「字幕表示メガネ型端末」が示す、映画館の未来 立川シネマシティの実地テストレポート

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2017年10月24日 10:03  リアルサウンド

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リアルサウンド

 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】等で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第21回は“字幕表示メガネ型端末の未来”について。


 この連載の第8回【邦画“日本語字幕つき上映”のメリットと課題ーー『シン・ゴジラ』『君の名は。』の実績から考える】で、主に聴覚の不自由な方向けの日本映画に日本語の字幕をつける上映について書かせていただきました。日本語字幕上映について様々な視点から紹介したこの文章は、非常に大きな反響があり、雑誌からの取材があったほどでした。


 まだまだ実施している上映館が多くないのでご存じない方も多いかと思いますが、この日本語字幕上映、2000年代初め頃から耳の不自由な方にも日本映画を楽しんでいただこうと、セリフと主要な効果音の説明の字幕が出る上映が継続的に始まりました。すべての作品ではなく、大手製作の作品が主になります。


 この上映をめぐる様々なメリットとデメリットは第8回を読んでいただくとして、今回はこのコラムの最後で書いたメガネ型のウェアラブル端末(ヘッドマウントディスプレイ、という呼び方もあります)を使用した字幕表示について、ついに実地テストが始まったことをレポートしたいと思います。


 これは個別にディスプレイのついたメガネ型端末を掛けていただき、透過型ですので映画のスクリーンに字幕表示が被さって見えるという機器です。ですので、字幕が必要な方だけ掛ければ良いので、不要なお客様と共存できるという夢の未来が実現するというわけです。


 この試験運用、まずは国内4カ所でスタートしました。川崎チネチッタ、名古屋ミッドランドスクエアシネマ、大阪ステーションシティシネマ、そして僕が働いている立川シネマシティです。


 デビュー作品は是枝監督の最新作『三度目の殺人』です。是枝版「羅生門」とでも言うべき作品で、殺人者が曖昧で場当たり的な態度をとり続けるために、追求する者、関係する者がある種の“願望”を犯人に投影し、それぞれの人物像を作り上げていってしまうという、哲学的テーマを扱ったサスペンスです。さすが是枝監督としか言いようがない圧倒的な映像力と演出力で、とりわけラストの刑務所の面会室での場面の映像演出は鳥肌モノです。是枝ファンなら『空気人形』の冒頭、電車の車窓に寄りかかる板尾創路の場面を思い起こすかも知れません。


 執筆時点ですと他に『ナミヤ雑貨店の奇蹟』『パーフェクト・レボリューション』が対象作品です。テスト運用期間、ご利用には鑑賞の前日の夜までに特設サイトで事前予約が必要です。聴覚障がいの方のみを対象としています。


 さて、このメガネ型端末の使用感、結論からずばり言いましょう。この端末で字幕表示して観る映画体験、何もつけずに観るのを100点とすると、現時点では60点〜70点という感じです。字幕は美しく観やすく表示されるし、肝心の映像との同期はほぼ完璧と言っていいです。ですので現時点ですでに十分に“機能”は果たせています。


 また、装着するとアイアンマンにでもなった感や、ドラゴンボールのスカウターを身につけたようなフューチャー感を味わえ、一部の方はムダにテンションがあがるはずです。正直、僕ははしゃぎました。ガジェット大好きなので。


 実施テストでの機器は「エプソン MOVERIO BT-300」という機器を使用しています。これは市販されているものです。


 この機器はAndroidで動いていて、使用するアプリは「UDCast」というものです。AndroidはもちろんiOSアプリもあります。


 電源を入れ、メガネ端末をかけると、スマホのトップ画面みたいなのが表示されて、そこからUDCastを選択して立ち上げるわけです。どんな画面が表示されるかは、実際にあなたのスマホにこのアプリをインストールしてみてください。スマホに表示されるほぼそのままです。


 アプリを立ち上げ、これから観る作品を選択すると、準備完了。「本編音声をマイクで拾うと、自動的に字幕が表示されます」という案内が表示され、予告編の間は表示されっぱなしで鬱陶しいので、いったんメガネを外して予告編を楽しみます。予告編が終わり、この映画はバリアフリー上映に対応しています、という告知動画が流れたら再装着。この動画が同期開始のスイッチになっており、先ほどの案内表示が画面から消えます。


 ここからはセリフまたは効果音があれば、字幕が完璧なタイミングでスクリーン上に被さって表示されていきます。このAR(Augmented Reality/拡張現実)感覚にはニヤニヤしてしまいます。ちなみに途中入場したとか、トイレに外に出て戻っても、その時点から本編音声を拾って表示は復活します。逆を言えば外部マイクは常に音をキチンと拾える状況でなければいけません。服が被さったりすると表示が消えたりすることも。


