もしかするとあなたも!?衝撃的な発症率の調査結果が出た「産後うつ」とは 緊急座談会「ネガティブ・スパイラルからママを救いたい(後編)」

0

2015年09月10日 12:00  QLife(キューライフ)

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

QLife(キューライフ)

 前回に引き続き、産後うつをめぐる状況とこれからについて語っていただきます。今回は産後うつや母子保健に以前から取り込んで来られた出席者の皆様が、いま考えていること、これから取り組んでいくことについて語ります。前編はこちら

【今回の出席者】
宗田聡先生:医師、医学博士。医療法人社団HiROO理事長/広尾レディース院長
吉田穂波先生:医師・医学博士・公衆衛生修士。国立保健医療科学院 主任研究官、内閣府少子化社会対策大綱検討委員
吉岡マコさん:NPO法人マドレボニータ代表
林理恵さん:NPO法人マドレボニータ理事
QLife大川:QLifeアカウントマネジャー。1児の母。子育てと仕事の両立に奮闘中。
(出席者の詳細なプロフィールは前編にて掲載)

自由記入欄に、誰にも言えない悩みがびっしり

吉岡マコさん

―QLife編集部:日本ではマイノリティは肩身が狭く、生きづらい。その「見えないルール」みたいなものに妊婦さんやママも悩まれていると。

吉岡マコさん(マドレボニータ代表、以下吉岡):厚生労働省の資料で、産後うつの発症率は大体1割というデータをみて個人的にそれは本当なんだろうかと思ったこともあって、教室に来てくださる方にアンケートをとったんです。質問項目をちょっと工夫して「産後うつと診断された/されなかった」だけではなくて、「診断はされていないが、産後うつだったと思う」「産後うつの一歩手前だった」という、境界例をあぶり出そうとしたんですね。すると、確かに診断された方は1割だったのですが、境界例の方が約8割いらっしゃったんです。診断された方の数はこのアンケートでも約1割でしたが、8割の人々は、診断こそされてはいませんが、ケアが必要な人たちだと思いましたね。

吉田穂波医師(以下、吉田):アンケートでは他に、何か発見などはありましたか。

吉岡:自由記入欄を設けていたのですが、そこにびっしり書き込んでくださる方が多くて本当に驚きました。書かれている内容がとにかく深刻で、精神的な辛さを言葉にできずにいる苦しみが、改めてよく分かりました。

吉田穂波先生

―QLife編集部:プログラムに参加される方には、本当に貴重な居場所になっているんですね。それで教室の数も広がって、教室に来られた人の中からインストラクターが生まれたりしている。

吉岡:本当にうつ状態になってしまうと外に出られなくなり、こういった教室にも参加するのは難しくなります。教室が持てるのは予防としての機能だけなんです。そういった、予防の意味もこめて、ほんのちょっと勇気を出して教室に来ていただきたいですね。

外出というので思い出したのですが、生後数か月の赤ちゃんと外出する、ということは、本人にとっても周囲の人にとっても、まだまだ日本では抵抗が強いと感じます。特に冬の時期だと、寒い時に赤ちゃん連れ出していいの?と知らない人に言われたり、赤ちゃんは外に出さない方が安全だとなど、根拠に乏しい「アドバイス」を周囲から言われたり。もちろん感染症などには気をつけるべきですが、母親自身のことも考えれば、密室に居続けて社会と隔絶してしまうことこそ危険だと私は思います。

宗田聡医師(以下、宗田):そういえば吉田先生、以前お会いしたとき一番下のお子さんを出産後まもなく、会合に一緒に連れてこられましたね?

吉田:そうですそうです(笑)

無理解がママへのプレッシャーを生んでいる?

―QLife編集部:本人は外に出づらい、不安だと思う、周囲も外に出ているママと子どもを見て不安や不審に思うっていうのは、さっきのマイノリティの話にも通じますが、実際、街中は赤ちゃんに優しくない、というような意識があるのでしょうか?

