白神真志朗が語る、“リアル過ぎるラブソング”への挑戦「描写されない恋愛の瞬間を拾う」

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2017年02月25日 18:03  リアルサウンド

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白神真志朗

 ベーシスト/コンポーザー/アレンジャー/エンジニアなど多彩な顔を持ち、カゲロウプロジェクトのじん(自然の敵P)との共作や、バンドプロジェクト、ステラ・シンカ –The Stella Thinkers-での活動でも知られるマルチ・アーティスト、白神真志朗(しらかみましろ)。彼が本人名義の1stミニアルバム『東京におけるセックスフレンドや恋人のなにがし(またはそれに似た情事)について聞いて書いた。』を完成させた。本作では都会における様々な女性の恋愛をテーマに、女流作家の作品や、実際に話を聞いた様々な女性の恋愛観を参考にして楽曲を制作。〈始まりもしなかった恋が/多分もう終わるよ〉と結末を予見する冒頭の「バイバイ」を経て、“本当の恋人にはなれない相手”との擦れ違いの中で自分を見つめ、最終曲「1LDK」で街を去るひとりの女性の心模様が、ディテールにこだわった豊かな筆致によって浮き彫りにされていく。その物語を引き立てるのは、国内外の音楽を引用してポップに振り切れたサウンドの幅広さ。大胆な挑戦となった作品のテーマと、全編にちりばめられた音楽的要素、そして本作を通して彼が手にした新たなポップ観について訊いた。(杉山仁)


・「綺麗ごとじゃないものなら自分にもできるんじゃないか」


ーー今回の作品は、これまで白神さんがほとんど作ってこなかったラブソングが大きなテーマになっています。また、作詞に際しては実際に様々な女性に話を聞いたそうですね。


白神真志朗(以下、白神):一度アルバムを作っている最中に「この方向性はちょっと違うかも」という話になって、「ラブソングを書いてみれば?」と言われたのが始まりでした。ラブソングって個人的には「何の足しにもならない」と思っていたぐらいで、僕は人生の中でも2曲ぐらいしか作ったことがなかったんですよ。でもせっかくなら一度作ってみようと思って、家にある恋愛に関係のありそうな本を読み返していたときに、村山由佳さんの『星々の舟』(第129回直木賞受賞作品)を見つけました。これは群像劇を通してひとつの家族を描いた作品で、その中には次女が既婚者と不倫している話があって。ホテルかどこかで、次女が「年上の不倫相手が『シャワーは下半身しか浴びない』みたいな不倫の流儀を律儀に守っているのがいじらしくも可愛い」と感じている描写を見て、そのときに「綺麗ごとじゃないものなら自分にもできるんじゃないか」と感じました。僕の友達で『クズの本懐』の作者の横槍メンゴさんの作品を読み返したりもしましたね。それで1曲作って聴かせてみたら、周りの人たちも「これじゃないか?」という反応で、最初は「えっ、嘘でしょ」って(笑)。


ーーはははは。


白神:そこから色んな曲を書いていきました。でも、徐々に「リアリティが足りない」と思うようになったんです。小説ってデフォルメされて印象的なところがピックアップされますけど、曲にリアリティを出すためには、“そこには描写されない”瞬間を拾う必要がある。その際に自分の経験だけではじり貧になると思ったので、まずは友達のミュージシャンのセックスフレンドで、個人的にも面識がある女性に話を聞きました。もちろん、インタビューのように話を聞くわけにはいかなかったんですけど、「飲みにいこうぜ」と誘ったら自然と恋愛話になって、結果的に細かに事情を聞くことになってーー。そのときに「これは面白い作品になるかもしれない」と思いましたね。


