桑田佳祐と安室奈美恵の特別枠出演が示す、『紅白歌合戦』の未来像

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2017年12月31日 15:12  リアルサウンド

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 「目玉が見当たらない」という声もあった今年の『NHK紅白歌合戦』(以下、『紅白』と表記)。だが来年9月での引退を発表している安室奈美恵の特別出演枠での出場が決まって以来、風向きが変わってきた。


 『紅白』にはいまも語り草になるような名場面がいくつかあるが、安室奈美恵はその主役のひとりである。


 1997年に結婚を発表した彼女は、その年の『紅白』において大ヒット曲「CAN YOU CELEBRATE?」でトリを務めた後、産休に入った。そして出産を経て翌1998年の『紅白』で復帰、前年に続いて「CAN YOU CELEBRATE?」を歌った。このとき彼女は会場からの拍手と大声援に感極まって涙が止まらなくなり、歌声も途切れがちになるほどだった。その場面はその年の瞬間最高視聴率64.9%を記録している。


 そんな安室奈美恵が『紅白』に出場するのは2003年以来実に14年ぶりとなる。しかも今年が引退前最後の『紅白』となれば、世間の関心も高い。視聴率がなにかと注目される『紅白』だが、制作側も当然期待しているはずだ。


 だが安室奈美恵の今回の出場は、視聴率面だけでなく今後の『紅白』について考えるうえでも興味深い。それは、これからの『紅白』におけるダンスの重要性を彼女の出場が改めて示しているように思えるからである。


 先月出場歌手が発表された時点で話した(『紅白歌合戦』2017年は“歌とダンス”を重要視?)ことでもあるが、今年の『紅白』のひとつの注目点は、ダンスにあるだろう。すでに出場の常連となっているPerfume、三代目 J Soul Brothers、E-girlsらに加え、三浦大知やTWICEら初出場組にもダンスパフォーマンスの楽しみなアーティストが多い。


 そうした現在のポピュラーミュージックシーンにおける、ダンスカルチャー隆盛に大きく貢献したひとりが安室奈美恵であることは言うまでもない。1990年代の衝撃的な登場以来、音楽において歌に劣らないくらいダンスが重要であり、また魅力的なものであることを広く私たちに教えてくれたのが彼女だった。ダンスは彼女とともに世代を超えた音楽の“共通言語”として浸透していったと言っても過言ではないだろう。


 そのことを象徴する現象が、今年もあった。大阪府立登美丘高校のダンス部による「バブリーダンス」動画である。そのなかで、1980年代の荻野目洋子のヒット曲「ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)」(1985年リリース)が彼女たち高校生のダンスによって新たな生命を吹き込まれて大きな話題を呼んだ。現在のところ荻野目洋子の出演は発表されていない。だが、登美丘高校ダンス部は郷ひろみが歌う「2億4千万の瞳」(1984年リリース)とコラボすることが決定している。同曲も、「ダンシング・ヒーロー」と同じくバブル期の雰囲気を持つヒット曲と言える。それがコラボによってどのように生まれ変わるのか楽しみだ。


 次に注目すべきは、ゆずが大トリを務めることだろう。もちろんすでに8回の出場を数える彼らがトリを務めることに違和感はまったくない。今回注目したいのは曲目である。


 歌うのは2004年発売の「栄光の架橋」。ご存知のように同年開催されたアテネオリンピックをNHKが中継した際の公式テーマソングになった楽曲である。体操の鉄棒競技でアナウンサーが、「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!」と曲名にかけて実況したことでも有名になった。


 その楽曲をゆずが大トリで歌うのは、来年2月に開催を控えた平昌オリンピックへのエールという意味合いも当然あるだろう。だがそれに加えて、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けての『紅白』としての一歩ということでもあるはずだ。


