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周回遅れの並走感 ――夫婦のフェーズのずれを「生活の力」で整理する

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2017年03月01日 10:33  MAMApicks

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「俺を新人アルバイトだと思って教育してよ」と夫に言われてとっても頭にきた!
……乳児&幼児の子育てまっただ中のママから聞いた話だ。

パパがそう言ってしまった事情も、ママがひどく頭にきた理由も、なんだかとってもよくわかる気がする。

■「夫を教育」ってそもそも変
私は好きでは無いけれど、「夫を教育する」という語り口は、ひとつのスタンダードとしてたしかにあった。冒頭のパパは、きっと同僚か先輩からそんな話を聞かされたか、どこかでそんな文章を読んだのだろう。ママのフラストレーションを解消したいと思ったが故、パパはそんな「コツ」や「手法」を試してみよう……と、思い切って明るく口に出してみただけなのかもしれない。

でも、この「夫を教育する」的アプローチの一番の問題は、「女性が家事育児において優れていて、気づかない夫には手取り足取り指導するしかない」という、完全な上下関係の元に成立するということ。

この手法でしか夫を動かしようがなく、こうしてでも動いてくれるだけまし、という世代も確かにあったはずだ。そして、今のママパパ世代でも、年齢が上がるほどこっち寄りの人はまだ多い。これでうまくまわっている夫婦だってもちろん多いだろう。


でも、時代は確実に移っている。

女性たちは、もうとっくに夫を生活者として同等に見ている。自分だって仕事をしているのだから対等でいたい。あなただって大人でしょ。「指導」とかぬるいことを言っていないで、生活に必要なことくらい自分で判断してやってほしい!……というのが本音だろう。

一方男性は、周回遅れで上の世代の「コツ」をそのまま妻に言ってしまい、地雷を踏んでしまうというパターン。ママもパパも本当はどうにかしたいと一生懸命なだけで、多分お互い悪気はない。でも、フェーズがずれている。

■家事分担ではなくて「生活する力」
人が生活するために必要なことっていろいろある。ご飯を食べるためは作るか買うかしなければならないし、適度に清潔でいるために洗濯や入浴や掃除が必要だし、住居の安全を確保する必要もある。

ひとりで暮らしてみると、自分ひとりでも部屋にホコリや髪の毛は落ちてたまり、自分しか使っていないはずのトイレや浴室が汚れるという、ごく当たり前なことに気づく。

おいしい食事は出てこない。ゴミは捨てなければたまる。洗濯をしなければ着る物がなくなる。ただそこで生活するだけのために自分でやらなければならないことがたくさんあり、随分と手間がかかるのだ。

ご飯を作るとか、掃除ができるとか、とれたボタンを縫いつけられるとか、そんなことは「花嫁修業」とか「女性らしさ」とかではなく、単純に大人がひとりで生活するために必要な項目でしかないはずで、そういう「生活をする力」は、男でも女でも身につけていないと本当はまずい。

夫婦の育児家事分担の問題って、「これを女性の役割だと思っていることが問題!」という話になりやすいけれど、それだけじゃない。男女ともに、「生活する力」と「仕事=収入を得ること」を切り離しすぎたまま大人になってしまったことが、結構問題なんだろうなぁ、と、今さらながら、自戒を込めて、思う。

周回遅れなのは、男性だけの責任でもなく、男女両方で作り出している可能性が高い。

■「生活する力」と「仕事」を両方回し慣れていない
ひとり暮らしとか、子どもがいないふたり暮らしの生活って、けっこうどこまででもいい加減にできる。栄養バランスなんて考えずに、平気で偏った食事を不規則な時間にとり、掃除する間もなく、洗濯もためこむ。思い切り仕事だけしているのが充実!というマインド設定で突き進める。「荒れ気味の生活」と「仕事」のセットだ。

自宅で親と同居のまま若い社会人生活を送れば、食事も洗濯も掃除も全自動。もう、仕事以外何もしなくてもが生活がまわっていく。これが、「きれいな生活」と「仕事」のセット。

食事が提供される会社の独身寮であれば、会社が「生活の面倒」までみてくれて、「仕事だけ」できる環境を用意してくれるという妙な手厚さだ。

若いうちに仕事に没頭するパターンは、生活と仕事がどこまでも切り離されていて、こんなケースが多い。極限までいい加減にするか、誰かにやってもらうかで、「生活する力」を重視しないまま。ひとりで「仕事」と「生活」を同時に回すことにちっとも慣れない。