ーーなるほど。それで沢山の人の話を聞いて、タイトルも『東京におけるセックスフレンドや恋人のなにがし(またはそれに似た情事)について聞いて書いた。』になった、と。


白神:そうですね。しかも、ヒアリングした結果ピュアな恋愛観の方たちばかりだと「やべえ、やっぱりこれじゃ、俺は曲が書けない」となっていたかもしれないですが、何かを抱えている方が多かったので、「僕なりのポップ・ミュージックを作ることができる」という意味で自分にとっては幸運でした。ただ、それだけではなくて、自分の足も使ってリサーチしようと都内のパブにも向かったんですよ。そこはナンパ待ちの女性が訪れる場所として機能しているところで、遊び人の友達と出向いて、その様子を観察しようと思いました。だから、自分はナンパをするつもりもまったくなかったんですけど、テーブルに座っていたら、隣のお兄さんたち2人が「(小声で)今日はナニモク(何目的)ですか?」って聞いてきて……。「ナニモクって何だよ!!!」みたいな(笑)。


ーーパワー・ワードですね……。


白神:そして、そのお兄さんたちは直後に女の子を華麗に捕まえて、こっちに小声で挨拶して消えていきました。


ーー(笑)。そうやって自分で観察したり、人に話を聞いたりして考えた歌詞に沿うように、サウンドの方向性を考えていったんですか?


白神:いや、サウンドはまた別に出てきた形でしたね。僕はこれまで洋楽ばかり聴いてきたこともあって、曲を作るときはまずはトラックを組んで、そこに歌詞にもならないような言葉を乗せていくんです。ただ、今回は歌詞が大事な作品だったので、初めて歌詞先行で曲を作りました。そうすると、曲ができるのがすごく早くなって本当に驚きました。今回の作品に関しては、とても合う制作方法が見つかったというか。これまでは洋楽的で音数の少ない、音符が速くないものばかりを歌ってきたので、その後歌を録るのは超大変でしたけど(笑)。


ーーちなみに、白神さんが聴いている洋楽というのは、最近だとどういうものが多いんでしょう? たとえば、2016年のベスト作品を挙げてもらうことはできますか。


白神:去年で言うと、まずはBon Iverの『22, A Million』。4曲目の「33 "God"」を聴いて、途中でうねるベースが入ってくるタイミングでぶっ飛びました。それこそ多感な中学生の頃みたいに、「音楽でこんなに感動できるんだ」と久々に感じましたね。


ーー白神さんはアレンジもできる方ですが、そういう耳で聴くと、きっとあの作品は音の配置や声の加工が本当にぶっ飛んだものになっていると思います。


白神:そうそう。僕が感じたのもまさにそういうことでした。あのアルバムって、生楽器を沢山使ってアレンジがめちゃくちゃ有機的なだけに、普通の構築的な音楽とは違って「構成はこうなってるな」という規則性が一切感じられない。それに加えて声をいじることに対するセンスもやばいし、ドラムもめちゃくちゃ歪んでいて。それなのに、何故か不思議とポップなんですよね。構成要素は全然ポップじゃないのに。何があの音楽を「ポップ」という枠に留めているんだろう? ということに本当に驚きを感じました。


・「どこまでポップに突き抜けられるか」


ーー今回の白神さんの作品も、ひとつひとつ音楽的なアイデアや影響源を紐解いていってもらうことはできますか? たとえば1曲目の「バイバイ」は、サウンドだけ聴くとシンセ・リフを中心に据えた洋楽志向のエレクトロ・ポップになっていますね。加えて、ビートは四つ打ちで、トロピカル・ハウス的な要素も感じられます。


白神:これはもともとまったく違う雰囲気の曲だったんですけど、アレンジのいいリファレンスを探していたときに、The Weekndの(ポップに突き抜けた新作収録曲)「I Feel It Coming ft. Daft Punk」を聴いて、その質感を参考にしました。というのも、これまでは自分自身では無から生み出したと思う曲を作ってきたんですけど、今回はむしろ、どこまでポップに突き抜けられるかということを考えていて。それもあって、US/UKのヒット・チャートの曲を意識的に聴いていました。そこで(トロピカル・ハウス的な要素を取り入れた)ジャスティン・ビーバーの新曲も参考にして。あとは単純に、僕はもともとクラブに行くのも好きなので、その雰囲気を出してみようと思いました。