 さて、ここからは問題点も書いていきます。誤解していただきたくないのですが、列記する問題点は致命的なものだと僕は思いません。この機器は完璧ではないけれど、救世主であることは間違いないです。これが大前提です。


 さてそれでは気になる点を箇条書きしましょう。


○字幕が首のわずかな動きにも追随して動いてしまう。
○グラスにある透過スクリーンがスタンダードサイズ(昔のテレビの縦横比)くらいで、映画のスクリーンの中心部が若干暗くなってしまう。
○字幕の文字サイズは一定なので、座席位置により映画のスクリーンサイズが大きくなると可読性が一気に下がってしまう。座席は後ろの方に座るのをほぼ強制されてしまう。
○グラスの縁の上下に、映像が水面のように反射してしまう。
○メガネ機器、コントローラーに、重量負担軽減のためにネックストラップがつけてあり、そこに外部マイクもくっつけてある。ケーブルとストラップが絡み合って、鬱陶しい。
○すごく重いわけではないが、まあまあ重さはある。終映後には鼻梁に跡がつくのは避けがたい。
○メガネユーザーが上に掛けるのは、3Dメガネよりもずっと負担が大きい。


 他にもありますが、大まかにはこんなところです。カンタンに上から説明していきます。まず、映画のスクリーンは固定で、メガネ端末は顔が動けば動きますから、字幕の位置が常に動きます。呼吸や心臓の動きでもわずかに動きますし、例えば画面の右上部で何か起こって目線が向けば、字幕がその方向に動きます。いつもの画面下部に固定したいなら、首を固定しておく必要があるわけです。これ、慣れるのに数十分かかります。数十分すると「まあ、これはこれ」という感覚になっていくのですが、しばらくは「どの位置が首のやすらぎと試聴環境の落としどころなのか」という感じで字幕位置を探ることになります。この間は、映画への集中が削がれます。


 最後まで慣れないのは、メガネ端末にはめてあるグラス部分の、真ん中に透過スクリーンがあり、ここに映像が表示されるわけですが、この画郭が映画のスクリーンの縦横比と合わないのです。古いテレビと今のワイドテレビの幅の差ですね。この表示スクリーンは透過と言っても何もないところに比べればわずかに暗く、字幕が表示される真ん中だけが暗く、両端が明るいという状態になります。真ん中だけ3Dメガネを掛けた感じ、と言ったら映画ファンにはわかっていただけるでしょうか。


 そしてこれは実際に座席をいろいろ移動してみて体験すると驚くのですが、前の方に座ると表示しているのは一定の文字サイズのはずなのに、映画のスクリーンの見え方が大きくなるせいで、急激に文字のサイズが小さく感じられ、うまく読めなくなってしまうのです。画面の全体把握のために動く視点の範囲に対して、文字が小さすぎるということですね。試してみないとわかりませんがIMAXくらい大画面だと最後列でも厳しいかもしれません。観るのに座席を選ぶ、というのは普及してきたとき大きなネックになると感じました。


 気になり出すと気になるのは、グラスの縁に映像が反射するのです。河口湖の水面に富士山が映り込むような感じで映画スクリーンの外がチラチラするのです。これはMOVERIOがかつてのツッパリ、ヤンキーが掛けていたメガネの様に細いため、縁が視界に入ってしまうためです。そもそも字幕表示して映画館で鑑賞するという用途を想定して作られているわけではないですからね。


 ここまでが見え方の問題ですが、本体についてもちょっと問題があります。その機能のフューチャー感に対して、ケーブルとストラップがごちゃごちゃしてスマートではないのです。機器それ自体は、グラス端末とコントロール端末のみですが、ここにオプションの外部マイクが必要で、それの固定とコントローラーの重さの負担軽減のためにネックストラップがくっつけてあります。これが装着時に絡み合ってかなり面倒くさいのは否めません。


 また重くて耐えられない、というほどではありませんが、3Dメガネほど軽いわけでもありませんので、長時間は厳しい方もいるかと思います。またメガネの上に掛けるのは、端末が細メガネスタイルであることもあって、やってやれないことはないですが、まあまあハードルが高いです。
 次に、この先の未来を考えましょう。


 まずは、アプリUDCastで字幕位置と文字サイズを変更できるようにするべきです。このことで、座席位置の問題がかなり解消されるはずです。観やすい姿勢の選択幅も増えます。ただこれを鑑賞中にどう操作させるか、というのは課題になりそうですが(現時点では誤操作を防ぐために、お客様に貸し出しする際は端末を操作ロックしてお渡ししています)。


