『シチズンフォー スノーデンの暴露』と『FAKE』から、“ドキュメンタリー”と“報道”の違いを考察

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2016年07月09日 16:01  リアルサウンド

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『シチズンフォー スノーデンの暴露』(c)Praxis Films (c)Laura Poitras

 もしかしたら本作は、多くの人にこういうイメージを抱かれているかもしれない。


 ニュース映像をつぎはぎし、多様で客観的な視点でスノーデン事件とは何だったのかを検証、スノーデンはニュース映像のフッテージの中だけに登場し、通信やプライバシーの専門家や関係者のインタビューもふんだんに織り交ぜて……というような。


参考:嘘をつくのは誰なのか?ーー現役弁護士が『FAKE』における著作権法上の論点を分析


 かくいう筆者もそういうイメージを持っていのだが、実際は全く違っていた。そんな冷静ぶった視線を持った作品ではなく、スリルと興奮に満ち溢れたものだった。


 カメラを持った監督自身がスノーデン事件の当事者である本作は、スノーデン事件をおそらく最も早く、最も身近に撮影した記録映像である。本作が提示する情報は、スノーデン事件を多少知っているものなら既知のものばかりで、スノーデン事件を全く知らなくてもウィキペディアにアクセスすれば簡単に得られてしまう情報が並ぶ。情報としては新しいものは特になく、ニュースや報道として本作を見れば高い価値はない。しかし、その代わりに歴史的瞬間にカメラを通じて立ち会える興奮と感動があり、ドキュメンタリー映画という表現において、一級品の作品だと言える。


■スノーデン事件の「共犯者」ローラ・ポイトラス


 本作の監督ローラ・ポイトラスは、イラク戦争やグアンタナモ収容所に関するドキュメンタリーを制作したことで米国当局に監視されていた人物で、スノーデンがNSAの膨大な通信データの収集の実態を暴露するためにコンタクトした人物だ。ポイトラス監督はジャーナリストのグレン・グリーンウォルドとともに香港のホテルでスノーデンと対面する。その香港のホテルで、スノーデンがNSAの情報収集の実態を告発したわけだが、その一部始終がカメラに収められている。本作はその記録映像を中核に据えた、100%当事者による記録だ。監督自身もまた事件の中心にいて、それ故に本人も重要な登場人物の一人になっている。


 ポイトラス監督はドイツの「デア・シュピーゲル」誌などと組んで、メルケル首相の携帯電話を盗聴していた件などの報道そのものにも関わっている。どんな報道も主観を消し切ることはできない。だが、できるだけ客観的な立ち位置を確保しなければ事実を見誤りやすくもなる。監督は本事件の報道に関わりながらも、事件の震源地にいる自分の立ち位置を鑑み、映画には主観的な声が必要だと判断したと、NY映画祭でのインタビューで答えている。その主観性は「報道」としての価値を損わせるものかもしれない。だが主観性を持って当事者として向き合わなければこの緊迫した映像は撮れなかったであろう。本作がニュースではなく、映画として提示された理由はここにある。真実を告発する者とそれを公表する者を撮りながら、ジャーナリズムとは別の視点を提供しているのだ。


■ドキュメンタリーと報道の違いとは


 ドキュメンタリーの主観的視線を語る上で参考になる作品が最近話題となっている。森達也監督が佐村河内守を撮った『FAKE』だ。あの作品も本作同様、森監督自身が重要な登場人物となっている。『シチズンフォー』が撮っている対象が告発者であるのに対し、『FAKE』が撮っている対象は、嘘つきと世間に罵られた男だ。その点では、この2作は大きく異なっているが、仕掛人とも解釈可能なほどに監督が当事者として作品の内容に大きく踏み込んで関わるという点では共通している。


 森達也監督は、自著「ドキュメンタリーは嘘をつく」でドキュメンタリーは徹底して一人称の表現だと述べている。ドキュメンタリーはときに報道の一形態と見なされることがしばしばあり、客観的な事実を積み重ねたものだと思われがちだが、実際にはとても主観的な表現なのだと言う。彼の最新作『FAKE』はその姿勢が大変によく現れている作品であった。週刊文春の神山記者は調査報道の体をなしていないと『FAKE』を批判しているが、そもそも森監督は報道を標榜していない。『FAKE』は報道ではなく、徹底して森達也の表現である。


 『シチズンフォー』もまた同じ問いができよう。これは報道か作品か、という問いが。ポイトラス監督自身、自分の立場が微妙なものであったとインタビューで語っている。映画のパンフレットによれば、本当は出たくなかったが、自分が物語の一部であると観客は知る権利があると考えたそうだ。監督の立ち位置が明確だからこそ、観客は監督に憑依し、この世紀の暴露の当事者であることを追体験できるのだ。


 本作はスノーデン事件に関して目新しい情報を提供しない。その代わり歴史的瞬間を究極の当事者目線で追体験できる。それは大変にスリリング、でエキサイティングな体験だ。(杉本穂高)


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