「ほんま、天才ですわ」 恩師が絶賛した平野佳寿の知られざる素顔 42歳までマウンドに立ち続けた男の原風景

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2026年10月14日 07:31  webスポルティーバ

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流しのブルペンキャッチャー回顧録
第17回 平野佳寿(元オリックスほか)

 京都産業大学のグラウンドは、京都市北区の上賀茂神山(かみがもこうやま)にある。その日は、たしか京都市営地下鉄の北大路駅からタクシーに乗ったと記憶している。走り出して間もなく京都府立植物園が見え、京都で最も古い神社のひとつとされる上賀茂神社の脇を通り、川沿いの道を谷の奥へと進んでいく。

 有名な鴨川は、出町柳付近で賀茂川と高野川が合流したもので、こちら側は「賀茂川」と呼ばれていることを、運転手さんに教えてもらった。

 さらに山間へと分け入るように進む。「ここを入ったとこがグラウンドですわ」と教えられて間もなく、目的地に到着した。そこは文字どおり、山の中だった。

【極寒のブルペンで見たリリーフの適性】

「なんか、京都とは思えへんでしょう。冬なったら、街のほうとは5℃は違いますわ」

 勝村法彦監督(当時)のやんわりとした京言葉に、これからボールを受ける緊張がいくらか和らいだ。

 京都産業大の平野佳寿は、当時まだ全国的な知名度はそれほど高くなかったものの、関西の大学野球界では3年生の頃から「学生球界ナンバーワン右腕」ともっぱらの評判だった。

 1年秋にリーグ戦デビューを果たし、2年春からはエース格として登板。大学4年間で36勝11敗、防御率1.33、404奪三振。MVP2回、最優秀投手賞4回という輝かしい実績を残した。

 4年間にわたり大きな故障もなく、安定して好成績を残し続けたことに、プロのスカウト陣も最大級の評価を与えていた。

 それにしても、冷える日だった。昼間だというのに、雪雲で空にフタをされたような薄暗さ。たしか、春のリーグ戦を控えた3月中旬だっただろうか。

 勝村監督が言うように、「街中より5℃は低い」グラウンドである。足元からの底冷えは相当なもので、スパイクの中の足の指先まで凍えて痛かった。平野に「こんな日に投げてもらって、申しわけないね......」と声をかけると、満面の笑みで返してくれた。

「全然大丈夫ですよ。いつも今頃はこんな感じなんで。京都は寒いところなんです」

 その屈託のない笑顔に、早くも器の大きさを感じたのを覚えている。

「こんな天気なんで、アップにちょっと時間をかけてもいいですか?」

「もちろんだよ!」と答えて、こちらも歩いたり、走ったり、体を伸ばしたり......。およそ1時間後、ブルペンで再会となった。

 立ち投げの段階から、ボールの軌道が美しい。ほぼミットを構えたポイントへ、きれいなバックスピンのかかったボールが糸を引くように飛んでくる。しなやかな腕の振り。そして、リリースポイントが立ち投げの段階からピタッと1カ所に定まっている。

「もうOKです! 座ってください!」

 これには驚いた。この寒さである。立ち投げにも十分な時間をかけ、慎重に進めたほうがいいのではないか。そう思っていた矢先のことだった。

「本当に大丈夫? もうちょっと肩、温めたほうがいいんじゃないの?」

「いや、もう全然投げられます! 自分、肩ができるのが早いんで!」

 今にして思えば、それこそが平野の「リリーフ適性」だったのかもしれない。

【高さがわかりにくい快速球】

「内でも外でもいいですから、低く構えてもらえますか?」

 リクエストどおり、打者の膝あたりの高さにミットを構える。すると、最初の1球から、いきなり低かった。これにも驚いた。指がかじかむほどの寒さだ。内心、制球が定まらず、ボールがすっぽ抜けることも警戒していた。ところが、とんでもない。しっかりと指にかかったストレートが、3球、4球と低めに続く。まるで地を這うような快速球だった。

 その「低め」が怖かった。

 球速は140キロ前後だっただろう。だが、打者の膝よりもさらに低いところへ向かってきたかと思うと、ホームベース上でホップするように伸びてくる。

「なんだ、このストレートは......」

 ボールの「高さ」が、よくわからないのだ。低めに来るのに、これほどまでの「伸び感」がある快速球。たしか、金光大阪高校時代の吉見一起(元中日)も、まさにこんな感じの見事なローボールを投げていた。

「スライダー、いいですか?」

 これも意外だった。この寒さである。真っすぐだけでもありがたいと思っていたのに、変化球まで投げてくれるという。

 ストレートと同じ軌道から、キュッとひねったように曲がるスライダー。それもまた低い。1球1球、じつに丁寧に投げてくれる。

 ああ、そうか。彼にとって「今日」は、取材を受けるための特別な日ではない。いつもと同じ「練習」の一日なのだ。だからこそ、今日のコンディションに合わせた出力で、一球一球を丁寧に投げ込んでいる。その姿に、すでに「プロ」を感じてしまった。