 端末自体は…結局普及のことを考えると、いわゆるAR型ディスプレイと呼ばれる汎用的なものではなく、“字幕表示専用機”の開発を検討するべきではないかと思います。AR型のディスプレイの用途は、MOVERIOにしてもMicrosoftのhololensにしても、その公表されているイメージ映像からしてもわかるとおり、どっちにしろ最初からかなり限定的です。透過だからと言って、これを掛けて電車に乗ったり、街を歩いたりしている時に動画を楽しむという人は極々少数でしょう。だってスマホの画面でこと足りてしまいます。街ゆく人の戦闘能力を測る必要のある方も限られているでしょうし。そして没入感を高められるPSVRのようなものならまだしも、透過型のものをわざわざ家の中で掛けて映画やテレビを見ようともあまり思わないでしょう。


 多くの一般人が使うとしたら、博物館、美術館、動物園などでの音声ガイドの字幕版、海外演劇の翻訳、音楽ライブでの字幕表示、そして映画館でしょう。これには確実に需要があります。海外アーティストのライブのMCで、何を言ってるのかよくわかってないのにまわりに合わせて笑う振りをしたことのあるのは僕だけではないはずです。アプリを作って、会場の使用者に同時翻訳を表示させるのは難しくないはずです。


 もしブロードウェイやウェストエンドの芝居小屋でこれを貸してくれて日本語字幕が出るのなら、遠征も今よりずっと気軽に検討します。歌舞伎や狂言、文楽なんかは観光客集客につながるでしょうし、まず僕がつけて鑑賞したい(笑)。聴いただけではわからなくても、文字なら理解できるんじゃないかと。


 “字幕表示専用機”はAR型ディスプレイでもっとも需要があるものになる可能性があるのではないかと思います。動画を楽しむのでなければ、高解像度である必要はありません。ARのためのカメラも不要。機器を安価にできるでしょう。Bluetoothでワイヤレス化するのも、行き交う情報量が少なければより容易で精度も高くなるでしょう。もっと扱いやすくすれば、全世界の映画館、劇場、ホール、美術館、博物館などに売れる可能性があるはずです。


 聴覚障がいの方のための話題からズレてしまいましたが、やはり大きく現状を打開するには利用者のパイを増やすことに尽きると思います。現在はほぼすべての映画館の上映がデジタル化され、設備的にはどこでもいつでも邦画の字幕版上映が可能なのに、たいして上映館も上映回数も増えていかないのが目の前の現実です。


 テクノロジーがそろうだけではダメで、それを活かして持続可能なビジネスの仕組みを作るところまで持っていかないと、このメガネ端末も全国の映画館50カ所くらいに数台ずつ設置されて、ひっそりやってます、という状態で終わってしまうかも知れません。


 ここのところ増えている“リピート鑑賞”の促しとして、制作者の文字解説が流れるなど、健常者も楽しめる仕組みにもっていく。中国語、韓国語、英語、フランス語、スペイン語などの字幕も提供する。もちろん健常者は有料です。プラス300円とかで、しかもその金額の一部がこの機器の運営に活かされるとなれば、濃い映画ファンは倫理意識が高い方も多いですから、受け入れてもらえるのではないでしょうか。字幕製作のコストもまかなえます。


 都合のいいことだけを並べましたが、もちろん非現実的な点もあります。


 仮に字幕コメント付上映が大ヒットしたら、200台、300台というメガネ端末を劇場が用意するのか? こんなことはよほどの長期間の見通しがなければ成立しません。相当のコストになります。字幕コメント付上映ではなく、本来の聴覚障がいの方のための上映にしても、8割を超える邦画が対応したら、10スクリーンを超えるようなシネコンはいったい何台メガネ端末を用意しておかなければならないのか?


 ちなみにテスト運用では、1回の上映で3台までの貸し出しです。機器自体は8台お預かりしているのですが、1台はトラブル対応のスペア、そして充電が必要なので2回転分で8台というわけです。正式稼働したら、この台数ではとても足らないように思えます。では何台なら“足りる”のか? 難しい問題です。


 最終的にはこのメガネ端末は劇場でも何台かは用意しつつも、必要な方への購入補助を国が行って、個人持ちにするべきかも知れません。Bluetooth接続にして、あくまでも表示のみの端末にして、個人のスマホとつなげて観られるようにすれば、普及は進むのではないでしょうか?(hololensはBluetooth接続)


 ストレスレスに、広い層が利用できるAR字幕表示が普及する未来は、まだもう少し先になりそうですが、しかし確実に歩みは進んでいます。


 とりあえずシネマシティでは、未来を積極的に見据えつつ、これまで通り日本語字幕版上映を続けていきます(10月29日,、31日、11月2日にはあのチケット争奪戦になった【極爆】『シン・ゴジラ』の字幕付上映を再び行います)。


 来るべき未来が楽しみでなりません。
 映画館は、もっと面白くなれる。


 You ain’t heard nothin’ yet !(お楽しみはこれからだ)(遠山武志)


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