 現在『紅白』は、「夢を歌おう」を統一テーマに掲げ、2020年までの4か年計画を進めている。昨年が初年度であり、2019年の『紅白』が最終年となる。


 長い『紅白』の歴史において、オリンピックは特別な意味を持つ。これまでの全67回のうち、番組史上最高視聴率をあげたのが1963年(第14回)の81.4%(関東地区。ビデオリサーチ調べ)、つまり1964年の東京オリンピック開催の前年であった。その年の『紅白』は、オープニングで渥美清が聖火ランナーの扮装で登場し、ラストは恒例の「蛍の光」ではなく「東京五輪音頭」を出場歌手全員で歌うなど、オリンピック一色に染まった。2019年の『紅白』には、その再現という狙いがあるだろう。


 そうしたなかで、4か年計画の2年目に当たる今年は時代の交錯する『紅白』になりそうだ。


 一方で、未来へのベクトルを感じさせる流れがある。


 3年後のオリンピック・パラリンピックを意識した企画・演出(「AMBITIOUS JAPAN!」(2003年リリース)を歌うTOKIOは競技場の建設現場などを訪れ、「ノンフィクション」(2017年リリース)を歌う平井堅は義足のダンサー・大前光市と共演する)もそうだが、ほかにもたとえば“変貌する東京”と連動した楽曲や趣向がある。


 椎名林檎とトータス松本は、今回紅組白組の枠を超えてデュエットで「目抜き通り」を披露する。この楽曲は、今年4月銀座にオープンした大型商業施設「GINZA SIX」のテーマ曲として制作されたものだ。


 また渋谷も現在大規模な再開発が進んでいるが、今年のオープニングは、最新技術を駆使して出演者が次々と「スクランブル交差点」や「センター街」など渋谷の街に現れるスペシャル映像からスタートする。Perfume「TOKYO GIRL」(2017年リリース)のパフォーマンスも渋谷の街中から中継される予定だ。


 もう一方で、「昭和」を振り返る流れもある。


 それは、紅組のトリが石川さゆり「津軽海峡冬景色」(1977年リリース)であることに端的に表れている。石川がまもなくデビュー45周年、そして作詞をした阿久悠が今年で没後10年という節目の年ということもある。ただそこには「昭和」への思いも同時に含まれているだろう。市川由紀乃が美空ひばりの「人生一路」(1970年リリース)、福田こうへいが村田英雄の「王将」(1961年リリース)を歌い、白組司会・二宮和也の特別企画では橋幸夫と吉永小百合のデュエットで有名な「いつでも夢を」(1962年リリース)を出場歌手全員で歌うなど、「昭和」の名曲が随所で登場するのも同様だ。


 さらにその流れを強く感じるのは、桑田佳祐の特別出演が決まったからでもある。ソロとしては二回目の出場だが、今年歌うのは「若い広場」(2017年リリース)。NHKの朝の連続テレビ小説『ひよっこ』の主題歌である。『紅白』本番当日は、特別企画「ひよっこ 紅白特別編」が放送されることも発表されている。


 高度経済成長期の日本を舞台にした『ひよっこ』は、ある意味異色の朝ドラだった。朝ドラの主人公は、功成り名遂げた女性をモデルにすることが多い。それに対し、『ひよっこ』の主人公、今回紅組の司会も務める有村架純が演じた女性は、偉人ではなく昭和の市井に生きた無名の人々のひとりである。彼女はイコール、『紅白』を毎年楽しみに見た人々、1963年の「81.4%」という視聴率を生み出した人々のひとりであったに違いない。


 こうして、過去と未来が交錯する「変わりゆく日本」の姿がある。そしてそれは同時に「変わりゆく紅白」の姿でもあるだろう。


 たとえば、今年の安室奈美恵と桑田佳祐もそうだが、最近の『紅白』では特別枠の出場も増えてきた。また先ほどふれた椎名林檎とトータス松本のような組の違いを超えたコラボも珍しいものではなくなってきている。その意味では、番組の基本である男女対抗形式も時代の変化とともに再考されるときが来るかもしれない。


 これまでの『紅白』のどの部分をどのように継承し、そこにどのような新しいものを加味していくのか? すでに発表された曲目(http://www.nhk.or.jp/kouhaku/artist/)、そしてそれを歌う歌手のパフォーマンスを楽しみにしつつ、今年は未来の『紅白』への模索が始まる年になるのではないかという気がしている。(太田省一)


※2017年12月28日時点での情報をもとにしています。


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