引退の伊東四朗「主役をやりたいとは思ったことは一度も」「VTRで懐かしんで」/一問一答

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2026年10月04日 06:00  日刊スポーツ

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芸能界引退を表明していた伊東四朗はラジオの収録を終え会見でポーズをとる(撮影・水谷安孝)

喜劇役者でタレントの伊東四朗(89)が3日、レギュラー出演する文化放送のラジオ「親父・熱愛(パッション)」(土曜午後3時)に生出演後、都内の同局で報道陣の取材に応じた。主な一問一答は次の通り。


   ◇   ◇   ◇


−改めて引退については


「若い頃、90歳は本当におじいさんだと思っていたから、その時まで仕事をしている自分を想像できなかった。来年の6月で90歳を迎えるので、そんな時にうまいことやめられたら一番だなと思って今までやってきた。そんなに惜しまれてってことはないと思っていたので、すんなりと行くと思ってばかりいたので、ちょっと驚きましたね。なんだか撤回しようかなと思う今日このごろです」


−リスナーの方もラジオだけはやめないでほしいと


「その手はありますよね。その時にそうなっているかもしれないので、今のうちに笑っておいてください」


−長い芸能生活で今最初に思い出したことは


「給料をもらえたこと。弟子みたいに入ったから給料なんか出ないと思っていた。それまでバイトで時給30円。それが1カ月で4000円。テレビで舞台中継のギャラがなんと800円。1日やっただけで800円ですよ。うれしかったですね」


−印象に残っている作品は


「小松(政夫)、キャンディーズとやった「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」かな。ぶっ飛んでいましたから。お客さんが見てくれるのかなと疑問をもったままやっていました。PTAは反対で『あの番組だけは潰せ』って。『日本の教育のためによくない』と私のところにも来ました。


−ベンジャミン伊東とか


「あれはなんだか訳が分からなかったです。今でもよく分かっていない」


−デンセンマンは


「あれはビートたけしさんのところの社長さんが中に入っていたんです。調べてみて。間違いないと思います」


−日々楽しかったですか


「楽しかったですよ。ほとんど作っていましたから。ドラマに最初に出た時のディレクターと仲良しになって、大河ドラマ『天と地と』に伊東四朗を推薦したら1人残らず反対だったと。それで余計に使いたくなって無理やり入れたとご本人から聞いた」


−そこから舞台、テレビのお仕事もたくさん増えました


「不思議と仕事が来ましたね。こっちからはあまりアプローチしたことはないんです。茫洋(ぼうよう)としていて、何を考えているか分かんないようなところがよかったのかな」


−他にも印象的なドラマはありますか


「『ムー一族』もありましたね。そういうのに呼ばれることが、とってもうれしかった。バラエティーでは『伊東家の食卓』とか。あれは、野球のナイターがなかった時のための番組なんです。大した番組ではなかったけど、確か内藤剛志さんが出てくれた時に引っ越し屋のコツの話をして、すごい視聴率を取ったもんだから、それから良くなった」


−私たちはいろんな伊東さんの顔を見てきました


「実際はこんな怖い顔なんですけど、普通は喜劇には向いていませんよ。敵役一本に行かなきゃいけないような顔なんですけど、その辺も許してくれるような風潮があったんでしょうね」


−いろんな役をされて、覚えている役はありますか


「忘れちゃっている。今しゃべっていることも忘れているので…」


−失礼しました。でも、ラジオでも面白いトークばかりです


「失敗していますよ。危ない人を承知で使ってくれている文化放送はすごいなって。自分でも『あれ、さっき何を言ったんだろう』ってなるから、もう危ないのはそこまで来ています」


−最近コンプライアンス的に何か言われたことは


「ないです。どこかで止めているんでしょうね。私にはないです。局が止めてくれているんだと思いますよ」


−90歳でレギュラーをやっている方はいないのでもったいない。女性は黒柳徹子さんがいらっしゃいますけど、男性ではいない


「けしかけないでくださいよ。本当に撤回しますよ!」


−来年6月12日が最後の放送と聞きました。19日午後3時に、もしかしたら元気な声が聞けるかもしれませんね


「その時は引退は撤回です」


−その時はここに集まったみなさんに何て言いますか 「その時はシラけ祭り。シラケ鳥が飛んでいます。シラケ鳥、飛んでゆく、南の空へ、みじめみじめ。みじめなもんです」


−伊東さんがここまで元気であった秘訣(ひけつ)は


「何にもこだわっていることはありません」


−健康に気をつけていることとかは


「女房が作ってくれたものをうまいって食ってりゃ間違いないですよ」


−逆に週1回の生放送がなくなったら、ぽっかりと心に穴が開いたりとかは


「心どころか、あちこちに穴が開くと思う。文化放送では42年間、この番組だけでも30年やっているから、それを急にやめたら、影響を受けない人は誰もいません。急に無口な嫌なじじいになるかも。何か楽しみを見つけなければいけませんね」