ーー続いて、MVとコーラスで『ミスiD2016』のグランプリになった保紫萌香さんが参加した2曲目の「共犯者」は、都会の夜を連想させる曲になっています。


白神:この曲は僕の楽曲では初の外部アレンジャーとして、origami PRODUCTIONSのShingo Suzukiさんが参加してくださいました。でも最初は、「Gorillazと平井堅さんの合いの子」のようなアレンジの曲だったんです。当初はイントロをわざと大仰なものにしていて、全然違う雰囲気でした。最終的なアレンジは、僕はロック畑の人間でR&Bやヒップホップの黒さを持っている人間ではないので、そういう人にやっていただいたらどうなるか、ということを追究していった形ですね。


ーーその結果、最終的に収録されているアレンジでは90年代の古内東子さんの楽曲にも通じる、大人のビターなソウル/シティ・ポップスのような雰囲気を感じました。


白神:僕はこれまで、自分にとって古いと感じられる音は基本的にNGにしてきました。でも、この曲は、意図的に少し懐かしい雰囲気にしようと思ったんですよ。たとえば僕には、昭和歌謡はすごく古臭い音楽に聞こえる。でも一方で、同じ昔の音楽でもエリック・クラプトンの曲は古いとは感じない。これは自分の好みに合うか合わないかだけの話だとも思いますけど、この作品では自分が今聴いても古いと感じられない昔の要素を取り入れようと思いました。保紫さんの参加はレコーディングの直前に決まったんですが、演技をする方なので、声に表情をつけるのも上手かったですね。そもそも今回の楽曲は、「私」「あなた」という一人称/二人称は登場しますけど、「彼」「彼女」という三人称は登場しないので、女性目線であることは明確には示していない。でも、どこか女性目線の曲なんだろうなということは匂わせていて。保紫さんはそこを補足してくれる役割も担ってくれたと思います。


ーー次の「擦れ違い」は、よりEDM的な要素を取り入れたイメージですか?


白神:僕は昔、海外のアーティストとのコライト(共作)・キャンプに参加していたことがあって、そのときEDM系の作家が沢山来ていて。ちょうどスクリレックスやゼッド、アヴィーチーたちが出てきたときで、僕も「かっこいいな」と思って色々聴いていました。でも、今自分の作品で露骨にEDMやダブステップをやるのは流石に新しくないなと思って、そこにポストロック的なギターのエッセンスを加えて2つを上手く合わせようと思いました。途中に出てくるシンセのアタックとキックを軸にして、そこにギターのエッセンスを入れるバランスを調整していった感じですね。


ーー 一方、4曲目の「スガタミ」は生音のバンド・サウンドで、ゲスト・ミュージシャンとしてグシミヤギヒデユキさん(ギター)とゆーまおさん(ドラム)が参加しています。この曲はどんなアイディアで生まれたものだったんですか?


白神:これはColdplayとかをイメージしながら、「バラードを作ろう」と思って取り掛かった曲ですね。僕はこういう曲は生楽器にしたいんですけど、ヒトリエのゆーまおは日本国内で一緒に演奏したことのあるドラマーの中で、僕が一番好きなプレイヤー。彼も僕が作る音楽を聴いていてくれて、「何か機会があれば叩きたい」とずっと言ってくれていて。今回も呼ぼうということで参加してもらいました。グシミヤギくんは今一緒にバンドをはじめたところで(じん、GARNiDELiAのメイリア、伊吹文裕と結成したGOUACHE)、技術もあるけど、それよりも表現力を重視するタイプのギタリスト。「スガタミ」は曲にストリングスを使っていることもあって、ギタリストとしてはかなりフレーズに制約のある曲でした。しかも、それに加えてアコギのマイクのセッティングなどにも時間がかかったりして、明け方に「まだギター・ソロが残ってる」という状態になってしまって。それでソロを弾いてもらったらめちゃくちゃ感情的でいいギターを弾いてくれて、ワンテイクでOKを出しました。僕がこれまで録ってきた中で、最高のギター・ソロだったと思います。


・「誰かに批判されてもいいからポップスとして多くの人に聴いてもらいたい」


ーーそして今回のミニアルバムを締めくくる「1LDK」は、1曲目「バイバイ」で別れを告げられないと言っていた主人公の女性と、一連のセックスフレンドとの関係との終わりを描いた曲になっています。


