
【連載】元ホンダ・浅木泰昭
「F1解説・アサキの視点」第17回(後編)
◆第17回・前編>>ホンダPU責任者の交代劇、浅木泰昭はどう読んだ?
開幕から苦戦が続いているアストンマーティン・ホンダ。マシンとパワーユニット(PU)の大型アップデートを投入した際には浮上の兆しも見えたが、周囲がアップデートを行なうと再び後方集団で走るレースに戻ってしまった。
そんななか、10月1日付でホンダのパワーユニット開発責任者であるLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー)の交代が発表された。この時期にホンダのPU開発のリーダーが変わることにどんな意味があるのか? 新しいリーダーに求められるものは何か?
自身もPUの開発者として長く活動してきた元ホンダ技術者で、現在はF1解説者として活躍する浅木泰昭氏に話を聞いた。
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10月から新たにホンダのパワーユニット(PU)開発リーダーに就任する深尾洋一郎LPLは、現在のレギュレーションでは非常に重要な制御プログラムの専門家です。現地のサーキットから送られてくるさまざまな情報をリアルタイムでモニターする、HRC Sakura(栃木県さくら市)のミッションルームの責任者も務めていました。
私がLPLを務めていた時代、深尾氏については「ソフトウェアに関して、すべて彼に任せていれば安心」と評価していたほどで、センスがあって優秀な技術者であることは間違いありません。でも、それと「勝てるリーダーであること」は、また別の話です。
深尾LPLには今、「リーダーとして組織を改革し、どうやって勝てるPUを作るのか」ということが問われています。ただ、大変な仕事ではありますが、周りから「このプロジェクトはダメダメだ」と評価されている時、リーダーは改革を行ないやすいと思います。
アストンマーティンと組んでスタートした第5期のF1活動で、深尾氏はプロジェクトの副責任者としてマネジメントに携わっていたので、これまでやってきたことを全否定しづらいかもしれません。ですが、「これまでのやり方は間違っていた。こっちの方向でやってみよう」と新しいチャレンジに踏み出しやすいはずです。
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【「3年」というのはひとつの区切り】
とはいえ、前編で話したように、2027年シーズンの開幕戦に投入するPUに関しては、もうやるべきことはほぼ決まっています。だから、本当の意味で"深尾イズム"が発揮されるのは、2028年のPUからになるでしょう。今、停滞している開発のスピードを、再来年のシーズンから一気に上げることが、深尾LPLには求められています。
もし2028年シーズンにトップグループまで迫ることができなければ、それこそ第4期のマクラーレン・ホンダ時代と同様に、「コイツらとは一緒にやっていられない」とアストンマーティンに見切りをつけられる可能性もあると思います。
私の経験で言うと、「3年」というのはひとつの区切りなんです。そこまでは結果が出なくても、何とか我慢してもらえます。ですが、3年経ってもどん底から抜け出せないでいると、パートナーを組むチームはもちろん、ファン、メディア、ホンダ本社からもF1プロジェクトに対して批判が噴出してくると思います。
私がF1プロジェクトに合流するタイミング(2017年の夏頃)がまさにそうでした。マクラーレンと組んでスタートした第4期のF1活動は、3年目になっても結果を出せず、完走さえもままならない状況でした。
当時、F1活動を担っていた研究所に対するマクラーレンやホンダ本社からのバッシングはすさまじく、定年間近の変な人間(浅木氏)をPUの開発責任者として引っ張ってこざるを得なくなった。それでうまくいくかどうかわからないけれども、とにかくやってみようというところまでホンダは追い込まれていましたから。
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その当時のような状況に、だんだん似てきていると感じます。ホンダとしても、開発リーダーのLPLを交代する決断は、もう今しかなかったのでしょう。3年目に結果を出すのであれば、今がまさにギリギリのタイミングだったと思います。
