世の中には「知らない方がいいこと」がたくさんある。
好きなタレントの裏の顔や、社会の闇につながるような世界、はたまた世間の人の平均年収や好きな相手の恋愛経験など。とにかく「知らない方が幸せだった」と思うことには事欠かない。
一方で、人には知的好奇心というものがある。
「知らない方がよい」「知ったところで何の役に立つのか」そう思えるようなことでも、「それでもいいから知りたい」という気持ちが勝って調べてしまう。そこに好奇心を満たされた満足感がついてくることは多いだろう。
大雑把に言ってしまうと「新書」というカテゴリーで出版される書籍の多くは、その知的好奇心を満たすためのものである。あるテーマに類することを調査し、掘り下げ、見解を述べる。そうすることによって、その世界の事柄を大局的にまとめることができるのだ。
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9月13日に発売された『職業としての地下アイドル』(朝日新書)もそういったカテゴリーに含まれる一冊だ。著者の姫乃たまが、自身が経験してきたことと、地下アイドルの現場でアイドル・ファン双方から集めたアンケート結果により、その実態を赤裸々にあぶり出している。
「地下アイドル」という言葉に、ある種猥雑な印象を持つ方もいるかもしれない。あるいは、「興味はあるが立ち入るのはちょっと」という方や、もしかすると地下アイドルに憧れを持っている女性もいるかもしれない。そんな人への“入門書”としてこの本は最適である。
冒頭には、著者が地下アイドルになった経緯と、活動していく中での心の動きが描かれている。むろん、地下アイドルになった理由やその後の経験は、人によってさまざまだが、3年続ければよい方だといわれる世界で、8年もの間、一線で活躍している彼女の経験を追うのは、貴重なことだと言えよう。
第一章では、現代のアイドルブームに至るまでの歴史を振り返り、地下アイドルの生まれた背景や、今のアイドルシーンでの位置付けなどを分析している。私などは、その黎明期から、一アイドルファンとして現場を経験してきた身なので、懐かしく振り返るとともに、多くの人に知ってもらえるよう、丁寧にまとめた本書が実にありがたかった。
第二章からは、いよいよアンケート結果を元に、その生体や心理状況に迫っていく。多くの場合において、(アイドルファンではない)一般の人の回答と比較しているため、地下アイドル界がいかに特殊なものであるのかどうかを探るための明確な指標となっている。
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例えばアイドルに対しての「恋人はいますか?」「平均月収は?」といったやや突っ込んだ質問や、アイドルファンの年齢や地下アイドルのどんなところが楽しいか、とった質問など、その結果により、「地下アイドル業界」といった世界の全体像が見えてくるのだ。それは、その世界に身を置いていた人ですらも曖昧模糊としていた点を、すっきりさせてくれたとも言える。
何よりも興味深いのは、それぞれの結果に対する著者のコメントだ。
一般の研究者というのは、多くの場合、被験者となる人とは別なものだ。青少年の実態を調査する人はだいたい大人だし、地方の人の暮らしを調査するのは東京のリサーチャーだったりする。
もちろん、それには理由がある。調査する側、分析する側が対象自身であった場合、そこに「主観」というフィルターがかかってしまう。真実を見つけ、正しく解説するには、そのフィルターを外さなければならないのだ。
では、姫乃たまの場合はどうか。
地下アイドルのアンケート結果を評する時、彼女の視点は実に冷静で的確だ。それはおそらく、彼女が地下アイドルであるとともに、ライターという仕事をしていることが大きいだろう。自分の中にある、感情や経験を客観的に見つめ文章にする、その類まれなる才能によってこそ、この本は成り立っている。
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アイドル側からの視点と、それを正しく世間の人に伝えるという使命を持ったライターとしての視点。それがうまく書き分けられてていて、真実に近づいていくような感覚が心地よい。
何より、今や空前のアイドルブームといわれる中、その中のいちジャンルである「地下アイドル」にスポットを当てたこの本の意義は大きい。いわゆる「アイドルファン」としてさまざまな思いを抱いてきた私としても、書いてくれたことに対して感謝をしたい気持ちだ。
そして、この本の一番の魅力を言わせてもらうなら、さまざまなデータや実績をもって地下アイドル業界を語る姫乃たまの言葉の向こうに、その世界への限りない愛情やファンへの思いが透けて見えることだ。今までの経験を通し、つまずいたり、倒れたり、たくさんの葛藤もあったと思う。しかし、それらを超えて地下アイドルを続けた果てに見えた景色、それがとても素晴らしいことであったことを、姫乃たまは伝えたいのだろうと思った。
実用書としてこの本を読み、知識欲を満たした後は、ぜひ、姫乃たまの中に内在する、暖かい思いと人に対する愛情を感じ取ってもらいたい。きっと、世界が少しだけ変わって見えるはずである。
(文=プレヤード)
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