吉岡:以前は歩きタバコも当たり前でしたし、「外は子どもにとって野蛮な世界」という気持ちになるのは理解できます。私も実際、子どもが小さいときはそう感じましたし、今でも、小さい子を預かって外を歩くと同じように感じます。

宗田:でも、僕の娘が小さいころは、今みたいに男子トイレでおむつが替えられるようになっていませんでしたね。多くのショッピングセンターには授乳室も整備されて、昔よりは多少環境は良くなっているのではないでしょうか。

吉岡:それはそうですね、以前に比べれば施設など物理的なものは、はるかに良くなってはいますよね。

林理恵さん

林理恵さん(以下、林):すると、もうひとつは心理的なハードルということになると思うんですが、私の経験で言うと確かにかなりありました。第1子出産後、事前に調べておいたマドレボニータの産後ケア教室に参加したいと思っていました。でも行けなかった。最寄りの教室まで電車で30分ですが、その間にある川が当時はどうしても越えられなくて・・・。

(全員聞き入る)

林:第2子出産後にやっと行こうと思えるようになったのですが、今度は電車に乗るのが怖くて。かわりに車で行きました。帰り道、子どもが車内で大泣きしまして、車でよかったー!と、ホッとしたことを覚えてます。

・・・ただ、何が怖かったんだろうと後から振り返ってみると、別に怖くないんですよ(笑)。電車で泣かれても降りればいいわけですし。でもそのただ中にいると、何か起こったらどうしよう、自分ひとりではとても無理、という気持ちになる。

日本と海外の驚くべき違い

宗田:海外事情ということで、吉田先生はそういったような外に出ることへの抵抗みたいな経験ってありますか。

吉田:住んでいたドイツの気候条件の話なんですが、日照時間が少ないのでむしろ「時間があれば赤ちゃんを連れて外に出ましょう」っていう推奨がされてました。

吉岡・林・大川:へえー!そうなんですか。

吉田:冬は寒くて雪深いんですが、少しでも陽に当てたほうがいいっていう考え方ですね。

林:全然違いますね。周りの見る目がまったく真逆ですね。

宗田:そういえば、前にTV番組で北欧の紹介で、雪が積もっている中にベビーカーがお店の前に並んでいて、店の中ではママさんたちが井戸端会議しているみたいな映像が流れていました。

吉田:あと、皆さん本当に赤ちゃんが大好きなんですよ。街中で赤ちゃんを見かけると、通りすがりの他人でも、例えばものすごいコワモテのおじさんでも、一生懸命赤ちゃん笑わせようとして変な顔をしたりとか(笑) あとレストランに行った時、お店にいた人たちがレストラン中でかわりばんこに抱っこしてあやしてくれて、レストランを一周回って戻ってきたなんて経験もあります。

吉岡・林・大川:えええーー。すごい。

吉田:不思議だなと思うのが、街中でペットを見かけると、知らない人どうしでもお互いのペットを「可愛いね、おりこうさんだね」って言いあいますよね。あのお声がけをママや赤ちゃんたちにしてあげられたらと思うのですが、日本ではする機会がない。赤ちゃん自体見かけないのもありますが、ママ友以外では他人の赤ちゃんやお子さんには、あまり言わないですよね。

―QLife編集部:確かに・・・。ペットには言えるけど人間には言えない、言わないって、考えてみるとかなり違和感ありますね。

宗田:20年くらい前から、他人に対して無関心だったり、よけいな親切やおせっかいがうとまれる風潮になってきた気がしますね。

林:そこからですかね・・・近所に住んでいても一度も話したことのない人にいきなり声かけられたら、「えっ」ってなるかもしれない。声がけしづらいのも、声かけられたくないのも両方の気持ちが想像できます。

私の場合は、マドレボニータを地域に広める活動で、仲間に出会えたんです。こんな社会でどうやって親切やおせっかいができるか、一緒に考え、行動する仲間に出会えました。

「ママのコミュニティ」を作るというよりは、「ママ以前のコミュニティ」を維持してもらいたい

左から吉岡さん、林さん

―QLife編集部:コミュニティ、今回のテーマに沿って、妊娠以後のママのコミュニティに絞って考えたいのですが、今回Googleインパクトチャレンジの部門賞を獲得した「産後ケアバトン+」※1もそれを意識したものですよね。

