主人公がここまで罪悪感を覚えずに不倫に走ったドラマがあっただろうか。もうじき最終回を迎える『あなたのことはそれほど』(TBS系列)は不倫ドラマの新たなスタイルを確立した。
眼科で医療事務の仕事をする美都(波瑠)は、平凡だが料理の上手い夫・涼太(東出昌大)と新婚生活を送っていた。ある日、美都はファストフード店で初恋の男性・有島(鈴木伸之)と偶然出会い、そのままベッドを共にしてしまう。既婚者であることを隠して有島と会い続ける美都。が、実は有島も既婚者…その上、新生児の父親だった。美都のスマホを監視し、不倫相手を突き止める涼太と、夫の言動から不信を確信へと変える有島の妻・麗華(仲里依紗)。二組の夫婦の歯車は周囲の人間を巻き込み、次第に狂っていく――。
では、この『あなそれ』が、これまでの不倫ドラマと比べてどう新しいのか。その理由を分析してみたい。
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■一線を越えるまでの葛藤がゼロ
懐かしいところでいうと昭和の名作『金曜日の妻たちへ』、最近なら『昼顔』と、これまでの不倫ドラマにおいて、主人公たちは道ならぬ道へ足を踏み入れることに悩み、苦しみ、でも好きなのっ!と決死の思いでその一線を越えてきた。が、『あなそれ』のふたりは出会ったその日にサクっと関係。そこには悩みも苦しみも葛藤も皆無。ただ「偶然出会えて超ラッキー」というライトな感覚があるのみだ。
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■配偶者側に落ち度ナシ
ドラマ版『昼顔』で上戸彩演じる紗和は、妻よりハムスターが大事な夫に女として扱われず、ねっとりした姑に「子どもはまだか」と責められる日々。さらに斉藤工演じる北野は、自分よりステイタスの高い妻に何とも言えないコンプレックスを感じて生活を送っており、100%ではないが、不倫をされる側にも多少の原因はあった。『あなそれ』の場合、家事全般を積極的にこなし、妻に真っ直ぐな愛情を注ぐ新婚の夫と、地味だが家庭的で聡明な妻という“不倫に走られるいわれのないふたり”が配偶者の裏切りに追い詰められ、精神のバランスを崩していく。
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■狙っていないのに笑ってしまう面白さ
『奪い愛、冬』は製作者側がSNSでの拡散を狙い、確信犯的なシチュエーションを劇中に散りばめることで“ネタドラマ”としてのカラーを打ち出していた。対して『あなそれ』は、作り手も演じ手も真面目にやっている分、逆に面白さが際立つ構成。中でも秀逸だったのは、有島の悪夢“蟹じゅうたん”や涼太の離婚届渾身の一筆“涼犬”や“涼天”といったギリギリの場面だ。特に“蟹じゅうたん”に関しては、かつての昼ドラの爆発アイテム、たわしコロッケや財布ステーキに匹敵するインパクトだった。
■4人はどういう結末を迎えるのか
また、個人的に気になるのが、美都の不倫相手であり、中学時代の初恋の相手・有島のキャラクターである。主要登場人物4人の内、1人だけまったく問題のない家庭で育ち、ルックスも良ければ仕事も順調。産まれたばかりの娘を「あこしゃぁん」ととろけるような笑顔で抱きしめる姿は理想のイクメンそのもの。
その反面、10年以上の時を経て偶然会った元同級生とその日のうちにホテルに向かい、子どもが産まれるかもしれない時期に不倫相手と温泉旅行。実家から貰った出産祝いで高級ホテルの不倫デートなど、行動はクズ以外の何物でもないのだが、どこか憎めない素直さと真っ直ぐさ、天性の明るさがある……不倫ドラマのニューキャラだ。
『ずっとあなたが好きだった』や『昼顔』のように、出会うべくして出会ったふたりが道ならぬ恋に落ちるのではなく、出会わなければ平穏な日々を送れたはずのふたりが互いの配偶者を地獄に突き落とす『あなたのことはそれほど』。いくえみ綾の原作漫画はまだ最終回に至っておらず、ドラマはオリジナルの結末を迎えることになりそうだが、“みっちゃん・涼ちゃん”“麗華・光軌”の二組の夫婦は果たして納得した人生を送ることができるのか。
ここまで能天気でクズな不倫を描き切ったからには「それから5年後、二組の夫婦は再構築を経て幸せに暮らしています」などとぬるいラストにするのではなく、蟹じゅうたんや涼犬、雄叫びワインを超える高インパクトな結末を見せて欲しいと願うばかりである。