玉城デニー氏はなぜ「辺野古」を封印したのか。“オール沖縄”失速の背景<石戸諭>

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2026年10月07日 09:21  日刊SPA!

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写真/産経新聞社
’18年と’22年の知事選で玉城氏は重要政策に「辺野古新基地建設反対」を掲げたが、今回の7つの政策の柱に辺野古の文字はなかった。敗れた玉城氏は9月29日に県庁を去り、翌30日に古謝氏が新知事に就任。今後、基地負担軽減などについて国と話し合う沖縄政策協議会が13年ぶりに再開される見込みだ。
「辺野古反対」を前面に掲げてきた県政が、なぜその看板を下ろすことになったのか。ジャーナリストの石戸諭氏は、今回の知事選を通じて見えた「オール沖縄」失速の背景を読み解く(以下、石戸氏の寄稿)。

◆反基地感情を重んじながら「辺野古」を封印。革新が軽視した経済と事故対応

9月29日、任期満了をもって玉城デニー沖縄県知事が退任した。前任の故・翁長雄志氏から3期12年続いた革新、「オール沖縄」県政は保守陣営に政権を譲り渡した。

私は玉城氏が知事の座を手にした’18年、そして今回と現地で取材したが、終焉の兆候を如実に感じ取ることができた。民意がオール沖縄に見切りをつけた理由は明確にある。反基地感情ばかりを重んじて、経済を軽視しすぎたことだ。

’18年の勝利はあまりにも劇的だった。翁長氏の病死、そして普天間飛行場の辺野古移設問題を争点にして、当時、過去最多となる39万票余りを獲得した。駐留米兵と伊江島出身の母の間に生まれ、島言葉を巧みに操る玉城氏の人気は圧倒的だった。その熱狂ぶりが経済問題を覆い隠した。

そもそも「オール」とは沖縄保守の大物だった翁長氏を頂点に、彼を支持する保守系と財界の一部、そして共産党ら革新という沖縄県政のキープレーヤーが集まったことで名乗れた。ところが名護市長選などの重要選挙を相次いで落とし、辺野古移設も既成事実化するなかで保守と財界は離れていった。結果、敗れても何ら戦略を改めない革新勢力が残る。今回は労働組合もあまり機能せず、実質的に取り仕切ったのは経済に明るいとは言えない共産党だった。

◆観光依存と事故対応が招いた失速

玉城氏は県の税収は過去最高、観光産業が伸びていると訴えたが、沖縄経済最大の問題は「観光依存」だ。観光は水物であり、受け入れることができる上限も見えている。何らかの製造業を誘致し、遅れているインフラ整備も進めないといけない。そのビジョンを玉城氏が示せずにいるなか、共産党が当事者、構成団体に名を連ねる「ヘリ基地反対協議会」が辺野古沖転覆事故を起こした。

今年3月16日、同志社国際高校の研修旅行に参加していた生徒を乗せた抗議船2隻が転覆し、武石知華さんら2人が死亡した。玉城氏は、法令を遵守せずに船を運航する同協議会が教育現場に関わってはならないと非難すべき立場にあったはずだ。しかし、支持層に配慮もいる。その空気を感じ取っていたからこそ、選挙戦で「辺野古」という言葉自体を封印したのだろう。

過去最多得票数を更新して当選した古謝玄太氏は若い世代も含めて経済界をまとめ上げた。まずは経済で結果が求められる。高市政権がバックアップするだろうが、軍用地返還も含めて基地問題は経済にも紐づいて存在する。感情と実利のバランスをいかに取るか。手腕は早速問われる。

<文/石戸諭>

【石戸 諭】
ノンフィクションライター。’84年生まれ。大学卒業後、毎日新聞社に入社。その後、BuzzFeed Japanに移籍し、’18年にフリーに。’20年に編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞、’21年にPEPジャーナリズム大賞を受賞。近著に『「嫌われ者」の正体 日本のトリックスター』(新潮新書)

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  • 活動家が月命日で反省してるアピ(謝意があるなら撮影してないで遺族のところにいって土下座しろ)、浅野健一が遺族の行動にいちゃもんとか度し難いことを繰り返したからだろ。
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