白神:作品を作っていく中で、「最後に救いがほしい」「結論がほしい」という話になったからですね。でも、これは別れを描いていると言っても最後まで自分から別れを告げられたわけではなくて、関係が終わってその地を離れていく、という曲。もともと、「ラブソングで冬の曲があればいいね」という話になったときに、ありふれた冬の季語を使わずにその景色を表現しようと思って考えたんです。それで〈春を待たずにこの街を出よう〉というフレーズを使ったら、物語の内容とリンクして「これから暖かくなるかもなぁ」というニュアンスが出た、いい温度感のものに落ち着きました。


ーーこの曲は、取材開始前に本作の影響源として教えていただいていたOWL CITYなどのシンセ・ポップに通じる魅力が感じられます。


白神:最初は後半に向けてワーッと壮大になっていくような展開を考えたんですけど、それだとありきたりなものになってしまうと思って、サビで一度落としてアレンジで盛り上げていくようなものにしました。海外の音楽は、Aメロ/Bメロ/サビというきっちりとした役割を持たない曲が多いですよね。でも、それを洋楽だとみんなありがたがって聴くのに、「日本の音楽でそれをやると聴かれないことが多いのは何故なんだろう?」と思うことがあって。もちろん、日本にもインディ・シーンにはそういう構成を持った素晴らしい曲が沢山ありますけど、ポップ・シーンでやろうとすると一気にハードルが上がってしまう。だから、意図的にそういう要素を入れてみたいなと思いました。今回僕はポップス・マシーンに徹しようと思っていたのに、そうやってところどころ踏み外してしまう瞬間がありましたね。


ーーお話を聞いていて思ったんですが、今回の白神さんは自分が持っているアンダーグラウンドなものも含めた様々な要素を、「ポップスという枠にどれだけ詰め込んで成立させるか」ということを考えていたのかもしれませんね。


白神:ああ、それはそうかもしれないです。僕はもともと(アカデミックなエレクトロニカ・アーティストの)KASHIWA Daisukeもすごく好きで、カットアップを無意識にやってしまうような人間なんです。それにヨハン・ヨハンソンやマックス・リヒターも好きで、ああいうパッド感やストリングス感もつい入れたくなってしまう。だから、「メロディがポップならそういう要素も入れられるだろう」ということはよく考えていました。


ーー今回の作品は歌詞の面ではラブソングに焦点を当てた作品で、同時にサウンドとしてはポップに振り切れたものにもなっていて、全編を通して新たな挑戦が沢山詰まっています。白神さんのポップ観に、新たな要素が加わった部分もあったんじゃないですか?


白神:実は、今回は歌詞の面で振り切っていたから、「これは友達が減ってもやむなしだな」と思っていたんです。ところが周りの人たちには逆に「かっこいい」「オシャレ」と言われるようになった。僕としては、「いやいや、オシャレじゃないでしょ!」と思ったんですけど、実際そう言われることがすごく増えました。結果、思ったより友達が減らなかった。


ーー(笑)。ポップスは本当に不思議な音楽ですね。誰かのものすごくパーソナルでむき出しの感情が宿ったものが、何故か多くの人々に受け入れられる瞬間があるという。


白神:それに近いものを経験したのかもしれないですね。そもそも、僕はニッチな音楽も好きですけど、ポップスもずっと好きだったんです。平井堅も宇多田ヒカルも好きだし。


ーーでは、白神さんにとってポップ・ミュージックとはどんな魅力があるものだと?


白神:まずは単純に「沢山の人に聴いてもらえる音楽」ということだと思います。僕の音楽がそうなるかは分からないけど、少なくとも僕自身は、身内だけに絶賛されて鳴かず飛ばずで一生を終えるよりは、誰かに批判されてもいいからポップスとして多くの人に聴いてもらいたい。ただ、世にポップスと呼ばれている音楽の中には、僕にとっては虫唾が走るような音楽も沢山ある。「ただポップスであるというだけで尊い」わけではないということですね。だからこそ、僕がポップスをやるときには、自分の中にある色んな要素を入れていきたい。その上で、多くの人に聴いてもらいたい。僕が言うのもおこがましい話ですけど、そういう人間が増えることで、ポップ・ミュージックがより面白いものを受け入れるようになっていくとしたら、それって最高なことだと思います。(取材・文=杉山仁)


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