ロヒンギャ問題でスー・チー苦境 ASEAN内部からも強まる圧力

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2016年12月26日 16:21  ニューズウィーク日本版

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<10月から再び激しさを増しているミャンマー国軍によるロヒンギャ弾圧。もはや「治安ではなく軍事作戦、このままでは絶滅する」と人権団体が言うほどの虐殺を放置するスー・チーに、イスラム人口を多く抱えるマレーシアやインドネシアが抗議の声を上げ始めた>


 ASEAN(東南アジア諸国連合)内部でミャンマーが苦境に立たされている。ミャンマー西部に居住するイスラム教徒の少数民族ロヒンギャに対するミャンマー政府、国軍などによる「過酷な人権侵害」に対し、イスラム教国のマレーシア、イスラム教国ではないものの世界最大のイスラム教徒人口を擁するインドネシアがミャンマーを厳しく批判し始めたからだ。


 批判の矛先はミャンマーの実質的指導者であるアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相。民主化運動の旗手として国際社会や一般市民の期待を一身に受けてノーベル平和賞を受賞(1991年)、そして国家指導者に就任したスー・チーへの集中砲火と失望が拡大しつつある。


【参考記事】対ミャンマー制裁、解除していいの?


 長年に渡った軍政による強権支配のくびきを脱し、ようやく民主化を実現したスー・チー率いるミャンマーは一体これからどこへ向かおうとしているのだろうか。


虐殺、暴行、放火と深刻な人権侵害


 隣国バングラデシュと国境を接するミャンマー西部ラカイン州で10月9日、国境に近い地域の警察施設など3か所が武装集団に襲撃され、警察官9人が死亡する事件が発生した。


 武装集団の正体は不明だが、国軍は同州に多く居住するロヒンギャの反政府組織による犯行と一方的に断定、ロヒンギャの人々が暮らす集落への攻撃を開始したのだ。


 タイに本拠を置く人権団体などによると、ロヒンギャ族が生活する住居は略奪の後放火され、男性は虐殺され、女性は暴行を受けるなどの深刻な人権侵害が続いているという。


【参考記事】存在さえ否定されたロヒンギャの迫害をスー・チーはなぜ黙って見ているのか


 越境してバングラデシュに逃れたロヒンギャ難民は2万人以上に達している。


 人権団体は「現在の状況は治安維持を超えた軍事作戦レベルであり、このままではロヒンギャ族が絶滅しかねない民族浄化が続いている」と国際社会に「ロヒンギャ問題への介入」を強く訴えている。


【参考記事】ミャンマー政府の主導で進むロヒンギャ絶滅作戦


スー・チーは「調査」を明言


 こうした中、マレーシアで12月4日に開催された「ロヒンギャ迫害を続けるミャンマー政府に抗議する集会」に出席したナジブ首相が「事態を静観、放置しているスー・チーは一体何のためにノーベル平和賞を受賞したのか」とスー・チーを厳しく非難した。


 度重なる国軍の人権侵害から隣国バングラデシュに逃れたロヒンギャ難民の受け入れをバングラデシュ政府が公式には拒否しているため、海路ラカイン州を脱出、イスラム教徒が多数住むマレーシアやインドネシアを目指すボートピープルもASEAN域内の喫緊の課題として浮上している。


 こうした背景の中で12月19日、ミャンマーの最大都市ヤンゴンでASEAN非公式外相会議が開かれた。ホスト国ミャンマーのスー・チーは「ロヒンギャ問題」を素通りすることは許されない状況であり、「極めてデリケートな問題」であるとしたうえで「(解決には)時間が必要」との立場を示した。


 会議では「国軍による人権侵害」を懸念する声があがり、スー・チーも「事実関係の調査」を明言したという。国際社会だけでなく、いわば「身内」でもあるASEAN加盟国内からも追究の狼煙が上がるに至り、スー・チーもロヒンギャ問題に取り組まざるを得なくなった形だ。


仏教徒や国軍に強い反ロヒンギャ感情


 2016年の国家顧問兼外相就任以来、スー・チーはタイ国境周辺の少数民族との和解、民主活動家や学生運動家などの政治犯の釈放など国民と国際社会の期待に応えるべく民主化を進めてきた。ところがロヒンギャ問題に関する限りスー・チーは「大方の予想を裏切って静観を続けるというより、国軍の人権侵害を黙認している状態」(タイ英字紙記者)と批判にさらされている。


 背景には国民の多数を占める仏教徒、僧侶団体、強硬姿勢の国軍の支持を失いたくないとの政治的立場の弱さがあると指摘されている。「野にあって反軍政の立場の時は何事も恐れず果敢に理想に邁進したスー・チーだが、権力者の立場になるとあちらを立て、こちらに配慮、とまさに政治家に変質してしまった」(ミャンマーウォッチャー)というのだ。マレーシアのナジブ首相の批判もASEAN内のそうした空気を反映したものと言える。


インドネシア主導で仲介工作


 ナジブ首相に次いでインドネシアのジョコ・ウィドド大統領がロヒンギャ問題で積極的に動いている。12月6日、レトノ・マルスディ外相をミャンマーに派遣してスー・チーとロヒンギャ問題で直接協議をさせた。会談でインドネシア側は「ロヒンギャ問題は人権問題であり、イスラム教徒でもある彼らをインドネシア政府は支援する方針である」と伝えた。ジョコ大統領はミャンマーがインドネシアと同様の多民族国家であり、多様性を許容することが重要であるとの姿勢を強調することで問題解決の糸口を見出そうとしている。


 ジョコ大統領は同月8日にはバリ島でロヒンギャ問題特使を務めるコフィ・アナン前国連事務総長とも会談し、インドネシアの立場を説明、協力する方針を伝えた。


 インドネシア国内ではイスラム教団体がロヒンギャへの人権侵害に抗議してジャカルタ市内のミャンマー大使館前でデモや集会を行うなど世論もミャンマーに厳しくなっており、ジョコ政権の仲介を後押ししている。


内政不干渉の原則とのせめぎあい


 一方でミャンマー国内には「ロヒンギャ問題は純粋な国内問題である」として内政不干渉が原則のASEANによる内政干渉、口出し、批判に対する反発が強まっている。ナジブ首相がスー・チーを直接批判したマレーシアに対してミャンマー政府はミャンマー人出稼ぎ労働者の派遣停止を即座に発表している。


 これに対しインドネシアやマレーシアは「ロヒンギャの人々が難民として国境を越えて流出している現実」を指摘して「これはもはや国内問題ではなく国際問題である」として重ねてミャンマー政府に「圧力」をかけ続けている。「ノーベル平和賞」が枕詞あるいは代名詞だったスー・チーにとっては少数民族や国際社会、ASEAN加盟国に広がりつつある「失望感」をどう取り返すか、大きな岐路に立たされている。


[執筆者]


大塚智彦(ジャーナリスト)


PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など



大塚智彦(PanAsiaNews)


このニュースに関するつぶやき

  • ロヒンギャ弾圧にしろ、イスラム教国における異教徒弾圧にしろ、異教徒の存在はそれほど許せない事なのでしょうか。インドネシアのように様々な宗教や民族が共存できればいいのですが。
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