林:例えばSNS機能のあるスマホアプリでコミュニティづくりをして、リアルな場、例えばオフ会などへ繋げていくという手法がありますが、「産後ケアバトン+」は少し考え方が違っています。SNSで新しい妊婦さんたちのコミュニティを作りたいというよりは、彼女たちの親しい友だちや職場の先輩、同僚といった、既存のコミュニティを維持してもらいたいと思っています。それはなぜかというと、彼女たちの孤独や社会からの隔絶の要因のひとつは、妊娠前にあった人間関係からの離脱にあると考えているからです。

何故離脱してしまうかというと、本人は子育てで手一杯になって、友人と会うために自分から調整をするということができなくなるし、周りも産後は家族水入らずで過ごすのが良いだろうと、積極的に会いに行かない時期があるから。でもプライベートなことだから、新しい知り合いよりも親しい友だちのほうが相談しやすいと思うんです。周りの人にも、出産した友人をそっとしておくのではなくて、このアプリを通じて気にかけていることを伝えて、一緒に語り合ったり、支えて欲しいなと思っています。

宗田:SNSありきではなくて、リアルな関係を維持したり豊かにするためのアプリなんですね。

吉岡:そうですね。例えば「いいね!」をたくさんもらっても、してくれた人がみんな家に来て祝ってくれるわけでもないですよね(笑)。当たり前ですけど、あくまでバーチャル。そこで完結したり終着点になるような仕組みだと、むしろ逆効果でさらに閉じこもってしまう。

私たちは人とリアルに繋がることができるコミュニティ、それを維持したりさらに豊かにする触媒になれればいいなと思って企画しています。

それといま林も言いましたが、周りの人たちも、妊娠中や産後のことについて知っていた方がいいことがたくさんあるのですが、知らないから「家族水入らずがいいよね」と、疎遠になってしまうというのもあるのかな、と。一方、産んだ直後の産婦は、横になって静養するのが最優先なのですが、お友達がケーキを持ってお祝いにやってきて、皆でワイワイやって満足して帰っちゃう・・・というようなことも。で、残された本人はさらにどっと疲れるだけとか(苦笑) 産婦を訪問するなら、赤ちゃんの沐浴を手伝ったり、赤ちゃんの寝かしつけを手伝ったり、ということをお祝い代わりに友人が申し出たら、産婦はとっても助かります。差し入れもケーキじゃなくて滋養にいいお味噌汁やおにぎりを持参するか、キッチンを借りてつくって皆で食べるだけでも嬉しい。産婦が食べている間、赤ちゃんを抱っこしておいてあげるとか、そういった気遣いがありがたいんです。でもそういう作法って知られていない。周りの人も本当に悪気はなくて、知らないからワイワイお祝いのほうに走っちゃう。リテラシーの問題なだけなんですよね。

リテラシー問題は、夫についても言えると思います。夫は、妻が妊娠したらもっと仕事頑張らなきゃ!と張り切ると思いますが、それで帰宅時間が遅くなっては本末転倒です。子どもや妻のために夫ができることって、本当はもっと色々あるんですよ。それは仕事を頑張ることと充分に両立できることだと思います。今回のアプリでは、そういう知って欲しい知識を広めるという狙いもありますね。

宗田:それは本当に大事なことですよね。共感します。私も以前から問題意識を持っているのは、妊娠中の女性のからだのことを含めた、「性差」に関する本当の知識が広まっていないことなんです。女性自身も知らないことが多く、妊娠を経験して初めて分かるというくらいですからね。妊娠前後だけでなく、その前から、もっと言えば学生時代から、そういう人たちに対する配慮ができる背景の知識として、マナーとして、是非備えていて欲しいですよ。そのために本を出したりしていますが※2、もっと広まって欲しいですね。