【ホンダのF1の未来を託されている】
LPLに大事な資質のひとつは、「勝負の流れを読むこと」だと思います。F1は相手があっての戦いですので、相手を見ながら「今はこれくらいの差で負けている」と冷静に分析しつつ、自分たちの弱点を特定して、どういう戦術で開発を進めていけば勝てるのか、さまざまなことを見極めて決断していかなければなりません。
彼がLPLとして最初に大きな判断を下さなければならないのは、今のPUをアップデートして3年目となる2028年シーズンに臨むのか、それとも全面的に改良した新しい骨格のPUを投入するのか──。どちらの道を選択するかが、もしかしたらアストンマーティン・ホンダだけでなく、ホンダF1の未来を決めることになるかもしれません。
外から見ている私には、現在のPUをアップデートしていったとしても、メルセデスやフェラーリに追いつき、追い越すことは難しいと感じています。設計を根本的に変えていかなければ、ライバルよりも急角度で性能を向上させていくことはできないのではないでしょうか。
むしろ私は、2028年シーズンに向けて設計を全面変更するよりも、2024年にチャンピオンを獲得した時のPUの基本思想を変えなければよかったのに......と思っています。新しいレギュレーションに対応した2026年型のPUは、変えてはいけないところを変えてしまったのではないか、というのが私の予測です。
レッドブルと組んでいた時代のPUに戻して強化するのであれば、2026年のスペック2はもっと性能がよくなってもおかしくないと思っていました。でも、ここ数戦のレース結果を見ていると、現在のPUをアップデートしてもうまくいかないのではないかと感じています。
深尾LPLがどんな決断を下すにしても、「ホンダのF1の未来は自分に託されている」と腹をくくってほしい。
おそらく今、深尾LPLを筆頭にホンダの開発チームは、どうやって光明を見出すか、闇のなかで手探りしているような状況だと思います。世界一を目指している技術者の苦しさは、私も身をもってわかっています。でも、考え抜いて、答えを見つけ出していくしかない。それが技術者の醍醐味だと、私は思っています。
【2028年シーズンが正念場になる】
ホンダは第4期のF1活動で、メルセデスやフェラーリを倒してチャンピオンに輝いているんです。深尾LPLをはじめ、ホンダの社内には優秀な技術者がたくさんいますので、うまくやれば今回も必ず勝てると私は信じています。
でも、暗闇のなかでなかなか答えを見出せないからといって、捨て身になって「できることは何でもやれ」とはなってほしくない。ちゃんと悩み、考え抜いて、勝ち筋を見つけ出してほしい。
ホンダF1にとって、2028年シーズンが正念場になると私は思っています。残された時間はそれほどありません。2028年シーズンに向けてやるべきこと──大枠でもいいので、そこを追求したらメルセデスに追いつけるかもしれない、というアイデア──が現時点で手もとにいくつかほしいですね。
ただ、アイデアがあったとしても、テストして一発で当たる確率はそんなに高くないです。二発、三発とテストを行なっていたら、あっという間に時間が経ってしまいます。でも、画期的なアイデアをものにできたら、急激に性能が向上していって、あとは時間が解決していく可能性もあります。
いずれにせよ、あと半年ぐらいが勝負です。ホンダF1がどうなるのかは、リーダーの深尾LPL次第だと思います。
ホンダは過去、何度も危機に見舞われました。ですが、そういう時に尖った才能を持った人材が力を発揮し、レースで世界一になったり、世界初の商品を開発したりして、会社は成長してきました。
ホンダF1はまさに今、危機の真っ只中にあります。深尾LPLは大きなプレッシャーにさらされていると思いますが、覚醒してほしいですね。そしてリーダーとして開発チームを牽引し、ホンダを再び世界一に導いてくれることを期待しています。
(第18回へつづく)
【profile】
浅木泰昭(あさき・やすあき)
1958年、広島県生まれ。1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職。現在はF1コメンテーターとして活躍。初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。
