会の変革の大きなターニングポイントになることだけは間違いなさそうだ。
文/安藤海南男 写真/玉城デニー公式インスタグラム、古謝玄太公式X、photo-ac.com