−何をしますか


「そうですね、もう一回テニスをやってみようかな。55歳から75歳まで20年間やった。そこでやめたんですけど、やろうと思えばできそうな気がしますので」


−やるときは教えてください。取材に行きますから


「名前を変えて。『ニシコリ』じゃなくて『ニシゴリ』にして。全米オープンに行ってみようって」


−このリズムが皆さんに愛されてきたのではという気がします


「何が良かったのかは、振り返ってみてもよく分かりません。他人だと分かるんですけど、自分のことはさっぱり分かりません。そうですね。この男を芸能界に入れた人も不思議だと思う。よくこんなものを入れたなって。よく舞台を見に行っていたので、覚えられたんですよ。いつも座っているな。あいつまた来ているなって。それで芝居が終わった幕開けで、『おい青年、寄っていけ』って言われて。それで『お前もちょっと出てみろ』と言われて出たのがきっかけです」


−そうだったんですね


「はい、21歳の時です。どれだけ目立ってたんだろうって思いますね。手をたたいていたな。今はあんまり手をたたきませんよね」


−自分から芸能界にではなく、むしろ受け身だったんですね。本当は何を希望されていたのですか


「なんでもいいの。就職試験を手当たり次第に受けました。全て学科は通るけど、面接で必ず落ちるんです」


−どんなお仕事を受けたんですか


「何でも良かった。どこか取ってくれれば、そこに入る心構えだった。それで、面接試験で必ず落ちるから、なぜだろうと思って内申書を開けてみたんです。そうしたら『人相は悪いがそんなに悪い男ではない』って。これを応援していませんよね。そんなことがあって、結局学校生活も終わりで、就職試験も終わってしまった。だから、仕方なくというか、逆に言うと芸能界の方が、仕方なく伸ばしくれたっていう感じですね」


−学校の先生のせいじゃないですか


「そう、オキシマ先生」


−先ほどは役は覚えていないと…


「一生を支える問題ですから。覚えていますよ」


−あの…。伊東さん、本当におやめになるんですか


「これから8カ月、9カ月あるので、やめるという気持ちはあんまりないです。でも、決めたことはそうするっていうのは私の心情ですから、やめることをやめるということはないです。これからは、いいじいさんになろうと思っています」


−さみしくなります


「そうですかね。そんなにさみしくはないと思いますけど」


−相棒の吉田照美さんは、なんとおっしゃっていましたか


「まだコメントは聞けていないです。本当にやめる6月12日に何か言ってくれると思っていますから」


−今回のことは誰にも相談しないで、いきなり発表されたということですか


「その方がいいでしょう」


−ちなみに奥さまにご報告された時、何かおっしゃっていましたか


「全面賛成で、うじうじしていませんでした。お父さん、それがいいって。息子たちも3人いるんですけど、同じようにいいんじゃないかっていうことで、すぐに決着しました」


−引退を決断されたのはいつぐらいで、きっかけはなにかは


「きっかけはなくて、若い頃から90歳になったらやめようと、そんな気持ちでやってきたので、そろそろ90歳だな、じゃあこれだって。このままやめちゃうのもひきょうだから発表しようと思って発表しただけです」


−てんぷくトリオのおふたりから声をかけられるとしたら、どういう声をかけられると思いますか


「お前たちの方が先だろって。随分年が離れているんですよ。だから許してくれるんじゃないですか」


−一緒に舞台やられた三宅裕司さんとか、ダウンタウンの浜田さんとかは何かリアクションはありましたか 「いや、まだない。だけど、(三宅から)手紙は昨日来たんですけど、引退を発表する前に書いたみたいで『この間はありがとうございました』と書いてあった。ギリギリで知って、なんて返事をしたらいいのかなと思っているんじゃないですか」


−引退の直筆のメッセージはいつ書かれたのでしょうか


「あれはつい最近ですよ。あんなことしなくてもみんな許してくれると思っていましたが、マネジャーが『許してくれないだろうから、何か形だけでも書いておいておいた方がいいんじゃないですか』ということで書いたんです。私はそっと、すっといなくなりたかったんですけど、これには驚きましたね。まさかこんなに人が来るとは思いませんでした」


−それぐらい国民的な存在ということです。


「私が国民的というのは、あんまり似合わない人ですよ。ドラマをやったりする人は、最終的にみんな主役をやりたいと思ってやるでしょうけど、私はそんなことは考えたこともないですからね。日本一の脇役にはなりたいとは思ったけど、主役をやりたいとは思ったことは一度もないんです」


−でも、今日は主役ですね


「そうですね。これを主役と言わずしてなんというか」


−主役の気分はいかがですか


「これが…(長考して)マスコミというものかって。これだけしゃべって、次の日の新聞に載らなかったらね」


−明日、楽しみにしていてください。では最後にファンの皆さんにメッセージをいただけますか


「皆さん、随分長い間、年数をすっかり忘れていますが…、69年になります。こんなに長い間見ていただいて本当にありがとうございました。おかげさまで気持ちよく引退していけます。残っているVTRで懐かしんでください。さようなら」


−まだ早いです。なんか生前葬みたいになっちゃっているじゃないですか。


「こんなにたくさんの皆さんにまで、私ごときのことで。どうもお疲れさまでした。ありがとうございます。ここは痛いし、ここも痛いでやってられる状態ではありませんが、なんとかうちには帰れます。どうもありがとうございました」

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