吉田:マイノリティについての知識がなく、それで配慮ができず蚊帳の外においてしまうというのは、私も実感を持って分かります。東日本大震災時、私はプライマリケア連合学会の災害支援チームの一員として現地に向かい※3、妊婦さんや産褥婦さんの助けになりたいと避難所を回りましたが、彼女たちへの配慮は高齢者や病人、こどもの次といった感じで、本当に後回しでした。ご本人たちもいまは非常時でみんな大変なときだからと、我慢しているような状態で。そのストレスこそ、母子の健康に非常に良くないんですけどね・・・。周りの支援している人たちも、非常時だからというのではなく、平時から妊婦さんへの対処のしかたが分からないというか、意識の外という感じでした。

―QLife編集部:日本におけるママをめぐる状況は、こうしてお話を伺うと、驚くべき状況であることが本当によく分かりました・・・。皆さまそれぞれのお立場からこれからもいろいろ取り組んでいかれると思いますが、宗田先生、吉田先生、吉岡さんそれぞれに、今考えていること、これからやりたいことについて教えてください。

宗田:私は産後うつの問診票である「エジンバラ産後うつ設問票(EPDS)」のアプリ化※4に関わったりもしているんですが、今回マドレボニータさんのこの「産後ケアバトン+」の活動にもお手伝いさせてもらって、少しでも周産期のメンタルケアの向上にお役に立てればと思っています。

吉田:現在、私は国の母子保健に関する政策提言や調査に寄与する立場なのですが、私も子育てするママとして、産後のみなさんが楽になるためにぜひ覚えて欲しいことがあるんです。それは上手に助けを求めること。以前、内閣府が作った「受援力」という言葉を知って、これは平時の子育て世代にも必要な力だと思い、自分で作成したパンフレットなどをWebサイトから無料でダウンロードできるようにしています※5 ※6。一方的に助けてもらうのではなく、お互いにできることを持ち寄って助け合う、その助け合いのきっかけ作りだと思えば、助けを求めることはむしろ社会を良くするためのひとつのアクションなんですよ。

吉岡:宗田先生にも言及していただきましたが、まずは「産後ケアバトン+」の実用化を宗田先生、Googleさんと一生懸命やって、子育てを母親だけで抱え込まないですむよう、みんなでサポートする文化を広げたいです。まわりの人たちや社会の理解と支援を増やして、母となった女性たちが心の重荷を降ろせる環境づくりも重要だと痛切に感じています。それから、9月12日には「Madre Bonita DAY」という、そういったことに特化した取組みをご紹介するイベントも行ないます。宗田先生にもトークセッションでお話ししていただきますので、ご興味のある方はWebサイト※7を見ていただければ幸いです。

 それぞれの立場から「子育てに悩むママを救いたい」との思いで取組みを続ける皆さんが一同に会したこの座談会。活動の中でお互いの状況を知ることはあるようですが、この日のように皆さん一緒に語り合うことはなかなかないそうで、限られた時間の中、この記事で取り上げた内容以外でもものすごいスピードで多くの話題について議論を交わされていました。パワフルな皆さんの今後に期待したいと思います!(おわり)

※1 「社会をよくするスピードをあげよう」をキャッチフレーズに、Googleが社会貢献事業として各国で行なっている非営利団体への表彰/支援プロジェクト。2015年3月26日に日本ではじめてのコンテストが行なわれ、マドレボニータは「Women Will賞」を受賞した。詳しくはこちら
※2 産後うつのみではなく、女性の健康全般について情報発信を多く行なっている先生だが、特に「31歳からの子宮の教科書」は大きな反響を呼んだ。
※3 母子保健の専門家として海外事情について実体験を持って知る吉田先生は、震災直後に被災地に入り、長期間にわたり支援を続けた。詳細についてはこちらにまとめている。
※4 宗田医師はEPDSの日本語版訳者であるほか、この問診票を電子化したアプリの監修も行なった。
※5 「受援力ノススメ」はこちらからダウンロード可能。
※6 「助け合いが産みだす新しい変化、成長、繋がりが、あなたのチャレンジを可能にする! | 吉田 穂波 | TEDxHaneda」
※7 Madore Bonita DAY 2015

関連リンク

⇒元の記事を読む

    前日のランキングへ

    ニュース設定