■子どもができると「生活する力」の価値が急上昇
こんな状態の若いふたりだとしても、子どもができた途端にその「生活する力」の価値が急上昇する。赤ちゃんが育つのは家の中。大人ふたりの荒れた生活というわけにもいかない。子どもにふさわしいまともな生活時間や生活環境が必要だ。

個人で「仕事」と自分の「生活」だけでも回せていなかったのに、親になって急に、その両方をまともに回さねば、ということになる。しかも、赤ちゃんを育てるっていうものすごい業務量を同時に抱え込むのだから、相当なレベルアップ。

慣れていない上に、その時頭の中にある「生活」のクオリティイメージは、昭和の完全分業世代の家事レベル。女性が「きれいな生活」を、男性が「仕事」を担えばよかった時代と同じことができるわけはないのに。

これはきつい。

まともな「生活」を重視するなら「仕事」をやる余裕がなくなり、まともに「仕事」をするなら「生活」を回す余裕がない。そういう両極端なパターンに陥りやすくなる。

■周回遅れのパパ意識
これからの共働き志向の夫婦スタイルっていうのは、個人で「仕事」も「生活」も回し、ふたり合わさることで、よりフレキシブルに対応できて便利!というものになっていくだろう。

多分、女性の意識や気持ちはとっくにここに来ている。「生活」をひとりで担当するのはゴメンで、「仕事」だってしたい。それぞれが「生活」も「仕事」もできるようにしたらいいじゃないか、と。

でも、男性の気持ちはまだまだもっと手前にありそうだ。「仕事」をしているんだから「生活の力」は捻出できない。ここで止まりがち。「仕事」をひとりで担当して収入を背負わされるのはゴメンだ!「生活(家事育児)」だってしたいんだ!……とは、なかなかならないのだろう。

両方が「生活」も「仕事」もできる方向にいこう、という共通認識がまずほしい。

■男女ともにクオリティの引き算をすること
こういう転換期で大切なことっていうのは、「生活も仕事も頑張る」のではなくて、「両方同時にできるレベルに下げ、可能なクオリティに満足する」ことなんだと思う。自分自身も、相手に対しても。

家事方面は、時短料理をがんばって昭和並みの一汁三菜を作ろうとするのではなく、一品で栄養が摂れればOK、と自分ルールにするとか。ロボット掃除機で完璧を目指すよりも、ホコリに慣れるとか。できない、ということを認めて心の天井を下げない限り、気持ちに余裕は生まれない。

仕事方面は、残業と飲み会に満たされた昭和の働き方では生活が回せない。転職だ!と逃げ出すとか、一時的な時短勤務で給与が下がることを受け入れるとか、そういうマイナスの勇気の方が必要かもしれない。

とっくにクオリティなんて下げてるよっていう人も、ぎりぎりでどうにも身動き取れない人もいっぱいいるだろう。でも、もし、自分の目標値を下げそびれたり、パートナーの家事/仕事レベルが下がることを拒絶しているならば、発想の転換の余地はある。

生活か仕事かどちらか苦手な方にも手を出す上、両方同時にやるのだから、それだけでも本当はすごく大変。引き算て足し算より難しい。それに、全体の効率は落ちる。「生活する力」50%と「仕事」50%の人がふたり集まるより、「生活」に100%かけられる人と「仕事」に100%かけられる人がふたり集まった方が、できることは上になるだろう。

でも、今の時代、そういう役割の固定はリスクも高いし子育ての上でも孤独が深まるだけで、メリットは薄くなりつつある。効率が悪くても、それでも「ふたりとも両方やる」側にシフトする時なんだと思う。

効率を上げれば子育て中も今までのレベルを下げないでいられる、というのは、嘘。
効率は悪い、できるレベルも下がる、でいい。そこから、スタート。

それでも、ふたりで一緒にやったら、多分楽しい。

狩野さやか
Studio947でデザイナーとしてウェブやアプリの制作に携わる。自身の子育てがきっかけで、子育てやそれに伴う親の問題について興味を持ち、現在「patomato」を主宰しワークショップを行うほか、「ict-toolbox」ではICT教育系の情報発信も。2006年生まれの息子と夫の3人で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者資格有り。

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