挿絵/小指―[すこしドラマになってくれ〜いつだってアウェイな東京の歩き方]―
ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。今回は、高輪ゲートウェイ駅近くの「Beer Gallery B@SE」へ。元帝国ホテルのシェフが営む店で、メニューもなく、食べたいものを自由に注文できるという意外な体験をする。店主のこだわりに触れ、著者が思いを馳せるのは――。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」
◆みんなの声より大切なもの【高輪ゲートウェイ駅・Beer Gallery B@SE】vol.55
’18年に山手線の新駅の名称が「高輪ゲートウェイ」に決定したとき、私は到底受け入れられないと思った。名前自体も気に入らないが、その決定方法についてはさらに不満を抱いていた。
この駅名は、6万件を超える公募から選ばれたという。
集計した結果、一番多かった名称は「高輪駅」だったらしい。シンプルだし、山手線が持つ王道感もあってピッタリだ。しかし、どんな力が働いたのか、蓋を開けてみれば、「高輪」には「ゲートウェイ」という長めのカタカナがくっついていたのである。
何それ? である。
仮に「高輪ゲートウェイ」の順位が2位か3位くらいならまだ納得がいく。だが同駅名は130位だった。さすがに波乱が過ぎる順位だ。
月日は流れ、先日。高輪ゲートウェイ駅に実際に降り立つことがあった。
降りてみればわかるが、この駅は周りの建物も含めて全体的にゆったりとした造りで、曲線を多用した建築からはぬくもりすら感じられて、かなりいい感じなのである。たしかにこれが「高輪駅」では、ちょっと渋すぎるのである。
「ゲートウェイ、いいかも……」
命名決定当時の怒りを半分忘れそうになっていると、ふと思い出したことがあった。
実は、「東京タワー」という名称もまた、ランキング1位ではなかった、という話である。時は昭和33年。新たな電波塔の命名募集に寄せられた投稿で最も多かったものは「昭和塔」だったという。
いや、「昭和塔」て。古風にも程があるわ。
なんて今は思うのだから、人間の価値観なんて街同様にあっさりと移り変わってゆくものである。
そんなことを考えながら空気のベタつく高輪の街を歩いていると、アメリカンダイナーのような店が目に入った。看板に書かれた「Beer Gallery B@SE」という文字を見て、喉が鳴る。
店に入ると、堂々たる体躯をした店主が興味なさそうに私を見た。内装にはコカ・コーラのロゴが入ったテーブルや椅子、店主の趣味と思われる雑貨の数々、そしてBGMにはジャミロクワイ。
どうやらここは、店主が誰にも媚びることなく続けてきた店だと、一目でわかる。
直感だが、こういう店の料理は大抵うまい。でないと、すぐに潰れるからである。
「今、生ビールだとベルギー産のヴェデットしかないけど」
味覚音痴に怖いものはない。迷わずそれを頼んで、フードメニューをもらおうとしたところ、「メニュー出すの、やめちゃったんだよね。食べたいものがあったらなんでも注文してみてよ」と、まるでこちらが試されるように言われた。
手元にはビール。今、舌が求めているのは、ピクルスやソーセージ、炒飯であった。
「炒飯って、無理っすよね?」
恐る恐る尋ねると、店主はすぐに冷蔵庫を開けて、「いけるよ」と言った。
食べたかったものが本当に運ばれてくる。魔法のようである。そして予想通り、どの料理も本当に美味しい。
店主は元々、帝国ホテルのシェフだったという。どうりで美味しいわけだが、私が想像していた「帝国ホテルの元シェフの店」とはまるで違う雰囲気なので、かなり驚く。
そこでふと、「東京タワー」の名称が頭をよぎる。
多くの人が望むものと、長く愛されるものは、決してイコールではない。
店主も、周りから求められる店より、長く続けたいと思える店をつくったのかも。
酒の勢いもあって、そんな雑な妄想でニヤニヤしながら、店主を覗き見る。その顔は、気のせいかもしれないが、どこか誇らしげに思えた。
<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>
―[すこしドラマになってくれ〜いつだってアウェイな東京の歩き方]―
【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」