 縦に大きく割れるカーブも見せてくれた。いったん浮き上がったように見えたボールが、そこからストーンと落下する。地面すれすれで、ようやく捕球できた。

「フォークもいいですか?」

 ええっ、フォークまで投げてくれるんだ......。そう思った直後だった。最初の1球が、はじめから低めの軌道で飛んできて、ホームベースの手前でショートバウンドした。

「あっ!」

 反射的に体を沈め、プロテクターのいちばん下あたりでボールを止めた。それが、私にとって記念すべき「ストッピング」の1回目となった。

【ボディバランスと柔軟性のお化け】

「う〜ん、そう言われても、どうなんですかねぇ。正直、ようわからへんというのが、本当のところで......」

 京都生まれの京都育ち。そんなイメージどおりの、おっとりとした話し方だった。学生球界ナンバーワン右腕、ドラフト1位の有力候補......。そんな話題に差しかかった時のことである。

「ちょっと成績いいとか言っても、こっち(関西)でのことですし、こっち以外の野球はわからへんし、自分がどのぐらいにいるのかって言われても......。逆に、どう考えたらいいんですか?」

 そう問い返してきた表情にも、深刻さはまるでない。どこか他人事のようでもあった。ガツガツせず、ことさら熱く見せようともしない。あくまでもフラットで、マイペース。接すれば接するほど、その底知れない器の大きさに引き込まれていくようだった。

「平野、バランスボールの上でも、ボールが投げられるんですよ。これからトレーニング始めるみたいなんで、ちょっと見てみますか」

 勝村監督に案内され、トレーニングルームへ向かった。そこには、まるでサーカスの「玉乗り」のように、バランスボールの上で全身の均衡を保っている平野の姿があった。

「ほんま、ボディバランスと柔軟性のお化けみたいなヤツでね。天才ですわ」

 勝村監督の言葉に、私も目を丸くしながら、深くうなずいたものだ。

【日米通算258セーブを支えた"変わらない強さ"】

 思えば、プロ入りに際しても、平野の「はんなり」とした人柄が大きく関係していたように思う。

 担当の酒井勉スカウト(現・東海大投手コーチ)が足しげく視察に訪れてくれたことに恩義を感じ、2005年の大学生・社会人ドラフトで希望入団枠によるオリックス入りを決断した。

 ルーキーイヤーの2006年から先発ローテーションの一角を担い、奮闘。右ヒジの手術を経て、2009年には先発として復帰した。そしてプロ5年目の2010年、中継ぎに転向。そこから3年間で96ホールドをマークし、球界を代表するセットアッパーへと成長した。

 2012年終盤からはクローザーを任され、翌2013年には31セーブを記録。2014年には40セーブを挙げ、最多セーブのタイトルを獲得した。

 2018年には活躍の舞台をメジャーリーグへ移し、アリゾナ・ダイヤモンドバックス、シアトル・マリナーズで計3年間プレー。海を渡ってもリリーフとして確かな足跡を残した。

 そして2021年、古巣オリックスに復帰。そこから6年間で94セーブを積み重ね、再びチームの勝利を支え続けたのだから、すごい。

 普通なら、燃え尽きたとか、もう限界だとか、そんな言葉とともに第一線から退いていってもおかしくない年齢である。それでも平野は踏ん張った。どれだけ年齢を重ねても、どれだけ厳しい場面を任されても、マウンドに上がれば、いつもの平野佳寿がいた。

 淡々と、飄々と。自分の仕事を、自分のリズムでやり遂げる。オリックスのリーグ3連覇にも大きく貢献し、プロ21年間で日米通算258セーブを積み上げた。いったい、何度驚かせてくれたら気が済むのだろう。

 9月25日の引退試合を終え、ついにグラブを置いた42歳の右腕に、万感の思いが込み上げた。


平野佳寿(ひらの・よしひさ)/1984年3月8日生まれ、京都府出身。鳥羽高、京都産業大を経て、2005年大学生・社会人ドラフトの希望入団枠でオリックスに入団。1年目の06年から先発として活躍し、10年に中継ぎへ転向。11年に最優秀中継ぎ投手、14年には40セーブを挙げて最多セーブのタイトルを獲得した。18年からダイヤモンドバックス、マリナーズで3年間プレー。21年にオリックスへ復帰し、リーグ3連覇に貢献した。日米通算21年間で258セーブを記録。23年には日米通算250セーブを達成し、名球会入りを果たした。26年9月に現役引退

安倍昌彦●文 text by Masahiko Abe

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